第6話 25
「さあ、行くっスよ。スクォール!」
そう告げた土地神に応じた途端、私は引き上げられるような感覚を得て、視界が一変した。
色とりどりな光球が浮かび、そこから漏れ出る虹色の薄幕が大河を織りなしている。
手足どころか身体の意味すら失って、ただ意識だけがこの光景を認識している状態。
――それは人の魂が織りなす大河だ。
という、ヘンルーダ師の言葉を思いだす。
「これは……私は霊脈を観測しているのか……?」
思わず呟くと、不思議と声は周囲に響いて――
「――そうっス。ヒトがいずれ辿り着く魔道の深淵――ここはその入口となる、ユニバーサル・ノード……霊脈溜まりっスね」
と、紫の光球が目の前に現れる。
それはぐにゃりと歪んで先程までの――ぬいぐるみめいた鹿の形を取ると、私の方へ右手を差し出した。
「――そして、これが今のカリーナの魂っス」
その手にはガラスのように透き通った、無色の球体が乗せられている。
「ここにあんたが持ってきた陣図を重ね……」
私から魔芒陣が引き出される。
帯のように螺旋を描くそれを、土地神はカリーナ姉さんの魂だという球体に巻きつけた。
「……目覚めてもたらせ……」
祈るように、願うように、土地神は両手で魔芒陣が巻き付いたカリーナ姉さんの魂を捧げ持って喚起詞を唄う。
垂れ下がった魔芒陣が虹色の大河に触れて……そこから純白の燐光がゆっくりと立ち上り、魔芒陣に沿うように螺旋を描いて姉さんの魂に吸い込まれていく。
透明だった姉さんの魂が、徐々に白く色づき始め――
「さあ、あんたも……覚えている限りのカリーナを注ぎ込むっスよ」
と、土地神の左手が私を引くと、そこから私の身体が構築されて、私は右手で姉さんの魂に触れた。
硬質で冷たい感触が伝わってくるそれに手のひらを這わせ、わたしは土地神に言われた通りに、姉さんの事を思い描く。
――両親を失い、打ちひしがれていた私を家に招き、家族として受け入れてくれた、あの日……
――はじめて魔法を喚起できた時、私を抱きしめて自分の事のように喜んでくれた、姉さんの横顔……
――領主家ラグドールの嫡子……ベルンの婚約者に決まったと、恥ずかしそうに、けれど幸せそうに、月明かりに照らされながら打ち明けてくれた、屋根の上の夜……
どれほど時間が経とうとも、私ははっきりと思い出す事ができる……
――スクォール、と。
柔らかなアルトで呼ばれるだけで、満ち足りていたあの頃――
「……さあ、目を開くっスよ」
という土地神の言葉に、私は我に変える。
いつの間にか視界は聖泉を納めたホールに還って来ていた。
「これで彼女の魂は、カリーナの記憶で満たされたっス。
……そして――」
私の杖の先端から銀晶が浮き上がり、土地神の頭上で音もなく解ける。
「ほいほいっと――」
銀晶は虹色の糸のように細く伸びて、カリーナ姉さんを取り巻き、やがて胸へ集まって染み込んでいく。
「あとは妖精がスフィアを満たして、魂が稼働するのを待つだけ――」
――その時、強い震動があって、パラパラと天井から埃や塵が舞い落ちる。
「――なんスかっ!?」
「じ、地震!?」
「いや、これは――」
と、土地神は私にも見えるように、頭上に光盤を開いた。
映し出されたのは別の区画だった。
無数の武騎やその部位が並べられた――アグルス帝国に居た頃に見たことがある。
「……<工房>……」
「そうっス。オレっちの端末騎――<天象騎>用工房なんすけど……」
光盤の中の映像が右に流れる。
床に柱や壁の残骸が散らばり、そこから映像は上に流れて大きな穴を映し出した。
「あそこから飛び込んできたとなると――」
映像がぐるりと回った。
「――いたっス」
それは両腕を失った武騎だった。
たてがみは色を失い、仮面が無貌となっている事から、騎乗者は意識を失って合一が解除されている事がわかる。
「……この国は――ローダインは武騎を所有していないのでは?」
少なくとも私がアグルス帝国との戦に参加した時は、上官からそう聞かされていた。
「……たぶん、外から持ち込まれた騎体っスね」
「――外、とは?」
「世界の真理に迫る話っス。オレっちには語る権限がないっスよ。
――それより、あの騎体の騎乗者に話を聞きに行くから、ついて来るっス」
と、土地神は私の胸に飛びつくと、肩までよじ登った。
「で、ですが、姉さんが――」
私は咄嗟に聖泉に納められたカリーナ姉さんに視線を向ける。
土地神の処置によって、姉さんの肌は赤みを帯びて、今にも動き出しそうに見える。
「――どのみち目覚めるまでは、もうちょっとかかるっス。
その前に……もしアレが暴れだしたら、カリーナだけじゃなく子供達まで巻き込む事になるんスよ? いいんスか!?」
逡巡する私の肩の上で、土地神はそう怒鳴った。
両腕を破損しているとはいえ、武騎のあの巨体で暴れられたら、聖泉に影響が出るかもしれない。
ひょっとしたら部屋で休んでいる子供達にも、被害が及ぶかも……
そう思い至り、土地神にまっすぐに見つめられて、私は――
「私は……もう……」
カリーナ姉さんを取り戻せそうな今だからこそ、私は強く思う。
あの哀れな姿となったイリーナも、コートワイル領で連れ去られた孤児達も……いつも私は救うことができなかった。
最近では、私が躊躇しなければ……アイリスお嬢様があのような道を選ぶことはなかったのではないかと――成長した子供達を見て、つくづく思うのだ。
……そう。いつだって私は、手遅れになってから気づくのだ。
――あの時、こうしていれば、と。
集落を王宮騎士に襲われた時もそうだ。
<天体制御樹>の枝によって魔獣や魔物が近寄らない事を言いことに、獣避けの冊だけで十分と思い、人による襲撃にはまるで備えていなかった。
幸い聖泉によって子供達は救われたが、彼らが味わった恐怖を思えば胸が締め付けられそうになる。
だから、私は土地神を見つめ返して頷く。
「――私はもう、誰も失ったりしない!」
「それでこそっ! ならば共に行くっスよ!
守りたいものを守るため!」
私達の足元に転移陣が描き出される。
「ええ! 決して、誰かを取りこぼさない為に!」
――転移が始まる。




