第6話 18
幾度目の攻撃になるだろうか。
<雷転>で敵騎――<聖騎士>に肉薄したオレは、地を刳り飛ばして槍を斬り上げる。
しかしヤツは一歩を退いてオレの攻撃をかわし、そればかりか退かせた右足を軸にして騎体を回すと、こちらのがら空きになった右脇腹へと回転斬りを放ってさえ見せた。
「――チッ!」
舌打ちして<雷転>し、オレは後方に逃れる。
敵は着実にオレの騎動に対応できるようになって来ている。
決してこちらが追い詰められているわけではないというのに、胸の奥から湧き上がるなんとも言えない焦燥感。
……まるでアリシアを相手にしているような感覚だ。
オレがアイツに稽古をつけてやっていたのは、アイツが十歳になるかならないかの頃までだったが、稽古の最中、アイツは恐ろしい速度で成長を見せた。
旅立つ直前なんかは、何度か良いのをもらいそうになって冷や汗をかかされたものだ。
あの時と同じ感覚を、オレは今味わっている。
『――所詮、邪なる者は聖なる力に阻まれるのだ!』
六〇メートルほどの間を取って<雷転>を解いて顕現したオレに、<聖騎士>は煽るように長剣で盾を打ち鳴らして叫んだ。
……言うじゃねえか。
――レントン。
これまで婆さん達に聞いた話をまとめると、ヤツは偽王カイル同様、異端魔道士スクォールによって魔道器官の封印が解かれていて、純血種に近い魔動を持っているのだという。
加えてリディア嬢ちゃんやクロがくれた知識によれば、あの騎体自体の権能で擬似的にアリシアのような――ババアやクロが時々話題に挙げる上位人類種に近い状態になっているんだったか。
クロは騎体性能で底上げされたレントンの戦闘力に批判的だったが、オレはそうは思わない。
兵騎を超える性能と権能を持つ騎体を、あれほどまでに使いこなしているんだ。
きっと並外れた研鑽を積んだに違いない。
さっきアル達にも話したが――そもそもの話、カイルやレントンの二人は第二騎士団に配属されたばかりの頃から、オレは目をかけていたんだ。
武家の嫡流が多く配属される第一と違い、オレが団長だった頃の第二は、出世を目指す貴族家次男三男や、衛士として功績を挙げた叩き上げ、あるいは貴族に推薦された元冒険者といった、実力、実績共に定評のある者達で構成された団だったんだ。
……今現在はともかくとして。
オレが団長をしていた頃は、婆様に叩き込まれた<竜牙>騎士団の訓練を参考に、我が領<竜爪>の訓練も織り交ぜながら、第二の主な任務となる魔獣退治や侵災調伏に対する鍛錬を騎士達に施していた。
当然、毎年騎士学校を卒業したばかりの見習い達は、訓練の厳しさに挫折する者も多く出るのだが、あのふたりは涼しい顔でついてきていたんだよな。
文官閥筆頭のリグルド外務大臣に推挙された平民ということで、当時の騎士団では肩身の狭い思いをしていたようだったが、それでも歯を食いしばって訓練に食らいつこうと努力するふたりの様に、オレは直属の部下に気にかけてやるように指示を出したくらいだ。
……いや、本当は直接手ほどきしてやる事も考えたんだ。
だが、二人がリグルドの後見を受けているという状況が、それを許してくれなかった。
武官閥の重鎮――アルサス陛下の近衛騎士を務める親父殿の立場と、その嫡男であり第二騎士団長であるオレが、ふたりと親しくしたならば、王族によって常に危ういバランスとなるように整えられた文武両閥の均衡が崩れかねない。
それくらいは宮中政治に疎いオレにだって気づけたさ。
だから、直接稽古をつけてやりたい気持ちをぐっと堪えて、側近達に偶然を装おって二人を気遣うように指示していたんだ。
その結果がアルの王宮追放劇を後押しする事に繋がった事を思えば、後悔すべきなのだろうが……オレに流れる獣属の強きを尊ぶ血なんだろうか?
そこに至るまでの二人の努力までをも否定する気には、どうしてもなれないのだ。
「……さて、どうしたものか……」
<聖騎士>から距離を取ったままに、オレは思考を巡らせる。
騎体は帯電して紫電の帯を散らし、繰り返した<雷転>によって生じた熱で周囲が陽炎に揺らいで見えた。
「……悩んでる時間もなさそうだな」
エレーナには知らされていない事だが――彼女の姉であるレイリア義姉さんに言わせると、<雷奏童子>は欠陥騎なのだという。
――まず<雷転>という魔道権能を持っていながら、その速度に対応する為の感覚器を搭載してない!
ミハイル兄さんやアリシアのような、人とは異なる感覚を持った人外が合一する前提のような騎体なのだそうだ。
加えて――
――さらに言うなら、その<雷転>こそがこの騎体を欠陥騎としてしまっているのだ!
攻撃性能だけなら、騎体の大きさもあって兵騎を遥かに凌駕するものだ。
だが、この騎体は<雷転>を喚起するように設計されていないのだという。
――<雷転>で発生する電熱や大気圧搾熱に、騎体が対応してないのさ。
この騎体に限らず、兵騎も含めて長大なたてがみを生やしているのは、本体の魔道筋肉が発する熱を逃がす為なのだという。
<雷奏童子>が<雷転>を喚起すると、そのたてがみの放熱能力を超える熱量を発することになり――
――おバカなオマエにもわかるように言うとネ、<雷奏童子>には稼働時間に制限があるのサ。
放熱限界が来ると騎体を構成している万能物質が、連結できなくなって融解を始めるらしい。
<雷転>を一度でも使ったなら、最長でも十五分。
その制限時間は<雷転>を使うほどに短くなって行くらしい。
これまでの鍛錬での経験上、恐らく騎体を維持してられるのは三分もないはずだ。
オレは歯噛みする。
三分以内に<聖騎士>のあの鉄壁の防御を崩し、最低でも稼働できないようにしなければならない。
<雷奏童子>を除いて、今あるオレ達の戦力では<聖騎士>に抗いようがないのだ。
――と、そこへ……ふわりと繊細な香りを感じた気がした。
桔梗を抽出して手作りしているのだという、この香水の香りをオレが間違えるはずがない。
同時に、良く馴染みのある魂が繋がる感覚。
『――ロイド様、お手伝いに参りました!』
それは彼女が――エレーナが生み出した独自魔法。
――<結魂>という名前だったか。
互いに城務めなのにも関わらず、なかなか会って話をする時間を取れなかった事にキレたエレーナが、オレとの触れ合いを求めて生み出したという……オレへの愛を実感させてくれる魔法だ。
『――だからロイド様、この魔法は考えてる事が筒抜けになるので、恥ずかしい事は考えないでくださいと、いつもいつも――』
おっと、そうだったな。
こんな状況だというのに――彼女の声を聞いただけで、思わず笑みが浮かんでしまう。
『――と、とにかく! もう戦闘法は伝わってますよね?』
ああ。おまえを介して、リディア嬢ちゃんが目に――この騎体に搭載されていない、亜光速を知覚して伝えてくれるんだな?
『はい。それによってロイド様は真に<雷奏童子>となるのです!』
伝わってくるイメージは――かつてオレが初めてこの騎体と合一し、暴走してしまった時の姿だ。
オレにとっては忌々しい失敗の記憶だ……
『いいえ。わたくしはいずれロイド様なら、あの姿さえも使いこなすと信じていましたよ!
――そして、今がその時なのです!』
ああ……やべえなぁ……
あの魔道器狂いのレイリア義姉さんでさえ、手の施しようのない欠陥騎と評した<雷奏童子>を――エレーナはオレの力だと……そう信じているのだと言ってくれる。
伝わってしまっているのがわかってるから、こっ恥ずかしくて仕方ない。
あんな……全身大火傷を負うほどの目に遭ったってのに、オレと<雷奏童子>を信じ続けてくれていたなんて……エレーナは本当にオレには過ぎた女だ。
『……笑っているのか? ずいぶんと余裕じゃないか!』
オレの笑みを反映した<雷奏童子>に、レントンが怒声を発した。
「――ああ、余裕にもなろうってもんだ!」
オレは刀槍を地面に突き立てて叫び返す。
「嫁がオレの為に駆けつけてくれたんだからな!」
『――嫁!? この後に及んでなにを……』
戸惑いも露わに、剣と盾で防御姿勢を固める。
『ロイド様、喚起詞の<書庫>への記述、共有が完了しました。
リディアへの中継準備も万全です。
――いつでもどうぞ!』
胸の奥――魔道器官から、詞が湧き上がってくる。
「――行くぞ、レントン!」
『な、なぜ貴様が……魔神の眷属がオレの名を――』
レントンが驚愕の声を漏らしたが、オレはそのまま喚起詞を紡いだ。
「――来たれ、我が半身! その銘は<雷獣>!!」




