第6話 16
心底驚きの表情を浮かべるハク先生に、ボクは満面の笑みと共に胸を張って見せる。
「――だよねだよね!? びっくりするよね!?」
「……あの、ハクレイ様。その……量子分解炉というのはなんでしょうか? <書庫>にも記述のない名前のようですが……」
「それはそうよ~! アレは量子転換炉の原型で、その制作法はお姉ちゃん達のお師匠のマツド先生、ヨギリ先生、モノベ先生――三賢者の共用<記録庫>にしか存在しないはずなんだもの!」
興奮気味にハク先生はリディアに説明する。
母星を失い、強制的に星々の海に船出させられた人類がそれでも航海を続けられたのは、彼のイカれた三博士が量子分解炉を生み出したお陰なのだと、人類学史には明記されている。
あらゆる物質を量子分解して空想感応物質――精霊へと転化するその万能炉によって、人類はホームの外でも魔道を使えるようになって、長い航海を生き延びたんだ。
「あーっとね、三女神の神話に出てくる万能の釜――アレがそうだよ」
と、ボクはリディアにそう説明する。
「ホラ、経典には魔物に対抗する為に、<三女神>が万能釜を錬金法士や鍛冶士達に与え、彼らはそれを使って騎士達に聖なる武具を与えるだろう?」
「……それが量子分解炉って事?」
「そそ。神話では<三女神>が与えた事になっちゃってるけど、実際は当時の人々の思いつき――発明なんだよ」
そこに女神達の思惑が噛んでないとは言い切れないけど、確認しようのない事を口にしてもリディアを混乱させるだけだから、ボクは黙っておく。
制限された魔道器官を補う為に、魔道士達による魔道連結――儀式魔法の再発見があったのもあの頃だね。
それによって刻印術もまた発展し、妖属の万能物質の高効率運用も可能になっていたっけ。
「ま、そうは言っても、あくまで疑似量子分解炉だったからね。分解能は彼らの認識範囲までで、具体的には構成物質の純化――単一化までだったんだ」
生み出された当初は、鋼が脆い純鉄になってしまったりして、開発者達は無能の烙印を押されそうになってたそうだよ。
「……ところがそのうちの一人が、苦し紛れに<竜星晶>を釜に放り込んだ事で状況は一変した。
加工不可能と思われていた<竜星晶>が、闇青銀と特殊な事象を常駐させた物質――当時は精霊石と呼ばれてた物質に分解されたんだ」
「精霊石……今で言う銀晶のことよね?」
読書家なリディアは精霊石の名前を知ってたみたいだね。
「そう。話が早くて助かるよ。
――当時も銀晶の鉱脈は見つかってたんだけど、魔道器技術が衰退してたから、どちらかというと魔道増幅物質――杖なんかの魔法触媒として使われてたんだよね。
攻精魔法の増幅によく使われてたから、精霊石って呼ばれるようになっててさ。
ただ、<竜星晶>を分解してできたそれは、ただの銀晶なんかじゃなく、文字通り精霊石という……別種の魔道物質だった……」
そこでボクは一度言葉を区切り、宙に表示させた資料の中から、精霊石の項をふたりの前に大写しにする。
「ふたりとも知っての通り、銀晶ってのは精霊――空想感応物質が結晶化したものだよね?
人類はこれを使って魔道を増幅し、あるいは物理界面を上書きする魔道器なんかを生み出してきたワケなんだけど……」
精霊石はそれに加えて、もうひとつ――ある特徴を兼ね備えていた。
「……一番基および三番基から六番基までの<天体制御樹>五基に搭載されていた魔道権能――つまりは惑星開拓用天体制御魔法が、当時の人類に制御可能な形で結晶化していたんだよ」
――<地象騎>の大地を切り拓く権能は、地を操る魔道事象として。
――<海象騎>の海洋を操る権能は、水を操るもので。
――<霊象騎>の霊脈制御は、規模を縮小させてはいたけれど、そのままが遺されていた。
――<気象騎>の気温制御は二種類の結晶に分割されて、炎と氷を操るものになっていたね。
そして……<天象騎>の権能――天候制御は、稲妻を操る力として遺された。
奇跡嫌いのボクと主でも、その話を聞いた時は認めざるを得なかったよ。
――ああ、<地象騎>は……アースのやつは、その身を失ってなお、この星の人々を護ろうとしてくれていたんだ、ってね……
「――攻精魔法の権能を秘めた精霊石……当時の人々はそれを使って、ロイド様の騎体のような特騎を?」
「ん~、その、精霊石? を騎体に埋め込んだとしても~、この資料を読む限り、精霊騎っていうのは~、初期のバイオ兵装――<魔獣甲冑>みたいなものだもの~。
――あんまり意味はないように思えるのよねぇ」
「あっ、そうですね。権能に対応する魔法の増幅はできても、<雷奏童子>のように騎体そのものを雷に転化するなんてできないですよね……」
しょんぼりと肩を落とすリディアにボクは首を振る。
「いやいや、リディアが今言ったように、当初は<甲冑>に搭載してたんだよ、だから攻精魔法を増幅する騎体として、精霊騎と呼ばれるようになったんだしね」
百騎まで量産された精霊騎によって、人類は着実に魔物を押し返し、その生存圏を回復させて行った。
「ただ、問題は侵源に居座った主――大型眷属器でね」
ボクら自身は直接見たわけじゃないから、正確なところはわからないけど、全長一〇〇メートル近いムカデみたいな見た目だったと聞いている。
「一〇〇メートル……大型の中では小さい方なんだろうけど~、艦隊支援がない地上戦力だけって考えると、帝国軍や騎士団でも厳しい相手ね~」
「うん。主も話を聞いた時は、『黄の賢者の勇者シリーズが必要な状況じゃないか』って言ってたよ」
人造上位人類――騎種を研究テーマにしていたフウラ先生は、主の姉妹だけあって趣味に走りがちな人で、<大戦>中にも彼女が生み出した数少ない成功例――騎種三獣士に、趣味全開の特騎を用意してたんだ。
「あ~、あれはあれで、戦闘面だけを考えたら疑似<万能機>と言って良いとお姉ちゃんは思うけどねぇ」
鷲、獅子、鯱を模した獣型武騎がそれぞれ変形、合体して一騎の巨神もどきになるんだ。
合一者が三人いるから、攻撃も防御も思いのまま。騎体破損でさえ魔法で瞬時に癒やすものだから、彼らは<大戦>最終局面の英雄に数えられてるほどだよ。
「――話を戻すけどさ、主をしてそんなトンデモ兵器が必要と考えるような魔物を、当時の人類がどうやって倒したのか!」
「そこで童子シリーズってワケね~」
「もう、ハク先生! 空気読んでよ!
――いや、実際そうなんだけどさ!」
ハク先生は頭が回る分、こんな風に会話の情緒をガン無視して、さっさと結論を口にしちゃうんだよね。
もうちょっとボクの感動に理解を示してくれても良いじゃないか!
いつの間にか資料を読み込んで納得しちゃったらしいハク先生に頬を膨らませて見せて、ボクはリディアに視線を向ける。
当時の魔道科学者のすごさを、現代に生きるリディアならきっと驚嘆で受け入れてくれると思うんだ。
「……え!? クロちゃん、これって……セイラ様が黒狼団のみんなに施した刺青型刻印の発展技術よね!?」
「さすがリディア!」
そう! ボクはそういう反応を待ってたんだ!
「そうだよ。貴重な精霊石を魔道器官に埋め込み、自身の魔道と同化させる。
それによって魔道器官の封印を中和すると同時に、精霊石の権能を自在に操れるようになるんだ」
あの時代の魔道科学者は、本当にイカれてたと思う。
ううん。その被験者を進んで引き受けてた隊長達もそうだね。
ボクは言葉を区切って咳払いをひとつ。
「この時、この星の人類は、世界に新たな種属を生み出したんだ!
――鬼族っていうね!」
ボクや主の知る限り、既知人類圏で確認されている種属の中に、鬼族のような特徴をもった人種は存在していなかった。
それでも「族」を名乗らせ、獣属の一種としているのは、今のボクらは鬼族を新種属として人類会議に登録させる術がないからだ。
「ああ、それでロイド様の化生を見た時、ハクレイ様は驚かれていたのですね……」
「そうよ~。量子転換炉を埋め込まれた帝国騎士は別として、獣属じみた化生プロセスから、自身に結晶を生やす種属なんて既知人類圏には存在してないし、人類会議にも登録されてなかったもの~」
「あの角はね、血統に受け継がれた精霊石が、外界の精霊に触れる事でより事象干渉をしやすくする為に顕れてるんだって。
ロイドもそうだけど、鬼族のみんなはあの角や精霊石での魔道行使に慣れちゃってるから、化生してない時は外部干渉系の魔法が苦手だったりするんだよね」
と、ボクは精霊石の研究から派生した鬼族という種族について説明する。
すっかり資料を読み切っていて、特に驚いてくれないハク先生から視線を外し、ボクはリディアひとりに聞かせるようにして続ける。
「まとめるとね、童子シリーズっていうのは、鬼族となった<救世騎士団>隊長達の専用精霊騎であり、半身なんだ」
ロイドなんかは、普段は万能物質に分解して<小箱>の中に格納してるけどね。
「――合一者が化生する事で、本家バイオ兵装並みの生態装甲を生み出し、騎体に埋め込んだ精霊石と自身の精霊石を共鳴させる事で、<天体制御樹>の活動端末――<象騎>に迫る権能を有している。
――正直なところ、あの時代の技術水準では考えられないほどの高性能騎体が、ボクや主の支援もなしに、この星の人類の手だけで生み出されたんだ!」
ボクはハク先生に視線を向けて、胸を張って見せる。
「外敵による存亡の危機を前にこの星の人類は、<大戦>に望んだ既知人類圏の人々同様に、技術的思想革新と技術水準革新を同時に引き起こしたんだと思うんだ!」
「かつて人類が異星種起源遺跡の希少物質や、遺されていた技術、記述を頼りに、一丸となって<這い寄るもの>に抗ったように……
この星の人々は、おセイちゃん達が持ち込んだ素材や概念を礎にしたというわけね~。
まさに、極小規模の<大戦>と言って良いわね~」
ボクの言葉に、ハク先生が応じて、うんうんと首肯してくれた。
「さて、童子シリーズの理解が深まったところで、リディア」
童子シリーズの資料を熟読するリディアに、ボクは声をかける。
「あの小賢しい邪神教団の剣を、この星の人類が積み重ねた、雷槍の穂先がブチ抜く話をはじめようじゃないか!」
「――ええ!」




