第6話 26
「うッ……うぅ……」
自分の呻き声で、オレは目覚めた。
薄暗く狭い空間――<鞍房>の中なのだと理解する。
アルベルトが従えた魔神の眷属と……相打ちとなったところまでは覚えている。
騎体の両腕を失い、<神託>によって逃された事も――
鞍にうつ伏せのままなのは、四肢の固定器がしっかりとオレを保持していてくれたからだろう。
床に顔を覆っていた仮面が落ちているのが見える。
オレが目覚めた事によって固定器が緩み、オレは身体を起こして鞍から降りる。
「……ここは?」
意識を失う直前、<神託>が騎体を直せる場所へ行くと言っていたのを覚えている。
そこへ辿り着けたということだろうか。
内壁に手をついて、<鞍房>から這い出すと――
「これは……兵騎蔵――いや、鍛冶士工房?」
目の前に広がっていた光景は、そのどちらの要素も詰め込んでいるように見えた。
「いや、そもそも……」
左右の固定器に駐騎している騎体群に、オレは息を飲む。
<聖騎士>と同サイズの騎体――武騎が、ここから見えるだけでも数十騎は駐騎しているのだ。
「な、なんだ……ここは……」
あちらに並ぶ巨大な円筒水槽群の中には、武騎の素体が納められているのが見えた。
――<大工房>……
かつてスクォール先――スクォールから聞かされた事がある。
アグルス帝国で見学したという、兵騎を生み出す為の古代遺跡。
ここは武騎を生み出すための、それという事だろうか。
ぐるりと見回すと、広大なホールの天井辺りに大きな穴が空いている。
「――あそこから飛び込んできたのか?」
床を見れば、仰向けに倒れた<聖騎士>の擦過痕が残っていた。
逃亡の最中にも戦闘があったのか、<聖騎士>の仮面は割り砕かれ、その奥に納められた<合一器>もまた露出して大きな亀裂が走り、虹色の粘液を血のように滴らせている。
恐らく<神託>がオレを生き延びさせるために、限界を振り絞ってくれたのだろう。
再び<鞍房>に踏み込んでも、いつもなら仮面を着けなくとも、内壁に文字を記すという形で意思を示していた<神託>が、今はまるで反応がなかった。
「……アイリス様、申し訳ありません」
せっかく用意してもらった特騎を、役目を果たす前に失ってしまった。
己の未熟さに、ひどく腹が立った。
アルベルトが魔神の眷属を従えていたのは想定外だったが、敗北したのはオレの力不足だ。
そう思えば、慚愧の念に胸の奥を掻きむしりたい苛立ちさえ湧いてくる。
その激しい感情を深く息をして強引に抑え――
「だが、武騎の大工房を発見できたのは幸いか……」
――そう呟くことで、無理やり自分を納得させる。
現在、ローダイン王国では武騎どころか、兵騎の<大工房>すら見つかっていない。
騎士達は先祖伝来の、あるいは国に管理されている兵騎を駆り、時折、古代遺跡などで新たに発見されるそれを巡って、騎乗者となるべく日々鍛錬に打ち込んでいるのだ。
だが、この場を確保できたなら――以前、リグルド様が仰っていた、アグルス帝国による侵略の脅威を……それによってもたらされる、人々の不安を取り除けるのではないだろうか。
――問題はスクォール捕縛任務と、帰還方法か……
かつて師と仰いだからこそ、スクォールの実力はわかっているつもりだ。
現在の王宮魔道局長オルセン師――貴族としての暗闘でその地位に立った彼とは比べるべくもない、実地で磨かれた叡智と魔動を誇る大魔道士――それがスクォールだ。
彼に対抗すべく与えられた<聖騎士>は、アルベルトや魔神の眷属によって大破してしまっている。
……こういう時に<神託>がいれば、良い案を出してくれたのだろうが、騎体が大破した今、あの声はもはや応えてはくれないようだ。
オレは深く息をして、散乱しがちな思考をまとめることに務める。
書類仕事を教えてくれた、元第一騎士団長補佐官が言っていただろう。
――目の前にある状況を精査し……
今、俺はアルベルトや魔神の眷属との遭遇戦によって、任務途中で<聖騎士>を失っている。
――成すべきことの優先順位を考え……
成すべき事はこの危地から生き延び、可能ならばスクォールを捕縛して王宮へ戻る事。
そしてアルベルトと魔神の眷属が、フォルス大樹海を根城に潜んでいる事を伝えねばならない。
――そうしたら、順番に対応策を考えて処理していくのです。
<聖騎士>を失ったものの、ここには恐ろしいまでの武騎が納められている。
見たところ、あれらは同型騎だと思う。
錬金鍛冶士達が王宮制式騎によく使う言葉――量産騎というやつだろう。
アイリス様から与えられた<聖騎士>を扱えるオレならば、あれらの騎体とも合一できるはずだ。
それを戦力として、スクォールに対抗する。
ああ、この<大工房>の事も、城に帰還したら報告せねば。
騎士達を連れて舞い戻り、ここを前線基地として、アルベルトらと対峙するのが良策だろうか。
フォルス大樹海から魔神の眷属の脅威を取り除けたなら、ここの武騎を使って西部の大震災も一気に調伏できるはずだ。
そう考えてみると、アルベルトとの遭遇戦で敗北を喫し、ここに逃げ延びたのも運命のように……結果としては、幸運だったように思えてくる。
すべき事が整理されて、オレは一番近場にある武騎に視線を向けた。
「――まずは武騎と合一できるか、か……」
オレは動かなくなった<聖騎士>の装甲を蹴って跳躍し、固定された武騎の前の床に降り立った。
聖女となったアイリス様に祝福されてから、オレの身体能力は飛躍的に向上している。
助走なしで一〇メートル近く跳べるようになり、全力で走ったなら馬どころか放たれた矢より速く走れるようになった。
この突如向上した身体能力に感覚が追いつかず、それに慣れる為の訓練が必要だったほどだ。
「さて……」
見上げた武騎は、流線型の外装を持った<聖騎士>と異なり、鋭角的な紫の外装をしていた。
椅子状になった固定台に座らされた騎体を抑える目的なのか、胸部装甲の前には足場になりそうな太い金属棒が架けられてる。
「あそこから<鞍房>に入れそうだな……」
オレはそこを目指して跳躍しようと、身をかがめた。
その時――
「――そこまでっス! ゆっくりと両手を挙げて、こっちを向くっス!」
唐突にかけられた声に、俺は硬直する。
まさかこの場に誰かいるとは思わなかった。
この<大工房>の先住者だろうか。
大樹海の奥地と推定されるこの場にいると言うことは、先にこの遺跡を発見した冒険者かもしれない。
なんにせよ、敵対する気がない事を示す為にも、オレは声に従ってゆっくりと手を挙げ、それから声の方を振り返る。
そこに居たのは、肩に奇妙な鹿のぬいぐるみを乗せた壮年の男で――
――ドクンと、胸が激しく脈打った。
ああ……やはりオレは幸運に恵まれているらしい……
「――その格好、王宮騎士っスね?」
男の肩の上で、ぬいぐるみがこちらを丸い手で指し示す――そんな異常な状況だというのに、オレは男から目を離せずにいた。
「……スクォール……先、生……?」
オレの言葉に、男も目を見開いた。
「――まさか、レントン……君なのか!? どうしてここに!?」
彼もまた、オレとの思いがけない再会に戸惑っているようだった。
だが、彼は首を左右に振って両手を広げた。
「……ああ、なんでも良い。こうしてまた君と再会できた事をディトレイアに感謝したい気持ちだ!」
そうして今にも泣き出しそうな表情を浮かべ、こちらに歩み出そうとしたスクォールに、オレは混乱する。
――なんだ? あれではまるで、オレを心配していたみたいじゃないか……
「――く、来るな!」
そんな思考を押し留めて右手を突き出して制止する。
「そんなオレを心配するような素振りを見せて、なにを企んでいる!」
「……企むだって?」
そう呟いたスクォールの表情は、本当にオレの言葉が理解できていないようだった。
「……良いだろう。君の言う通り、近寄らないようにする。
――だから、少し話を……対話をしよう。レントン」
それはあの孤児院で、いつも先を行くカイルを羨んでふてくされるたびに、スクォールがオレにかけてくれていた言葉だ。
「……わかった。オレもあなたには聞いておきたい事があるしな」
そうして、オレ達は五メートルほどの距離を置いて対峙した。




