第6話 17
突然顕れた<聖騎士>という銘の武騎に、ロイド様が<雷奏童子>を喚起してその身を雷光へと転じ、猛攻を仕掛ける。
けれど、敵騎は的確に<雷奏童子>の攻撃を盾で受け流し、あるいは長剣で弾いては反撃の姿勢さえ見せていた。
「……ロイド様……」
以前とは――わたくし達が王宮の地下大迷宮でお師匠に鍛えられていた時とは、比べ物にならないほどにロイド様は<雷奏童子>を使いこなしているわ。
あの人が初めてあの騎体を喚起した時なんて、ふたつの精霊石の共鳴に魂を塗り潰されて、暴れ狂う雷嵐という現象そのものになりかけたほどだったもの。
わたくしとレイリア姉さん、クロの三人がかりで雷獣と化したロイド様を調伏できた時には、わたくしは全身大火傷を負ってお師匠の治療を受けた上、一週間寝込む事になったのよね。
ロイド様は今でもあの時の事を申し訳なく思っているみたいだけど、結果としてロイド様はより一層、魔道――苦手としている攻精魔法の鍛錬をするようになったのだから、わたくしは良かったと思っているわ。
そしてその鍛錬は、お師匠の元を離れてからもしっかり続けていたのは、騎体の動きでよくわかる。
――だというのに……
「……あと一手が足りない!」
リディアとクロが回してきた知識によれば、<聖騎士>というあの騎体はマッドサイエンティスト謹製で、合一者に神代の英雄のような権能を付与するみたい。
稲妻の速度で動く<雷奏童子>に抗えているのも、その権能によるものなのでしょう。
ロイド様が奥の手を使ってなお仕留められない敵の登場に、わたくしは思わず下唇を噛む。
と、そんな時――
「――エレーナお姉様っ!!」
不意にわたくしの名を呼んだのは、金色に染まった瞳を輝かせてわたくしを見つめるリディアだったわ。
「お姉様は<談話室>の改良版を喚起できるんですよね!?」
それは質問というより確認のような声色で。
「え? ええ。クロに聞いたの?」
<結魂>という銘のその魔法は、ロイド様との婚約が決まった時の熱狂と勢いに任せて<書庫>に記述してしまったものだから、なるべくなら人には知られたくないものだったりする。
銘もそうだけど、喚起される事象干渉の内容もまた、あまりにもアレなのだもの。
平然を装って見せているけれど、若気の至りをほじくり返されているような感覚に、わたくしは状況を忘れて背筋の脂汗を意識してしまったわ。
お師匠がよくクロに『黒歴史をいちいち引っ張り出してくるな!」と怒鳴る気持ちが、今はよくわかるわね……
そんなわたくしの内心なんてつゆ知らず――リディアは両手を打ち合わせてうなずきひとつ、わたくしの手を握ったわ。
魔道が直接繋がる感覚。
「――リ、リディア!?」
「クロちゃんから聞いた<結魂>をわたしなりに解釈・再現してみました。
まあ、わたしは直接触れないと――」
と、リディアは何でもない事のように言葉を続けようとしたけれど……
「――わあああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」
「――お、お姉様!?」
羞恥のあまり大声をあげてしまったわたくしに、リディアは戸惑いの表情を浮かべる。
「――わかってるこんな事で時間を取ってる場合でも状況でもないのはわかってるわでもその銘はそう黒歴史なの若気の至り良い子なリディアはわかってくれるわよね二度とその銘は口にしちゃだめわかった!?」
一気にまくしたてると、リディアはわたくしの勢いに呑まれたのか、目をしばたかせながらもコクコクとうなずいてくれた。
わたくしは安堵の息を吐き、気を取り直してリディアに視線を向ける。
「……それで?」
何事もなかったように話を戻そうとするわたくしに、アルくんと違って空気が読める、良い子のリディアは素直に従ってくれたわ。
多少、顔が引きつってるのは、見なかったことにしましょう!
「え、ええと、わかりやすく言うとあの敵騎――<聖騎士>には<神託>と呼ばれる魔道権能が搭載されていて、アリシアみたく擬似的な短期予知を行っています」
「ええ。だから雷速――亜光速まで加速しているロイド様の攻撃を防げているのよね?」
「はい。付け加えるなら……」
リディアはそこまで言って、遠慮がちな色を目に浮かべたけれど、それも一瞬の躊躇。
「――ロイド様は、決定的にあの騎体の使い方を間違えているのです!」
けれど、きっぱりとそう言い切ったわ。
「良いですか? <雷奏童子>は本来、光速を知覚する大型眷属器――魔物への強襲突撃兵なんです。
あんな風に攻撃のたびに足を止めてたら、その権能はまるで活かし切れていないと言って良いでしょう!」
リディアの言葉に、わたくしは<天眼>の視覚を意識する。
確かに、ロイド様は――<雷奏童子>は攻撃のたびに実体化しては振りかぶり、そこから攻撃を繰り出していたわ。
「……確かにあれじゃあ、亜光速騎動の意味が――」
どれだけ速く動けたとしても、攻撃の瞬間は物理法則に準じた速度まで落ちてくるのなら、<聖騎士>の権能なんかなくても、アリシアは当然として、彼女の父親のサリュート様やゴルバス大将軍だって、余裕で防ぐでしょうね。
「……なんてことっ!」
お師匠の鍛錬を修了してからは、ロイド様の魔道鍛錬はわたくしが監修していたというのに……こんな根本的な事に気づけずにいたなんて!
そう、本来ならわたくしが一番に気づかなきゃ行けなかったはずだわ。
ロイド様が初めて<雷奏童子>を喚起し、雷獣と化したあの時――雷獣は確かに稲妻と化したままわたくし達を攻め立てていたのだから!
「――自分の想像力のなさに腹が立つッ!」
わたくしはロイド様に誤った鍛錬を勧め続けていた事になるわ。
「いえ、自在に転化できるようになるのは、それはそれで必要な事だったのです。
光速を知覚するなんて、普通はハイソーサロイド級の魔道器官を持たないとできない事ですし……
そもそもの話、この世界では今まで亜光速戦闘術が必要になる機会なんて、数えるほどしかなかったようですしね……」
「……数える程度にはあったのね――」
「んんっ! それはさておき!
むしろお二人のこれまでの積み重ねがあるからこそ、わたしもクロちゃんもこの作戦を実行できるんですよ」
そうして魔道を通して流れ込んでくる、対<聖騎士>戦術。
「……理屈はわかるけど――わたくしはアリシアやあなたと違って、普通の目しかもってないのよ?」
「なので、わたしがここで戦略占星術士代わりとなります」
「ああ、つまりわたくしはあなたとロイド様を繋ぐ魔道的中継器というわけね」
リディアが提示した作戦を理解して、わたくしは納得する。
彼女が<天眼>ではなく、<結魂>もどきを使うのは、亜光速戦闘における指示・連携を主観的に行い、そのタイムラグをより極小に抑え込んでわたくしに繋げる為でしょうね。
「はい。わたしが《《あの魔法》》で、直接ロイド様に接続できればよかったのですが、現状ではそこまでの魔法を造る余裕がなくて……
というか……その、造れたとしても、あの魔法の性質上、男性とはその……」
初心に顔を赤らめるリディアに、わたくしは思わず苦笑。
「……そうよね。魂を繋いで心を重ねる――アレの初めては、できれば特別な人とが良いわよね」
「お、お姉様~!」
顔を真っ赤にして取り乱すリディアと笑い合い――
「じゃあ、始めましょうか……」
「――はい。エレーナお姉様!」
わたくし達はすぐに繋いだ手に力を込めて、意識を<天眼>へと向ける。
「――クロちゃん! アル! お待たせしました!」
リディアが<天眼>の向こうにいるふたりに告げて。
「ロイド様……わたくしがあなたに勝利を届けます!」
わたくしもまた、そう告げるとお師匠からもらった杖を石畳に突き立てたわ。
「――目覚めてもたらせっ!」
そして、響く金属音に乗せて、高らかに<結魂>を謳い上げる。




