第6話 12
漆黒の球体を内側から破って立ち上がったのは、武騎とほぼ同じ大きさの巨人だった。
俺の戦闘形態や獣属の化生によく似た、漆黒の肌と甲殻。
背まで伸びたたてがみの色は青銀で、兵騎のそれのように燐光を振りまいている。
額から生えた一対の水晶質の角は、ロイド兄の化生姿がそうだったように、美しく輝く透き通った紅だ。
「――な、なんだアレ!?」
「かつて兵騎や武騎が主流となる以前……<大航海>時代において主力だった生体系兵装」
と、驚く俺に、クロが不敵な笑みを浮かべて説明する。
『――そんな!? 侵災が発生しているこの地で、バイオ系兵装はっ!』
リディアが焦ったように制止の声をあげる。
「ああ、そっか。キミはハク先生の知識を受け継いだだけだから、そう思うよね。
大丈夫、アレは共感器非搭載型の新方式なんだ」
クロはリディアにそう応え、疑問の表情を浮かべる俺に顔を向ける。
「ホラ、グランゼス領城でビクトールが喚起した侯騎。
アレが従来の獣騎甲冑なんだ」
『――情報を送ります』
クロの説明に合わせて、リディアが<天眼>を通して俺に知識を植え付ける。
――獣騎甲冑
それはクロが説明したように、神々の国において兵騎や武騎が生み出される以前に主力であった武装なのだそうだ。
その騎体は基本的に攻性生物兵器――いわゆる魔獣の一種で、その体内に鞍房を器官として有し、<共感器>という魔道器を使って、騎乗者と同化する。
だが、その<共感器>という魔道器は、重大な欠陥を孕んでいた。
魔獣の魂と騎乗者の魂を融合・同化させるそれは、ババア達が<這い寄るもの>と呼ぶ敵性存在との同化をもまた可能としたらしい。
つまり獣騎甲冑を駆って<這い寄るもの>と対峙した者は、その肉体を騎体ごと食われたのだそうだ。
「……じゃあ、ビクトールの騎体が異形となったのは……」
「そ。旧式の獣騎甲冑に同化してたアイツは、エルザが喚んだクリーパーに内側から食われたのさ」
肩を竦めてため息を吐くクロ。
「でも、ロイドのアレはその問題を解決した、新方式のものでね」
『――<共感器>を排除し、自らの魔道器官を万能素材の核として騎体構築を行う――それがロイド様の化生甲冑よ』
クロの言葉を引き継ぐように、エレ姉がそう説明する。
「あれ? エレーナ、キミ、知ってたのかい? 主に教わった?」
『いいえ、ロイド様が以前、わたくしの実家を訪れた際に、レイリア姉さんが調べまくったの……』
「あ~……」
俺とクロは顔を見合わせて納得する。
確かに魔道器狂いのレイリア姉なら、興味を抱かないわけがない。
きっと婚約者の姉という立場を利用して、思う存分に調べまくった事だろう。
クロがコホンと咳払いする。
『――な、なんだっ!? 人が化け物にっ!? いや、貴様もまた魔神の眷族かっ!?』
周囲の兵騎を警戒しながら、レントンがロイド兄に叫んだ。
『――くはっ!』
化生甲冑の頭部――顔の上半分を覆う白面に真紅の双眸が開かれ、そのすぐ下で鋭い牙が並ぶ口腔から、ロイド兄の声で嘲笑が漏れる。
『――なるほど、確かにオレは魔神の眷族だろう』
より正確に言うなら、子孫――血族だ。
『――それで? 貴様は任務より魔神の眷族討伐を優先するってワケだな?』
言いながら、ロイド兄は足元に残った漆黒の殻に向けて、右手を一振り。
途端、殻は粒子に解け、まるで砂が吸い上げられるようにロイド兄の巨大なその手に集まり、一振りの漆黒の刀槍となった。
『――思い込みによる視野狭窄は相変わらずのようだな……』
「んん?」
まるでレントンを知っているようなロイド兄の言葉に、俺は首をひねる。
『ああ。あいつ、オレが城に居た時は第二の従騎士として配属されてたんだ』
と、<天眼>経由で、ロイド兄は俺に応える。
『――直接話したことはないが、カイルとレントンの二人は、孤児でありながら騎士学校の主席と次席で卒業し、同期で入団した連中の中でも、頭ひとつ抜けているとダーレス教官から報告を受けていたから、当時はオレも注目してたんだ。
まさか王位簒奪なんてしでかすとは、思いもしなかったがな……』
なるほど。
孤児ゆえに平民や冒険者の多い第二騎士団に配属され、だからこそ団長であるロイド兄もレントンを認知していたというわけか。
『まあ、婆さんの話じゃ、あの二人は魔道器官の封印が解かれ、しかもアリシアに師事してたっていうんだから、従騎士の段階で頭角を表すのは当然と言えば当然だな』
ロイド兄が騎士団長をしていた二年前は、騎士学校では騎士としての基礎教練が施され、本格的な鍛錬は入団し、従騎士となってから行われていた。
貴族ならば多少は魔道の扱いに長けている者もいるが、基本的には従騎士と成り立ての者は、平民も貴族も同程度の能力しか持たないのだ。
だが、カイルとレントンは異端魔道士の施術によって魔道器官が解放され、アリシアによってグランゼス式の騎士鍛錬を受けた状態で入団しているんだ。
「トランサー領の時は隊長だったみたいだけど、今、団長って呼ばれてるのを見るに、サリュートの後任に就いたってことかな?」
「ああ、なるほど。王宮はサリュート殿が大侵災で亡くなったと考えてるって事か……」
俺の言葉に、クロは再び呆れたように肩を竦める。
「……一応、武騎を扱えてるようだけどさ。他に団長にできる人材はいなかったのかねぇ」
入団から二年足らずの団長抜擢となると、明らかに教育の時間が足りてないだろう。
騎士は上に進めば進むほどに、事務仕事が主になっていく。
それを団内で教育を受けていないレントンが熟せているとは思えない。
専門の文官でも用意しているのだろうか。
弱体化著しい現在の王宮騎士の実力を考えると、レントンは単純にその強さだけで抜擢されたようにも思えてしまう。
『――ま、ヤツはオレ達を魔神の眷族として認識していて、すっかり戦う気なんだ』
と、ロイド兄は具合を確かめるように刀槍を一振りし、両手で柄を握って中段に構える。
『アイツが頭っていうなら、抑えればこの地を訪れた理由も吐かせられるだろうさ』
そう<天眼>を通して伝えたロイド兄は、リディアに兵騎隊を下げるように告げる。
レントン騎を取り囲んでいた兵騎隊は、リディアの指示を受けて包囲を解き――
『――それじゃあ、新騎士団長の実力を見せてもらおうか?』
ロイド兄が低い声で唸るように、レントンに告げた。
その漆黒の騎体の表面が、にわかに紫電を帯び始める。
『ラグドール獣属筆頭たる、鬼族秘蔵の化生甲冑――特騎<雷奏童子>、参る!』
瞬間、騎体のその名をそのまま表したかのように、周囲に激しい雷鳴が轟き、ロイド兄の姿が紫電と共に掻き消えた。




