第6話 14
「――あれはジャンヌが……ええと、リディアには勇者ジャン・ダークスと言った方が伝わるかな?
あの子が西方に統一帝国を打ち立てた頃だから、二千年ほど前になるんだろうね。
あの頃の主とボクは世界中を巡って、統一帝国成立までの戦で生じた霊脈の歪みを整調して回ってたんだ……」
霊脈の歪みは本当は第三文明末期――魔王を名乗っていた主とジャンヌが互いに率いた魔王軍と各国連合軍の争いによって生じたものなんだけど、リディアは旧文明について主に教えられていないようだから、ボクはその辺りをボカしてそう説明したよ。
「――そうよね。大規模な霊脈の歪みは侵災を引き起こすものね。人知れずその危機を防いで回るなんて、さすがはセイラ様!」
リディアは胸の前で両拳を握って、主を褒め称える。
そう。現代に生きるリディアなら、そう考えても不思議じゃない。
――でも……
「……いや」
ボクはリディアに首を横に振ってみせる。
「あの頃に主が霊脈を整調して回ってたのは、単に土地の恵み――農耕に適した土壌に土地を復活させるのが目的だったんだよ。
――なんせ、当時は……あの頃までは、この星では侵災なんて事象は観測されてなかったんだからね」
「……え?」
不思議そうな表情を浮かべるリディア。
一方、ハク先生はといえば、ボクの言葉を――その意図を正確に読み取って、目を細めた。
「……クロちゃん、さっき二千年前って言ったわね~? それって銀河標準時での話?」
「うん。ボクらが流れ着いた事でこの星系もまた、すごく希薄だけど<三女神>の加護下に置かれたからね。銀河標準時での話だよ」
既知人類圏に生きる人々にとっては、もはやそれが当たり前過ぎて気づきづらい事なんだけど、本来であれば光年単位の長距離移動にはどうしたって時差が生じるはずなんだ。
けれど、それを人類に克服させたのが<三女神>の加護のひとつ――銀河標準時だ。
星々の移動の際、それがたとえ何万光年離れていようと、<三女神>由来の<航路>や<門>を用いさえすれば、時差は一切生じないというルールに人類は支配されている。
そのルールは大霊脈への接続の有無とは関係なく、かなり強固で広範に渡っているみたいで、ボクらが王竜によって一万年前に飛ばされた際――まだ<三女神>が誕生していないにも関わらず、マイナス時間軸という形で絶対時標計は、銀河標準時の時軸を正確に示していた。
……主は、複数の魂による共通認識が、銀河標準時という魔道事象を具現化してるんじゃないかと推測を挙げていたけど、星系内航行はおろか、宇宙に上がることすら困難なこの星の技術レベルじゃ、それを確認する術がないんだ。
「え、ええと……侵災がなかったっていうのは?」
疑問を口にするリディアに、ボクは逸れかけていた思考を引き戻す。
「うん。ハク先生の知識を受け継いだキミは、この世界で魔物と呼ばれているアレが、人類の敵種である人類外知的生命体――<這い寄るもの>だというのは知っているよね?」
コクリとリディアは頷きを返した。
人類がアイツらと邂逅したのは、銀河標準時でおよそ五百年以上前で、多くの犠牲を払ってなんとか勝利らしいものをもぎ取れた<大戦>終結が、三百数十年前の話だ。
「王族嫡流にしか明かせない世界の真実に触れちゃうから詳しくは省くけど、主もボクも大昔からアイツらの襲撃にはずっと備えてきてたんだ」
月の向こうに専用衛星を打ち上げ、この星と月を擬似<聖約>で覆う事で、連中の目から隠したり、ね。
「――けれど、彼らは現れた……それも人類の邂逅よりずっと早く……」
ハク先生の言葉に、ボクは重々しくうなずく。
「うん。単純に考えるなら、この星が未知領域の深奥にあるから、たまたま連中が既知人類圏に向かう途中に巡り合わせてしまったのかもしれない。
ま、そんな天文学的な確率の偶然、ボクも主も信じてないけどね。
――どちらかというと、こちらの説のが有力だと思っているんだけど……」
ボクは一度、言葉を区切ってふたりを見渡す。
「<大戦>後、<聖約>によって人類への接触ができなくなった連中は、物理界面での移動や活動を最小限にとどめ、<聖約>の薄い……あるいは乱れた箇所へと直接具現化してるんじゃないかって……」
<大戦>後になってさえ、<這い寄るもの>についてわかっている事は、本当にわずかなんだけど――<大戦>中期に既知人類圏に帰還した<万能機>一番基の子孫が持ち帰った情報によって、連中の眷属が悪魔同様に情報界面に潜んで活動できる事がわかっている。
連中のそういう生態を挙げて、ボクは言葉を続ける。
「ボクと主は、連中がその権能を発展・あるいは進化させる事で――時間軸や空間軸に関わらず、独自の認識可能領域にある霊脈の綻びを突いて、<聖約>を超えて来ているんじゃないかと考えたんだ」
――つまりは……
「……それこそが、侵災……」
呻くようなリディアの声。
「……確認したわ~。
エルザの<書庫>にあった侵災発生魔法も、確かに霊脈を意図的に乱す為のものだったみたい。ふたりの推測は正しいとお姉ちゃんも思うわ~」
と、そう言ってボクらを肯定してくれるハク先生にうなずきを返して。
「――話を戻すと、そういった魔物の生態を知らなかったボクと主は、そうと知らないままに世界中の土地の活性化の為に霊脈の整調をして回っていたんだよね。
でも、勇者ジャン・ダークスによる統一帝国樹立から百年――四代目の統一帝の御代になると、人口が一気に膨れ上がってね……
正直なところ、ボクらの霊脈整調は間に合わなくなっていた。
だから、あれが起きたのは――今のボクら常識で言えば、当然の事だったんだろう……」
リディアが息を呑む。
「……ダークス王朝の悲劇……大侵災の発生の事、よね?」
統一帝国が滅亡するきっかけとなった事件を挙げるリディアに、ボクはうなずいた。
今だからこそ、各国の王侯貴族による霊脈の整調は義務のように行われているのだけれど、当時はそういった儀式が根付く前で――いや、そもそも整調をする術すら世の中には広まっていなかったんだ。
「そう。この世界で初めて起きた侵災は、統一帝国全土を覆うほどに巨大で、凄惨なものになった……
でも、だからこそ――」
あの時代、ボクと主は本当の意味で、この星に生き延びた人々の真価を――その魂の輝きを見せつけられたんだ。
「人々は――純血種や再生人類の別なく……それだけじゃない。種属の垣根さえ超えて手を取り合い、大侵災と魔物に立ち向かったんだ」
主が魔王を演じた時でさえ、種属同士が結ばれる事はなかった。
けど……けれどね……
この星に生きるすべてを敵として襲う魔物を前に、人々はついに団結する事ができたんだ。
「……クロちゃんの言いたい事が見えてきたわ~。
つまりあの<化生甲冑>っていうのは――」
「そう! 当時、この星に生きた人々が、知恵と勇気を持ち寄って生み出した、純粋な団結の象徴!」
興奮するボクの言葉を引き継いで、リディアが彼の大侵災を調伏した勇者達の名を呟く。
「……<救世騎士団>……」
彼らの活動に、ボクと主はいっさい関与していない。
大侵災が発生したと聞いた時、ボクらは統一帝国から遥か南方の暗黒大陸に居たからね。
慌てて取って返した時には、人々はとっくに反撃の狼煙を挙げていたくらいさ。
――今に名前すら伝わってないような、なんでもない人々が知恵と技術を持ち寄って。
――戦う力を持った人々が、そんな彼らを守って。
――そうして集まった人々が、魔物調伏の為にひとつの組織を作り上げた。
それこそが、リディアが挙げた<救世騎士団>なんだ!
「そして、その三番隊隊長騎こそ、この地の鬼族に受け継がれた<雷奏童子>の正体ってワケ!」
最終的に侵源に辿り着いた四人の部隊長のひとりを、最後まで護り切った銘騎だ。
その真価を説明する為に、ボクは主の<書庫>に接続して、とある資料をふたりに披露する。
――精霊騎開発計画、と。
そう銘打たれた資料と、その特騎たる<童子>シリーズの設計図面を――




