第6話 24
ババアが竜咆で吹き飛ばした露地剥き出しの地面を駆け抜けていた俺は、<聖騎士>を目視できる距離にまで迫っていた。
奴は今、ウェザー本体である<天体制御樹>を目指して樹海の上空をかけている。
『――アル、こちらへ!』
<天眼>を通してリディアの意思が伝わってくると同時、右手にあった虹色の障壁が奥へと伸びて木々を薙ぎ倒し、新たな道を用意してくれる。
迷わずそこへ、騎体を滑り込ませた。
上空の<聖騎士>が翼をはためかせた。
それを支える、左右の小腕の先端が輝き出す。
「――攻撃、来るよ!
左手を出せ! 相棒!」
俺はクロの指示通り、左手を前へ。
クロは騎体の肩から腕を伝って左手へと駆け下り、<聖騎士>に向けて言い放つ。
「――帝国騎士に遠距離攻撃は通じないんだぜ!?」
突き出した騎体の左手に背を預けたクロ。
直後、小腕から二条の光閃が放たれ――しかし、次の瞬間、それはクロの両手に絡め取られていた。
「特に光学兵器や光精魔法は――」
ビチビチとのた打つそれを、クロは素早く蝶々結びにして――
「――ぃよいしょお~ッ!!」
――思いっ切り引っ張った。
空を突き進んでいた<聖騎士>が、光条をクロに引かれて後ろに仰け反る。
――スポン、と。
ひどく気の抜ける音と共に<聖騎士>の小腕から光条がすっぽ抜け、地へと落ちてのた打ち回った。
「――こんな風に利用されちゃうんだぜ?」
そうしてクロは、手の中で暴れる光の蝶々結びを玉へと丸め、そのまま<聖騎士>へと放り投げた。
地面に落ちた光条を尾のように引きつれて、光球は宙の<聖騎士>に命中する。
閃光が空を真っ白に染め上げた。
「――いまだっ! リディア、相棒!」
<天眼>を通して、クロが指示を飛ばしてくる。
『ハイ! アル、乗って!』
騎体前方――左右交互に結界が喚起され――
「――出力補正はこっちでする! 相棒はとにかく跳べ!」
クロの魔道が<合一器>に触れて、俺の視界の中にリディアの用意した結界が赤い四角形で囲われて強調された。
俺はそこ目掛け、爪先で地面を抉り飛ばして騎体を跳ばす。
左に傾いた結界に踏み込むと――
「――次はこっちだ!」
と、右に面を向けた結界がクロに指し示される。
リディアが用意する結界は左右交互に喚起され、上空にいる<聖騎士>へと続く道となる。
「――ハッ! アリシアみたいだな!」
アイツみたいに宙をかけるような異才のない俺は、クロとリディアの助けを借りて、ようやく真似ができる程度だが――
閃光が晴れて、結界に包まれた<聖騎士>が見えた。
――距離は五メートル。
こちらの接近に気づいた<聖騎士>は、上体をひねって蹴り動作に入ろうとしている。
「――遅えっ!
接続! <世界法則>――もたらせぇっ!!」
騎体前方に多重魔芒陣が描かれて連結し、<聖騎士>へと向けられた。
俺の意思を読み取って、リディアが背後に足場となる結界を用意してくれる。
それを蹴り割って――
「――<幻創回廊>っ!!」
視界が狭まり、俺は<聖騎士>の腹目がけて光の矢となる。
――激突。
衝撃と共に視界が戻ると、俺は<聖騎士>が張ったと思しき結界を砕き割っていた。
――クソッ!? 防がれた!?
そういえばあの騎体は、ロイド兄の<雷転>の出現予想をするんだった!
勝ちを急ぎすぎた――そう思った、その刹那――
『――アル! まだですっ!』
リディアが、伸びた騎体の足先に結界を喚起――
それを足場に俺は――
「――ああっ!!」
――リディアに応じ、頭上目指して再度跳躍した。
さすがの<聖騎士>も、もう結界は間に合わないようだ。
俺も小細工する暇なんてない。
全身全霊、掛け値なしの一撃だ。
「オオオオオオォォォォ――――ッ!!」
雄叫びをあげて、右の拳を握り――<聖騎士>の仮面へと思い切り叩き込む。
三重の水蒸気の輪が俺の拳の周囲に開いて――
刹那、轟音を立てて<聖騎士>の仮面が砕け散り、その破片を撒き散らしながら、<聖騎士>の純白の騎体は宙を一直線に吹っ飛んだ。
「はぁ……はぁ……」
俺の魔動に<合一器>の保安機構が働いたのか、合一が解除されて鞍房の内壁に外の景色が投影される。
吹っ飛んだ<聖騎士>を探すと――
「――あっ、あ~っ!? 相棒、バカ! ほんと、バカっ!」
と、クロが騎体の頭部を叩きながら、そう俺を批難した。
その意味を……俺もすぐに理解する。
「……あ、やっべ」
見つめる先で――<聖騎士>が<天体制御樹>に激突して、盛大な砂煙を上げるのが見えたんだ。
「――あ、あれで行動不能になってるんじゃねえか?」
「いいや、それはないね! 見なよ、騎体の右手!」
クロに言われて右下方に視線を向ければ、<聖騎士>を殴りつけた右拳は砕け、肘までひしゃげていた。
「――解析してみないとはっきりとは言えないけど、殴りつけた兵騎の腕がそうなっちゃうんだから、<聖騎士>には《《それなりの素材》》が使われてるはずだよ。
慣性運動からの墜落くらいでダメになるなら、そもそもこの子の腕は潰れちゃいない」
「ぐぅ……やっぱ焦り過ぎたってワケか……」
呻く俺に、クロは騎体頭部を撫でたようだった。
「まあ、凡人の君がこの騎体でさ、特騎相手にあの状況まで持っていけたのが、そもそもウソみたいな話なんだ。
――反省するより、追撃を続けるよ。
さっきの君の一撃で、あいつの<合一器>も壊れてるかもしれない。
そうだったら、騎乗者のレントンを捕らえておしまいにできる」
クロの言葉に、俺は再度、騎体と合一する。
潰れた右腕の痛みを魔道を制御して切断。
その間に、リディアはクロに指示されて結界を操作し、騎体を地上へと降ろしてくれていた。
『……も、もう一度、道を……造りますね』
目の前の樹木が結界によって押し倒されて、<天体制御樹>までの道が拓かれる。
「リディアも少し休憩だ。
<三女神の唱歌>や<天眼>を常駐させながら、結界の集中展開制御なんて、さすがに無茶し過ぎだよ」
「ああ。そうしてくれ。助かった、リディア」
俺達に休むよう言われて、リディアからは不満げな感情が伝わってきたものの――
『はい。でも、なにかあったら、すぐに介入しますからね!?』
自分が消耗している自覚もあったのか、そう告げて俺達に従ってくれた。
「――よし。それじゃあ、終わってくれてる事を願って、行くとするか!」
「……よしなよ。そういうのってフラグって言うんだぜ?
君が言うと、よくない事が起こりそうで、ボク、不安だよ」
「――おい、やめろ! そんな事を言われると、俺も不安になるだろうが!」
ただでさえ、俺は自分のツイてなさを最近、自覚しつつあるっていうのに……
どうしようもない不安を拭い去りたい一心で、俺達はそんな言い合いをしながら<天体制御樹>目指して、再び駆け出した。
――騎体チェック。
先の戦闘で失った両主椀だけではなく、墜落によって副腕および飛行ユニットも破損。
頭部損傷――甚大。
合一器に亀裂発生。
当騎は現状、行動不能――まもなく騎乗者補助ユニット<神託>は意味消失します……
そこまでを意識を失くした騎乗者に告げて……
――え……?
と、当騎は……いいえ、<神託>は……
――ちがう……私だ。
そう……私は……思う。
――意味喪失。
それは私のような存在――情報界面に生きる、知性生命体にとっての死だ。
私は何処からともなく湧き上がる、言いしれない――感情……そう、恐らくコレが恐怖なのだろう――に駆られ、主機へと助けを求めた。
だが、騎体の破損ゆえ声が届いていないのか……
――そもそもいち端末に過ぎない私なんかに、はじめから興味などないのか……
どれだけ待っても……本能の冷静――いや、ここは冷徹と言っても良いかもしれない――な部分が、意味消失までのカウントを三十秒を越えても、主機からの応答はなかった。
――嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ!
樹海で這い寄るものの眷属器達に追われていた者達がそうであったように、私はみっともなく――騎乗者レントンが彼らをそう評していた――、悲鳴をあげる。
あの時は騎乗者と共に、戦いから逃げる彼らを侮蔑していたのだが、今なら彼らの行動の意味が理解できる――できてしまう。
彼らはとにかく、この感情の源から逃げ出したかったのだ。
私達を追って来たあの騎体――ただのユニバーサル・アームで、しかも量産型のありふれたタイプ・ポーンだった。
だというのに、アレは私の近未来予知を掻い潜り、騎体を亜光速砲弾として撃ち出すなんて非常識な真似をしたばかりか、ただの拳打で当騎を大破させた。
――ありえないありえないありえない……
物理界面の法則を、自らの意思を燃やして魂の咆哮へ乗せ、強引に押し通して捻じ曲げる――あれではまるで、主機の記憶に残る、<大戦>期の英雄みたいじゃないか……
私は自覚する。
今、私は――消えゆく恐怖とは別に、あの騎体と合一した騎乗者にも恐怖しているんだ。
――消えたくない! 私はまだ、なにも残せていない! 私を知ったばかりなんだ!
ああ、だから……
その先に続く言葉を――私は思いつけず、ひたすらに恐怖のみを口にする。
――怖い怖いこわい……
……残り五秒――
そう自らカウントを刻んだ時……
――あ……
私は押し流されるような感覚を得て――不意に、目の前が明るくなった……




