第6話 19
『――来たれ、我が半身! その銘は<雷獣>!!』
ロイド兄が駆る<雷奏童子>が、高らかにそう喚起詞を紡いだ瞬間――
「――やっべ! 退け! 野郎ども、退けぇっ!!」
クロが俺を小脇に抱えて駆け出し、対峙する<聖騎士>と<雷奏童子>の向こうにいる仲間達に叫んだ。
その間にも生木を裂くような轟音を連続させて、<雷奏童子>から紫電が逆巻いて天高く立ち上る。
<竜爪>も黒狼団の連中も、この場に連れて来たのは精鋭ばかりだ。
クロの叫びと<雷奏童子>の様子から、今成すべき事を即座に察し、捕らえた王宮騎士を抱え上げると、南に向かって退避を始める。
「おい、クロ。ロイド兄はなにをしようってんだ?」
間に睨み合う二騎がいる俺達は北へと向かい、たっぷり五〇〇メートルほど移動してクロは俺を解放した。
「……ボクはただ、リディアに<雷転>時の目になるようにアドバイスしただけだ!
でもアイツ……ロイドめ! いや、エレーナも一枚噛んでるな!?
――いくらなんでもオーバーキルだろう!?」
頭の左右で結わえた髪を振り乱して、クロは声を張り上げてロイド兄達を罵る。
強化した視界の中で、雷電逆巻かせて<雷奏童子>が腰を落として両手を前に。
まるで顎を模したような構えを取ると、渦巻いて立ち上っていた稲妻がまるでそうあるのが当然であるかのように集まって、紫電の外装を形造った。
紫と黒の縞紋様を描き出すそれは、獣毛のように波打って――
クロが喉を鳴らして唸るように告げる。
「……アレが<雷奏童子>とロイドの全力全開――騎体ぐるみで化生した姿さ」
いまや巨大な紫電の獣と化したロイド兄が低く呻いた。
と、刹那。
<聖騎士>の剣と盾――いや、両腕も含めて陽炎のように揺らぐ黒球が生まれ――
強化した視覚でも、追えたのはそこまでだった。
気づけば両騎の位置は背中合わせに入れ替わっていて、<聖騎士>の両腕は肘から先――ちょうど黒球が見えた辺りから先が灼熱して溶け落ちていて、剣や盾など跡形もなく消え失せていた。
「――クッソ! プラズマ化して気圏内物理界面を移動するなんて、はっちゃけ過ぎだよ! バカ夫婦!」
クロが毒づいた瞬間、稲妻に鎧われた<雷奏童子>の足元に亀裂が走り、まるで思い出したかのように大量の土砂が巨壁のように巻き上がる。
クロが慌てて結界を喚起。
「すげえ……なにをしたのかまるでわからねえが、さすがロイド兄!」
思わず俺が称賛の声を漏らすと――
「いや、まだだ! ロイドのヤツ、土壇場で手心を加えやがった!」
滝のように降り注ぐ土砂の向こうで、両腕を失くした<聖騎士>は痛みに身を捩っている。
対する<雷奏童子>はというと――
その巨体を覆っていた雷毛が見る間に勢いを失くし、淡い燐光を残してその輝きは霧散する。
『――クッ……レントン! 悪いようにはしない! その騎体から降りて降伏しろ!』
<雷奏童子>の外装のあちこちから、乾いた金属音が響いて崩れ落ちていく。
『……ああ、わかってる。時間がねえ。こうなったら無理やり鞍房をこじ開けて――』
ロイド兄が<聖騎士>に向かって、一歩を踏み出した瞬間――
「ガアアアァァァァァ――――ッ!!」
脳裏を焼くような激痛に合一が解けてしまい、薄暗い鞍房の中でオレは絶叫を響かせた。
「アッ――ア……アァァ……ッ!!」
なにが起きたのか、まるで理解できなかった。
気づけば騎体の両腕が溶け落ちていた。
《――騎乗者の精神錯乱および恐慌を確認。
……浄化処置を実行》
<神託>の声が響いたかと思うと、身につけた合一器の仮面の裏に淡い――金色の光が……ひろがって……いたみが遠のいて……いく……
霞む意識。
「それは……遍くを静寂へと誘う……慈愛の腕……」
オレの口から、よくわからない詞が紡がれる。
『――クッ……レントン! 悪いようにはしない! その騎体から降りて降伏しろ!』
敵騎が……投降を呼びかけるのが、ひどく遠い事のように感じる……
《――騎乗者の過剰反応を確認。
魂が旧式である事が原因と推測。
<聖騎士>は戦闘継続不可能と判断》
……<神託>がそう告げると……オレの顔から仮面が溶け落ちて……鞍房の内壁に外の景色が映し出される。
『……ああ、わかってる。時間がねえ。こうなったら無理やり鞍房をこじ開けて――』
敵騎がこちらへ踏み出し――直後、不意にその膝が砕け散った。
好機……であるはずなのに……意識がそうと認識してくれない感覚。
まるで意識と……身体が断絶してしまったような――ああ、この感覚をオレは知っている……
土砂を巻き上げて前のめりに倒れ込んだ敵騎。
その漆黒の騎体は見る間に砕け散り、風に溶けて消え去り、騎乗者が地面に取り残される。
「――クソ! 時間切れか!」
と、顔をあげた騎乗者の顔に――
「――ロイド団長……だと……」
自由にならない身体でのオレ自身の呟きが、まるで他人のもののように聞こえた。
「――野郎ども! 若を守れっ!!」
後方の異形達がこちらに向けて駆け出すのが見えた。
《――躯体保護の為、当騎による自立行動を開始します。
――副腕展開》
<聖騎士>の後部腰甲が背中へとせり上がり――
《――緊急措置として騎乗者へ強制接続》
固定器から……金色の紋様がオレの四肢を這い上がり、オレの胸まで駆け上がった。
《魔道器官掌握。
――重力制御翅展開》
「ぐっ……うぅ……」
強引に魔道を引きずり出されていくような感覚。
同時に甲の内側に虹色にきらめく翅が生まれ……騎体が宙に浮き上がる。
《――霊脈より当騎補修可能地点を検出》
周囲の木々より高く上昇すると、<神託>は騎体を北へと向ける。
――オレは……
「……悪逆王子が……」
地上でこちらを見上げる狼面の男に向けて、呪詛のように唸った。
どんな手を使ったのか知らんが、ヤツは……ロイド団長を――素晴らしい騎士であったお方を駐留地を襲ったような異形の怪物に変えた。
しかもその力は<聖騎士>さえ倒し得る、強大な化け物だ。
さぞかし満足だろう……
「……下衆が……」
《――再び騎乗者の精神錯乱を確認。
飛行制御に影響ありと判断。
魂を強制遮断します》
――ブツリと、オレの意識が暗転した。
「――アイツ、気圏戦闘用だったのか!」
北へと飛び去った<聖騎士>を目で追って、クロが舌打ちする。
「あんなでかい騎体が飛べるなんて、マッドサイエンティストの魔道技術ってのはやべえな……」
「この星には重力干渉素子は、もうほとんど残されてないからね。
キミらにとっては空飛ぶ騎体なんて埒外だろうさ!
――そんな事より!」
クロは愛玩躯体でよくやっているように両腕をバタつかせ、それから<聖騎士>が飛び去った方角を指差す。
「――アイツが飛んでった先! アイツ、ウェザーの本体を目指してる!」
リディアの<天眼>によって描き出された地図の上を、ヤツを示す光点は確かにウェザー本体目指して一直線に北上している。
「きっと<天体制御樹>にある<天象騎>の工房を使って騎体を修理するつもりなんだ!」
「修理って……レントンにそんな知識はないだろう!?」
「<神託>だよ! アレは合一者に必要な知識を植え付ける!」
俺らがババアから施された促成教育のようなものか。
「クソ! それじゃせっかくロイド兄が、ヤツの両腕を潰したのが無駄になるじゃねえか!」
「――だから焦ってるんだよ!」
――俺は舌打ち。
後方を見ると、ロイド兄は<竜爪>騎士達に囲まれて、息も絶え絶えといった様子だ。
あれほどの騎体、あれほどの雷精魔法を駆使していたんだ。
さすがのロイド兄でも、この先に付き合わせるのは厳しいだろう。
「俺とおまえで行くしかねえか……」
あんな化け物、<竜爪>や黒狼団に相手させるわけにはいかない。
「――ボリスンっ!」
声を張り上げて名前を呼べば――
「へいっ!」
ヤツは合一したモヒカン兵騎を走らせて、すぐに俺達のそばへとやってくる。
「――俺達はこれから<聖騎士>の追撃戦に移行する。
悪いが騎体を貸してくれ」
「へい! ただいまっ!」
同行を申し出ないのは不忠だからではない。
自分が足手まといにしかならないことを、よく理解しているのだ。
そう判断できる程度にはボリスン達は鍛えられているし、だからこそ<聖騎士>に蹴散らされて以降は、後方に待機して<竜爪>騎士達の防衛に努めていたんだ。
鞍房から降りたボリスンと入れ違いに、俺は鞍に腰を下ろす。
クロは騎体の肩の上だ。
胸部装甲が閉じられ、俺は下顔を覆う仮面を懐から取り出して装着すると、四肢を固定器へと差し込んだ。
騎体の黒い仮面に純白の紋様が走って貌が描き出される。
いまやこのモヒカン騎体は俺そのもので。
「――兄貴! ご武運を!」
敬礼するボリスンに右手を振って応え、ボリスンが十分に離れたのを確認すると、俺は地面を蹴った。
『――アル! <女神の唱歌>で<天体制御樹>までの最短経路を構築しました』
「――ああ。助かる!」
リディアの声に、俺は感謝を告げた。
さすがに魔物を蹴散らしながらでは、空を行く<聖騎士>に大きく遅れを取ってしまう。
『……恐らくはスクォールも現場に到着していると思われますが……』
「その為にボクも行くんだぜぃ」
肩の上で、クロが応えた。
『わたしも……ここから可能な限り補助します!』
そう告げるリディアの声は、心配する色こそ含んでいたものの、決して気負ったものではない。
あの祭壇から、本気で俺を補助しようとしているんだ。
ババアが認め、白の賢者の名を継いだというのは、伊達ではないという事なのだろう。
だから俺は信頼を込めて応える。
「――頼んだ!」
踏み込んだ二歩目で、俺は水蒸気の輪を潜って音の速さを越えた。




