第6話 13
稲妻と化したロイド騎――<雷奏童子>は、敵武騎との距離を刹那で埋めた。
雷鳴と暴風をまとって<雷奏童子>が顕れたのは<聖騎士>の眼前だ。
『――短距離光速路ッ!?』
リディアが驚きの声をあげる。
ハク先生の<書庫>を閲覧できるあの娘が、そう思うのは仕方ない事だ。
短距離光速路ってのは、武騎の中でも上位騎――ロジカル・フィギュア・ウェポンに搭載された魔道権能の事。
極小距離を瞬間的に光速度まで加速する事で、物理界面から超空間に転位滑走するというものだ。
相棒が変身時に唯一自分だけで喚起できてる<幻創回廊>は、擬似的に――いや、強引に物理事象を捻じ曲げて、短距離光速路を再現しているものなんだよね。
ま、相棒の<幻創回廊>はボクの心臓――法器の力に依るところもあるんだけど、大銀河帝国の近衛や十三騎士みたいなバケモノ連中は魔法に依らない、意思の力だけで現実を捻じ曲げて光速突入なんて非常識なマネを当たり前みたいにするからね。
その能力に見合った騎体が必要って事で生み出されたのが、論理演算炉搭載型兵装である、光速戦闘騎――ロジカル・ウェポンシリーズだったんだ。
――とはいえ、ロイドのアレは短距離光速路とはちょっと違うんだよねぇ。
そもそも大気と重力に満たされた惑星上で、あの大きさの騎体が光速戦闘なんてしたら、大気が吹き飛ばされた上、地軸が狂ってしまうよ。
まあ、だからこそリディアは驚いたのかな?
ふむ、ちょっと擦り合わせしといた方が良いみたいだね
『オオオオォォォォ――ッ!!』
と、ボクがそんな事を考えてる間にも、咆哮したロイドは騎体に紫電を走らせたまま、顕れた中腰姿勢から上体を引き上げながら、刀槍を横薙ぎに振り払う。
『――クッ!?』
敵武騎は驚愕しながらも、盾でその攻撃を受けた。
その表面に刻印された結晶障壁が自動喚起され、虹色の結界結晶が展開。
激しい金属音と共に<雷奏童子>の攻撃による衝撃は熱と閃光に変換されて、辺りを青白く染め上げる。
遅れて駆け抜けた衝撃波が、<聖騎士>の背後の地殻をえぐり飛ばした。
刀槍が上方に弾かれ、<雷奏童子>の上体がわずかに泳ぐ。
『――ハァッ!!』
そのがら空きになった胴に、レントンの裂帛の叫びと共に<聖騎士>が結晶結界の内側から長剣を突き出す。
『――チッ!!』
ロイドは舌打ちして、再び騎体を稲妻に転化する。
瞬きの間に、<雷奏童子>は<聖騎士>から右手に数百メートル離れた位置に顕現する。
<雷奏童子>の超加速による衝撃波が、リディアが張った<女神の唱歌>を突き抜け、その向こうにいまだにたむろしてた魔物ごと樹海の木々を吹き飛ばす。
同時に<聖騎士>の攻撃によって発生した剣閃が、ボクらのすぐ横の地面を深く抉った。
「……<騎士>システムによるアシストが邪魔だなぁ」
ボクは呻く。
ロイドの攻撃を受けた時のレントンの反応は、明らかに<雷奏童子>を捉えられていないものだった。
それでも防御し切った上、反撃まで行えたのは<騎士>システムの補助によってだろう。
そもそも先程リディアが送ってきた<聖騎士>のデータは、ロジカル・フィギュア・ウェポンを基にしたものだった。
となれば当然、論理演算炉も搭載されているはず。
論理演算炉は超光速戦闘を可能とする為、自騎だけではなく超空間内の他者を演算認識する権能も付与されている。
レントンが短距離光速路を開けるかはともかくとして、<騎士>システムは論理演算炉の演算力を利用して、<雷奏童子>の超加速も認識できているに違いない。
気圏内戦闘を前提としている<雷奏童子>のあの超加速――<雷転>は、文字通りその身を瞬間的に雷に転じるという鬼族独自の魔法だ。
超光速――超空間すら認識する<騎士>システムならば、光速より遥かに遅い雷を捉えるなんて容易いことだろう。
『あ、あぅ……ええと……』
指示に迷ったのか、リディアが戸惑っている。
そうだよね。
あんな超高速戦闘、知識があるだけじゃ指示が間に合わないよね。
「――リディア、ちょっとお邪魔するよ」
『え? え?』
ボクは物理界面の躯体から抜け出て霊脈を伝い、リディアのローカル・スフィアに接続して<談話室>を喚起する。
リディアが喚起した<天眼>の基になった、ボクら幽属を祖とする種属の独自魔法のひとつ。
二者間でしか成立しないけれど、ローカル・スフィアを直結し、圧縮した思考で双方向対話できるというこの魔法は、今のような切羽詰まった状況だと<天眼>より有用だ。
リディアのローカル・スフィア内に設置された疑似想念空間に、幼生形態の仮想体を構築。
途端――
「――あらぁ、クロちゃん、いらっしゃ~い!」
「――うぶっ!?」
すっトボけた間抜けた口調と共に、ボクは抱き締められた。
ああ、そうか。主が共有してくれた情報にあったっけ……リディアのローカル・スフィア内に<談話室>を設置したんだから、当然いるよね……
ボクは押し付けられた柔らかだけど重厚な胸部装甲からなんとか顔を引き剥がす。
「ハク先生、お久しぶりだね」
「ホントにね~」
そう言ってボクを撫でるその姿は、ボクが知っている時そのままの姿で。
……ホントなら、泣き出したいほど嬉しい。
今が思考で表情描写を制御できる仮想体でよかった。
物理界面の躯体だったら、生理反応を処理しきれず、きっとボロボロと泣き出してしまっていたはずだよ。
主の護衛となる為、主以外の七賢者の先生達はボクに様々なことを教えてくれた。
ハク先生は主に戦術教練を――それこそ、短時間なら戦略占星術士の代わりを務められるくらいまでに、ボクを鍛えてくれたんだ。
ボクはぎゅっとハク先生の仮想体を抱き締め返して。
「でも、今は懐かしんでる場合じゃないんだ」
この<談話室>内での主観時間は、一時間がおよそ現実での一秒足らずに引き伸ばされているけれど、超高速戦闘を行っている今、その一秒が勝敗を決しかねないからね。
「ああ、そうね~。そうだわぁ」
ハク先生も理解してくれたのか、ボクの身体を両腕の中でクルリと回し、後ろから抱き締め直す。
ボクの正面には、戸惑いの表情を浮かべてたたずむリディア。
「え、えと……クロちゃん? 急にどうしたの?」
<談話室>については、七賢者の共有<書庫>にも記載されているから、説明するまでもないだろう。
ボクはハク先生に抱き締められ、頭を撫でくりまわされたままに、リディアに告げる。
「<聖騎士>を倒す為には、<天眼>でロイドに指示を出せるキミの協力が必要みたいだからね」
ボクの言葉に、リディアは神妙な面持ちでうなずいた。
「今問題になってるのは、キミがこの星で生み出された<化生甲冑>――特に<雷奏童子>の知識を持ち合わせていないってことと、超高速戦闘の指揮に不慣れってことだ」
「――そうっ! アレ、なんなの~?
獣騎甲冑を基にしてるってのはわかるんだけど~」
ハク先生が後からボクに頬を擦り合わせながら訊ねてくる。
それを説明する為に、ボクは<談話室>を喚起したんだ。
<天眼>の情報共有だと統括者であるリディアと違って、子機になってるボクからじゃ、影響下にある全員に情報が伝わってしまうからね。
「クロちゃん、今、貴女、アレはこの星で生み出されたって言ったわよね~?
アレもおセイちゃんの作品ってこと~?」
その言葉に、ボクは首を横に振る。
「そう。普通だったら……主のことを知ってる人なら、そう思うのも当然だよね。
でもね、違うんだ」
あの騎体について語る時は、ボクは――ううん。きっと主もそうだと思う――いつだって、誇らしい気持ちになる。
「あの騎体は――<化生甲冑>は、正真正銘、この星に生まれた人々が種属の垣根を越えて生み出した……まごうことなき人類の刃のひとつなんだ!」




