第6話 23
――果たして、オレっちの推測は正解だったようっス……
スクォールは頷き、腰帯から下げた短杖を手に取ったスよ。
「――開け、我が智の泉……励起せよ。<賢者の偽鍵>」
その詞と同時に、短杖の先端に埋め込まれた銀晶が虹色の輝きを放ち、周囲に球形多重魔芒陣を展開させたっス。
恐らくあの短杖は、スクォールの<書庫>なんスね。
そして紡がれた喚起詞から察するに、アレがクロ姐が言ってた――イリーナの記憶の残滓から汲み上げた、主の<鍵>の閲覧記録なんだと思うっス……
つまりあの杖は、<偽鍵>を収める為にスクォールが用意した<書庫>って事っスね。
本来は魂に検索・抽出詞を置き、主詞は霊脈に置くのが<書庫>なんスけど、スクォールほどの魔道士であっても現代魔道では霊脈にそれを造る事はできず――だから、銀晶を<書庫>の保存媒体にしてるんスね。
スクォールは周囲に展開した多重魔芒陣の一角に指を走らせ、そこから一文をつまみ上げたっス。
長い帯のように、彼の身体に巻き付いて螺旋を描くその章陣を残して、他の多重魔芒陣は消失し――
「……霊脈を介しての特定の記憶の収集……よく見つけたっスね」
章陣に込められた意味を読み取り、オレっちはスクォールにそう告げる。
それはオレっちの為に主が造ってくれた、祭祀場にも用いられている魔芒陣で……
オレっちの言葉にスクォールは自嘲したっス。
「ですが、そこが私の――現代魔道の限界でした……」
「……意図的に霊脈に介入する術がなかったんスね」
「はい。師が古代文明を研究して解き明かした儀式を元に、私も調査と研究を続けていたのですが……土地や人というこちら側への影響を及ぼす事はできても……」
オレっちはスクォールにうなずいて見せたっス。
それができるなら、銀晶なんかに<書庫>を保存したりしてないっスもんね。
「――あんたは、霊脈そのものには介入できなかった……」
オレっち達、幽属起源の種属はともかく、物理界面派生の種属がそれをするには、情報界面を認識する目が必要っス。
主くらいになると、この国にそうしたように霊脈の大河を好きに捻じ曲げたりもできるっスけど、現行人類にとってそれは奇跡の部類になるんスね。
「……加えて――」
スクォールが――カリーナ復活を願う彼が抱える、最大の問題をオレっちは指摘する。
「いくら記憶を集めて魂に詰め込んでも、そこに意思がなければ反応のない肉人形のまま――それは……あんたもわかってるっスよね?」
「……やはり……そうなのですね……
私の手法では――あの哀れなイリーナのような状態になるのではと……推測はしていました」
ああ……その瞬間のスクォールの表情を見た瞬間、オレっちはたまらなくなったっスよ。
……どう言葉にしたら良いんスかね。
自嘲の笑みを浮かべ、諦めとも取れる言葉を口にしているというのに、その瞳の奥はどこまでも虚ろで――ひどく危うく見えたっス……
……オレっちはあの表情をよく知ってるっス。
オレっちがまだクロの姐さんに憧れて、自分を「僕」と呼んでいたあの頃――第二文明末期のアルメニア共和国で……主を失ってしまったと思い込んだアースとエアが、今のスクォールと似た表情をしてたっス。
そして、二人がその表情の内に籠もらせた感情を理解できずにいたオレっちは――後に起こる悲劇を防げなかったっス。
フォルティナによってオレっちが自分を取り戻してから……あの頃の事を思い出すたびにずっとずっと考えてきたっスよ。
今のスクォールは――人生の大半を費やしてきた目的が、現在のヒトの身では決して辿り着けない魔道の深淵なのだと……その培ってきた叡智ゆえに理解できてしまって――そう……「絶望」しているんスね。
かつてのアースやエアがそうだったように……
だからこそ――
「……もう僕は、あの過ちを繰り返さない――」
小さく呟き、オレっちはスクォールを見据える。
本当なら……クロの姐さんの指示通り、ただ主の思惑に従って、スクォールからあの短杖を奪って放り出せば、オレっちは務めを果たした事になるはずっスよ。
でも、オレっちは――僕は覚えてる……
――今は難しいかもしれないけど……みんなしっかり学んで、『自分だけの正しさ』を見つけるんだよ……
生まれ立ての僕らに向けて、主が言った最初の教えを……
そして今、オレっちが成すべき事は、ただ悪としてスクォールから偽鍵を奪ってしまう事じゃなく――
「……あんたの願いは理解したっス」
彼に寄り添い、想いを遂げさせた上で、彼自身の同意を得て偽鍵を手放させる事こそ、オレっちがライオットの兄貴やフォルティナ、そしてアルサスといった英雄達から学んだ、『僕だけの正しさ』だと思うんス。
そう……スクォールの望み理解はできたし、現行人類にとっては奇跡に思える出来事も、一万年前はこの星でも日常的に行われていたこと。
彼が持ち込んだ魔芒陣と再生器のあるこの場――そしてオレっちが主から与えられた魔道科学知識があれば、当時を再現して、彼の望みはほぼ叶うはずっス。
問題は――カリーナの死から時間が経ちすぎてしまっているという点。
恐らくは彼女自身の魂は、この星を巡る霊脈に解けて――ひょっとしたらもう別人に生まれ変わってるかもしれないっス。
だから、彼女の魂を駆動させる意思として、代替品を容れる必要があって――
「……ひとつ、質問ス。
――ある人の死後……その人と量子配列レベルで完全に同じ身体構造と記憶を持つ存在が生み出された時、それは、その人本人と言えるっスか?」
それは既知人類圏で再生器が発明させた時、反対派――心身同一主義協会っていう思想カルト組織が提唱していた問いっス。
――彼らは沼男のパラドクスなんて思考実験を論拠として、再生器を禁忌指定させようと、人類会議司法裁判所に提訴までしたのだと記録されてるっスね。
結果、英雄級の上位人類種の深潜航士の協力を得た実験によって、大霊脈に接続されていたなら、再生器は魂そのものを収集し、脳に残った記憶と接続させる事で、客観的、主観的にも連続性を持った本人と認定できるのだと――魔道科学的に証明されたワケなんス。
けど、ヒトは――物理界面に生きる種属は、『自己』というものを『物質的な肉体』と等しいと考えてしまうものみたいスね。
そして、そういう者達は得てして、見たいものしか見ようとしない傾向にあるんス。
どれだけ再生器の開発者である大銀河帝国賢者委員会が魔道科学データを示しても、彼ら――心身同一主義協会はデータ自体が捏造だと言い張り、『捏造された証拠が出てこないのは、人類会議自体がそれを隠蔽しているからだ』とまで言ってたみたいっスね。
それほどまでに……ヒトにとって、『物質的に存在する自己』というのは大切な因子なのだと、オレっちは知ってるっス。
だからこそ、オレっちはスクォールに訊ねたっスよ。
……残念ながら、カリーナ自身の魂はもう、霊脈へと溶けてしまって、再生器が万全であっても戻しようがないっス。
オレっちがスクォールに提案しようとしているのは――再生器の裏技。
かつてこの星に流れ着いた人々が、失くした家族を取り戻す為に編み出した――心身同一主義協会がこの星に居たなら、間違いなくその存在を否定するであろう方法っス。
オレっちの問いにスクォールはうなずく。
「自己が本人と認識し、客観的にも同一と認識するなら、少なくとも当人とその周囲にとっては「その人」なのではないでしょうか?
そして……私はその人こそ求めているのです」
このすべてが後退した文明しか残されていない星で、そこまで発想できるスクォールはやはり主が言うように、賢者やマッドサイエンティストの才があるんだと思うっス。
少なくとも心身同一主義協会の連中より、よっぽど魔道科学的検知から哲学理論を構築できてると思うっスよ。
「――なら……オレっちはあんたの願望を叶える為の術を授けるっス」
理屈は簡単っス。
まずオレっちがスクォールを介して霊脈に介入ス。
主にその機能を封印されたオレっちと、封印を解除されていても介入する『目』を持たないスクォール……二人ならばそれも可能っス。
霊脈内で、彼が持ち込んだ記憶収集の魔芒陣を喚起。
空っぽなカリーナの魂を満たし、脳に記憶を転写する。
そして本題となる魂を稼働させる『意思』には……
「その高純度の銀晶を呼び水に使わせてもらうっス」
と、オレっちは彼の<書庫>――偽鍵を納めた短杖を指し示した。
一部とはいえ、主の<書庫>の閲覧記録を納めるには、彼の短杖の先端に埋め込まれたような高純度の銀晶が必要だったんスね。
「――それでカリーナ姉さんが還ってくるなら!」
スクォールは躊躇なく応じたっス。
自身が持つ知恵よりも、他者を優先する――
「あんた……まだ完全には堕ちてないんスね……」
その事が、たまらなく嬉しい。
……きっと、カリーナが彼の事を気にかけていたから、オレっちはマッドサイエンティストと聞かされてなお、彼の事を嫌いになれないんスね。
――村にすごく才能のある子がいるんです!
かつて、カリーナはオレっちに言ったっス。
――いつかあの子が自らの力でここまで来れたなら……ウェザー様。どうかあの子の力になってあげてくださいね。
まるで今日、この日を予見していたかのような言葉。
もちろん、オレっちのあとづけの感傷だと思うっス。
カリーナは純血種ではあったものの、魔道士としては中の上……ロイドの婚約者のエレーナより弱い魔道しか持たない娘だったから、未来なんて見通せたワケがないっス。
でも……僕には、今この場に……いま、その願いを抱いて僕の前にスクォールが訪れたのは、運命のように感じられて……
――うん。約束は守るよ。カリーナ……
「――銀晶を精霊に還元し、自我の希薄な幽属――妖精の素体を『意思』として、カリーナの魂を稼働させるっス」
それこそが、第一文明時代に魂を消失してしまった者を再生させ得た裏技。
魔道科学的見地でいうならば、『魂的に別人の可能性がある』状態を生み出す手法っス。
けど、少なくともこの星が流れ着いた人々が認知していた法に照らし合わせるならば、『人格保存法則における同一性が認められれば、本人とみなす』という、人格権及びそれに付随する権利の保全法――通称、ジャー・ポット保護法に照らし合わせるなら、間違いなく当人なんスよ。
なんせ魂稼働に使われた妖精すら、自身がそうだったという主観を持たず、復活した当人だと認識するところから意識が始まるんスからね。
「それじゃ、今から始めようと思うっスけど、準備は良いスか?」
「――はい。どうぞよろしくお願いします」
と、スクォールはオレっちに短杖を手渡して頭を下げる。
オレっちは制御台スから飛び降りると、スクォールをともなってカリーナの元へ向かう。
「……久しぶりって言葉は、目覚めた時に取っておくっスよ。カリーナ……」
そうして、オレっちはスクォールに触れて、魔道を伸ばす。
「さあ、行くっスよ。スクォール!」
「――はい!」
そうしてオレっちは、スクォールを連れて情報界面に転位したっス。




