第6話 11
『――答えろ! 悪逆王子アルベルト――ッ!!』
そう叫んで突っ込んで来たのは――
「――武騎だとぉッ!?」
思わず俺は驚愕に呻く。
全高十六メートルほどの戦略人型魔道器。
手足の短い兵騎と違い、それは人の体型をそのままでかくしたような見た目で、純白の外装に音速超過の水蒸気の尾を引きながら、凄まじい勢いでこちらに迫ってくる。
「――兵騎隊、防御態勢!」
ロイド兄の指示に、五騎の兵騎が武騎の進路上に集まって大盾を地面に固定した。
『邪魔を――』
武騎が長剣を握る右腕を振りかぶる。
『――するなぁッ!!』
叫びと共に放たれる横薙ぎの一閃。
『――――ッ!?』
兵騎達の大盾が轟音を立てて砕け、その巨体ごと宙に吹き飛ばされる。
『――いけないっ!』
リディアが切迫した声で叫び、俺達を守る為に結晶結界を多重喚起する。
『おおおおぉぉぉ――――ッ!!』
雄叫びをあげて突進して来た武騎は、しかしリディアの結界をすべて割り砕いたところで停止する。
「――レ、レントン団長っ!」
捕らえていた王宮騎士が叫んだ。
『今、助ける!』
王宮騎士達にそう告げ、武騎は再び長剣を振り上げた。
その瞬間、俺達に<天眼>を通してリディアの指示が伝わってくる。
『――オラァ!!』
ボリスン達、黒狼団の兵騎が武騎の脚に攻撃を仕掛ける。
『――みなさん、退避をっ!』
それに合わせて化生隊は祭祀場までの退避を促され、一斉に後方へと駆け出した。
『ハアアアァァァ――――ッ!!』
吹き飛ばされていた<竜爪>兵騎隊が雄叫びで自らを鼓舞して、黒狼団に続き攻撃を仕掛ける。
「――クッ! 武騎なんてどっから出しやがった!」
少なくとも俺が王城に居た頃には、我が国は武騎を保有していなかった。
俺自身、ババアの教育によってその存在を教えられてはいたが、現物を実際に見たのはこれが初めてだ。
喚起に強大な魔動を要する武騎は、現在の世界には扱える者がほとんどおらず、それゆえにババアは我が国には配備していないのだと語っていた。
なんでも父上は鍛錬の際に試して喚起できたそうなのだが、保って十数分しか合一できなかった為、配備を見送ったのだそうだ。
過去の戦で、アグルス帝国軍が何度か戦線投入してきた事があったと記録が残っていて、その際にはひどい被害を受けたと記されていたのだが、やはり長時間稼働はできなかったらしく、あくまで単騎による局地戦力であり、戦場全体に影響を及ぼすほどではなかったのだと伝えられている。
その記録から分析すると、武騎一騎に対して熟練の王宮騎士が駆る兵騎十騎で拮抗できるようだ。
圧倒的な戦力差にも思えるが、それもそのはず。
そもそもが兵騎の三倍の大きさを持つ武騎だ。
単に剣を振るうだけで、その切っ先は音速を超過して衝撃波を撒き散らす。
記録の中で示されていた我が国の対武騎戦術は、複数の兵騎で取り囲み、武騎騎乗者の魔動限界――合一可能時間を超過させるというものだった。
そういった知識を、俺は<天眼>を通してリディアに伝える。
リディアは即座にそれを反映させて、武騎と対峙している兵騎達に新たに作戦を指示した。
『――クソ! ちょこまかと!!』
八騎の兵騎はリディアの指示通りに武騎を円陣に囲い込み、一撃離脱戦法を繰り返す。
<天眼>によって意識の一部を共有している兵騎達は、打ち合わせも合図もなしで見事に連携攻撃を取っていた。
とはいえ、兵騎隊の攻撃もまた武騎の堅固な外装に阻まれて決定打を入れられずにいる。
むしろ武騎が長剣を振るうたびに巻き起こされる衝撃波によって、徐々に兵騎の外装は破損しつつあった。
「――クロ、あの騎体は出せるか?」
グランゼスで合一したあの騎体――<幻創咆騎>ならば……兵騎から発生した魔物さえ圧倒したあの騎体なら、武騎にも対応できるのではないかと、俺はクロに訊ねる。
「や、あの子を使うと、キミもボクも動けなくなっちゃうだろ?
この後、異端魔道士の相手をしなきゃならない事を考えると、今は使うべきじゃない」
クロは首を振りながらそう応える。
「というか、さっき王宮騎士はあの騎体の騎乗者をレントンと呼んだよね?
それってトランサー領で相棒がぶっ飛ばした、騎士隊長の名前じゃなかった?」
「ああ。そう聞こえたな」
そして、その名はカイルと共にアリシアに鍛えられ、異端魔道士スクォールに魔道器官の封印を解除された者の名前のはずだ。
「兵騎と合一してさえ、変身したキミに叶わなかったやつが、どうして武騎と合一できてるんだ?
いや、そもそもあの武騎はどこから――」
『――あの騎体は邪神教団の<聖騎士>なのだそうです』
と、そこにリディアがそう告げて、あの騎体に関する知識を送ってくる。
邪神教団の前身となった宗教団体――大銀河帝国の騎士や賢者委員会の賢者達が出奔の際に持ち出した騎体や知識を元に生み出されたもので、上級戦闘神官――聖騎士専用騎体なのだというそれは、帝国騎士団上級騎士である十三騎士用の武騎にも匹敵する戦闘力を有しているのだという。
『……きっとマッドサイエンティストの記憶を受け継いだ者から与えられたんじゃないでしょうか』
……なるほど、な。
「それ以外、考えられねえか……」
呻く俺の隣で、クロもまたアゴに手を当てて呻く。
「……帝国騎士決戦騎体であるロジカル・フィギュア・ウェポンの素体を基に、独自の改良を加えてるのか」
『……合一する事によって、<騎士>システムを魂に喚起して、擬似的に騎乗者を戦斗騎に引き上げるようなの』
「あ~、強化騎種――連中はプロフェットとか呼んでたっけ。
本来は量子転換炉で行う演算処理を、合一器に代替させるとかいう……完成させてたのか……」
と、クロのよくわからない呟きに、リディアは平然と応じている。
強大な魔法を喚起できるだけではなく、ババアが賢者と認めるだけの知識をしっかりと扱い切れている証だ。
「……となると、きっと騎乗者も専用の強化措置を受けていると考えた方が良いかな」
『ええ。騎乗者は遺失技術の一つ――妖属の同化能力が付与されていて、騎体の補助動力炉を魔道器官として扱えるように設計されているようです』
「なるほどね。まさしく疑似戦斗騎ってわけだ」
忌々しげな表情で、兵騎隊を相手取る武騎を睨むクロに――
「――おい、頼むから、オレにもわかるように話してくれ」
同じくこの場に残ったロイド兄が渋面で告げた。
リディアとクロの会話が理解できないのは俺もそうだったから、思わず俺も首肯で同意を示す。
そんな俺らにクロは呆れたような顔を向けて、深々とため息。
「バカなキミらにわかるように言うなら、アレは今、アリシア並みの戦力って事!
しかも過去、戦に用いられたアグルスの武騎と違って、時間制限無しで動き続ける可能性がある!」
その言葉に、俺達は腕組みして呻く。
「……なるほど」
「厄介だな……」
だが、ロイド兄はうなずきひとつ、手にしていた刀槍を<小箱>にしまい、クロに顔を向ける。
「こうなると勝負とか言ってらんねえな。
クロ、おまえらが奥の手を温存するなら、ここはオレの使いどころだろ?」
「……そうだね。
ボクら以外であの騎体に対応するなら、キミが一番適任だろうね。
ただ――」
同意を求めるロイド兄に、クロは金色の目を細め――
「――しっかりと使えるようになったんだろうね?
イヤだぜ? これ以上面倒が増えるのはさ」
と、クロはロイド兄を試すような視線と口調で訊ねた。
途端、ロイド兄は俺の肩にその太い左腕を回して来て。
「弟分が気張って成長を見せつけたんだ。
兄貴分としては、負けてらんねえワケよ。
……それにな?」
ロイド兄は俺の肩を抱いたまま苦笑めいた表情を浮かべ、後方の祭祀場の方へと顔を向ける。
「今のオレにはエレーナがいる。かつてのような無様は晒さねえよ」
『ええ。あの時のような事があったら、またわたくしが止めるだけよ』
ロイド兄の言葉に、エレ姉がきっぱりと応えた。
「てなワケで、ここはオレに任せとけ」
ロイド兄は俺の頭を撫で回してそう告げると、俺から身を離して数歩前へ。
兵騎隊と攻防を繰り広げる武騎を見据えつつ、左手を胸の前で握り締めた。
「――我が身に宿れ! <鬼神>招来っ!」
それは今朝も唄った獣属特有の魔法の喚起詞。
ロイド兄の額に赤い水晶質の角が伸び上がり、恵まれた体躯がさらに膨れ上がる。
――俺も今朝知らされた事なのだが。
ロイド兄とマリ姉は人属と獣属の頂点たる鬼族の混血ゆえに、化生の魔法もまた喚起できるのだという。
特にロイド兄は鬼族の特性が、その魔道に色濃く顕れたのだそうだ。
――化生<鬼神>。
それは長く続く鬼族の歴史の中でも、数名しか発現者の居なかった特殊化生らしい。
バキバキと肉と骨を鳴らしてロイド兄の身体が膨れ上がり、三メートル近くまで伸び上がる。
……だが、それでも武騎とは体格差があり過ぎるだろう?
兵騎でさえ、武騎相手では膝程度までしか届かないほどに相手はでかいんだ。
そんな俺の疑問を読み取ったように、クロがニヤリと笑って見せる。
「安心しなよ。ここからがロイドの――主がアイツの為に用意した奥の手さ」
「――ババアが?」
その間にも、ロイド兄は咆哮をあげて。
「――目覚めてもたらせ! <化生甲冑>!!」
ロイド兄の背後に魔芒陣が開き、巨大な漆黒の球体が転送されて来る。
それはぐるりと渦巻いて解け、瞬く間に化生と化したロイド兄の巨体を呑み込んだ。
クロが唄うように、両手を広げてロイド兄に声を向ける。
「さあ、ロイド。キミの成長を見せてもらおうか。
獣属型騎属のその本領!
――妖属の末裔の真価を!」
そんなクロの声に応じるように、ロイド兄はその身を覆う漆黒の中から咆哮した。
――ピシリ、と。
まるで卵が孵るかのように、漆黒が内側から割り砕かれる。




