第6話 22
「……最初から説明するっスよ。
なぜ、カリーナの肉体があの頃のままでここにあるんスか?」
嘘を許さないという、まっすぐな視線で土地神に訊ねられ、私はその場に跪いた。
「――すべてお話致します……」
そうして私は、私の人生の大半――二十余年にも及んだ、探求の旅と……その目的を吐露する。
ヘンルーダ師に師事した事で聖泉の知識を得た。
共に西方諸島の遺跡に潜ったことで、その技術を再現する術も入手でき――
「リグルド・コートワイルに誘われて魔道研究所に所属し、その潤沢な資金で私は聖泉を造り上げる事ができたのです。
ですが……」
「……魔道器官の再生がうまく行かなかったんスね?」
土地神はため息を吐くように、沈んだ声で告げた。
「今、この世界に記録として遺されている再生器――聖泉やその資料は、かつての人類の過ちを繰り返させない為に、その部分の機能や情報を抹消されてるはずっスからね」
私は失笑してしまう。
さすがは土地神だ。なんでもお見通しなんだろう。
土地神が仰ったように、私が造り上げた聖泉はどんな重症でも癒やす事ができた。
実験では肉塊同然になった者でさえ、再生する事ができたほどだ。
……だが、死者は再生できなかった。
正確には肉体は再生できるのだが、魂のない肉人形となって再生されるのだ。
原因は――魔道器官とそこに内包される、魂の欠落。
そう、私が造り上げた聖泉は神話に語られるそれとは違い、魂を復活させるほどの権能は有していなかったのだ。
「……でも、あそこのカリーナには魔道器官と……中身のない空っぽの魂が納められてるッス。
あんた、何処で――どうやってあそこまで再生させる術を知ったんスか?」
「……運が良かったのでしょうね……」
今にして思えば、そうとしか思えない。
「――イリーナ・ベルノール……
魔道の大家、ベルノール家の嫡流たる彼女が、当時コートワイル家の当主だったレオン翁に捕らわれた事によって、私の研究は飛躍的に進む事になりました」
カリーナ姉さんの父親である村長はベルノールの傍流。
魔道大学時代に調べてみたところ、イリーナの祖父の弟が村長の父親に当たるそうだ。
カリーナ姉さんとイリーナ・ベルノールは、再従姉妹の関係になるというわけだ。
「……はじめは姉さんに近い血統の魔道と遺伝情報を解析できればという――そのくらいの気持ちで、レオン翁に協力していました。
ですが……ある日、呪具研究班の魔道士が、イリーナの魔道器官に不自然な流れが――呪具が介入できない領域があると、私に相談を持ちかけてきたのです」
私が魔道器官に施された封印を解除する術を研究所に持ち込んだのは、あの研究所にいる魔道士達はみんな知っていたから、その第一人者としての意見を聞きたいという事だったのだろう。
そして……私はあの哀れな姿となったイリーナと再会した。
カリーナ姉さんの面影を映すイリーナを実験体とするしかない自分を嫌悪しながら、けれど……魔道士達が言う箇所を調べた時、そんな感情など吹き飛んでしまっていたのを、今でも忌まわしい記憶として私は自分に刻み込んでいる。
だからこそ、偽りなく土地神に告げる。
「……正直、運命が私を導いているのだと……あの時は思いました」
呪具の介入を拒む領域――それはイリーナが魂に遺した魔道の知識。
最新の魔道研究によれば、人は霊脈に記憶された魔法の図書館のような領域に無意識に接続し、それによって魔法を喚起しているのだという。
ヘンルーダ師や私を含む上級魔道士ともなると、銀晶製の専用魔道器に自作した特殊魔法を記憶させている。
それと同じ事を、イリーナは自らの魔道と魂を触媒――銀晶代りにして行っていたのだと私は推測した。
「……そしてあんたは、イリーナが持つ魔道知識に触れたんスね」
土地神の問いに、私は隠すことなくうなずく。
「彼女がその身に記録していた知識は西方諸島の遺跡すら凌駕するもので……正直なところ、私は歓喜しました」
彼女の知識を元に、その記憶を私の魂に複製を造った。
レオン・コートワイルの魔道器官をリグルドに移したのは、本意ではなかったとはいえ、姉さんの空っぽな魔道器官を再生させる実証実験に役立ったと言っていいだろう。
「……イリーナの魔道器官とカリーナの魔道器官を融合再生しようとしたんスね?」
「はい。欠けた部分を補って再生できたなら、と……」
私の言葉に土地神は舌打ちする。
「……自分の目的の為なら手段を選ばない……文字通りマッドサイエンティストじゃねえスか……」
土地神はよくわからない言葉でそう吐き捨ててため息を吐き、聖泉に納められたカリーナ姉さんを見据える。
「……再生したのは最近っスね?」
「はい。方針の違いからレオン・コートワイルと袂を分かつ事になりまして。
フォルス大樹海に落ち延び、聖泉を再び造り上げるまで時間がかかってしまいました」
孤児達の生活を整える為に、多くの時間を費やした。
彼らもまた、あの哀れなイリーナ同様に私達の被害者だ。
本当ならイリーナもまたあの研究所から連れ出したかったのだが、私がリグルドの監視を逃れ、王都からコートワイル領に戻れた時にはすでに彼女は研究所から、その身柄を移されていて行方不明になっていた。
そういった事情を包み隠さず土地神に説明する。
「……あの子達が被害者?」
「まさにご相談したい事のひとつが、それなのです」
私の説明に、土地神は祭壇に両手を走らせた。
光盤が土地神の眼前に何枚も出現する。
それに視線を走らせて――
「……疑似獣属化――いや、その前身技術の強制妖属化されてるっスか。
――しかも、隷属因子まで……完全に人権違反――人類会議法に抵触してるじゃねえスか」
私は土地神が吐き捨てた言葉が理解できずに首をひねる。
「あんたにもわかるように言うなら、神々の世界でも禁忌とされている技術があの子達には施されてるって事っス。
戦闘体――肉体変化は本人の同意があるならギリセーフっスけど、隷属因子――当人の魂と肉体の接続に強制介入して、CP……司令者に統括管理させるなんて、完全にアウトっス」
「……私が研究所に所属するより前に居た、異国の魔道士が生み出した魔道技術が用いられているのです……」
ドニールという名のその魔道士は、呪具の開発責任者だったのだと聞かされている。
当人はイリーナ捕縛の際に亡くなっているそうだが、その知識の多くは彼の弟子に受け継がれ……結果、コートワイル領の孤児達が実験体にされてしまった。
私が孤児院へと駆けつけた時には魔道士達によって子供達は異形へと变化させられ、院長や職員は惨殺されていた。
魔道士達を蹴散らし、なんとか子供達に停止命令を出したものの、救い出せたのは半数以下だ。
残りの子供達は逃げ出した魔道士達に従って去り、今も行方知れずのままだ。
「彼らに埋め込まれた種子――と、呪具班は言っていたのですが、それを取り除く術を授けて欲しいのです」
いつか子供達が樹海から巣立って、自由に暮らせるように……誰かが勝手に彼らの意思を捻じ曲げる事などないように……
土地神は再びため息を吐いて、祭壇を操作した。
「これで隷属因子は抹消されるっスよ。
あとは――」
と、短い右手を頭上に掲げ、一回しする土地神。
「部屋にいる子達のベッドの簡易医療器にも、同様の指示を出しといたっス」
「――と、いうことは……」
「子供達の隷属化は、もうできなくなるっスよ」
私は思わず床に頭を擦りつけた。
「――ありがとうございますっ! ありがとう……ございます……」
イリーナから得た埒外の叡智を持ってすら成し得なかった、子供達からの種子の排除。
土地神はそれをいともたやすく、やってのけたのだ。
レオン・コートワイルに従い、とうに人の道を外れて外道に落ちた身だが、<三女神>に――出会いと幸運の女神ディトレイアに感謝せずにはいられない。
「さすがに肉体改造から時間が経ちすぎてて、妖属の融合までは解除できないっスけどね」
残念そうに首を振る土地神。
「いえ。十分です。それに異形化はこの地で生きていく助けにもなります」
「まあ、そうっスね」
土地神は祭壇の上から私を見下ろし、腕組みする。
「あの子達の事は、相談したい事のひとつと言ったっスね」
「はい! 恐れながら!
あの子達の魂に刻まれている種子を取り除けた、貴方様なら恐らくは――」
言い募る私に、土地神が深く吐息して頭を左右に振る。
「ここまでくれば、オレっちにもわかるっスよ……」
と、言葉を区切って、土地神は聖泉に納められたカリーナ姉さんを指し示す。
「――空っぽなカリーナの魂の再生っスね?」
そう、それこそが。
私が長年をかけて求めていたものであり――ついには辿り着けず、土地神に縋るしかなかった、魔道の深淵だった。




