第6話 7
――その瞬間、アルはまるで舞台に躍り出るように――魔物を包囲した陣の中央へと地を滑って跳びました。
「……緑竜の技を剣で!?」
先程のロイド様同様に戦場を一直線に駆け抜け、魔物を噴き上がらせたアルに、エレーナお姉様が驚愕します。
急制止したアルは、右脚を軸にクルリと回りながら晶剣を握る左手を振るい、左脚を伸ばして身を沈ませます。
瞬間、周囲に剣閃が駆け抜けて、アルの周囲五メートルの魔物が一斉に両断されました。
「――まさか……」
地に伏す体勢のアルに、周囲の魔物は剣閃を警戒してなのか両断された魔物を踏み台に、一斉に宙に跳び上がりました。
まるでそれを待っていたかのように――
『――オォォォ……』
アルは頭上に晶剣を捧げ持つように両手で掲げ、まるで舞うように身を旋回させながら――切っ先を摘んだ左手の先から、黒の晶剣が解き放たれました。
『フッ!』
流れるような――けれどひどく無造作とも見える、右手一本での頭上で大きな弧を描く振り降ろし。
ただそれだけで、アル目掛けて跳び上がった魔物の群れは下から突き上げられたかのように、その鉛色の甲殻を砕かれて宙に吹き飛ばされました。
「……紫竜演舞を実戦で……しかもあの精度で使えるなんて――」
そこからのアルはエレーナお姉様が呟いたように、まさに舞っているかのようでした。
不思議な事に――魔物はまるで誘われるかのように、アルが振るう剣先に進んで身を投げ出しているようにさえ見えます。
『……八竜戦闘術というのはね~、基礎となる動作を徹底的に練り上げたものだから~、他流派と違ってぇ――いわゆる技名みたいなのは無いの~』
と、エレーナお姉様が驚いている理由に疑問を抱いたのを察して、ハクレイ様が教えてくださいます。
『ただ~、戦闘術の元になったとされる四季舞踊直系の八竜には~――古くは竜鎮めや霊脈鎮めにも使われてた、銘付きの演舞があるのよ~。
あの仮面の坊やがしているのは、そのうちのひとつでね~。
――秋舞踊に属する豊穣の舞……』
ハクレイ様はそこで言葉を区切り――まるで示し合わせたようにエレーナお姉様の声に重ねたのです。
「――月下穂群……」
『――月下穂群~!』
エレーナお姉様が息を呑んで、呟くようにその銘を告げたのに対して、ハクレイ様の声はひどく楽しげでした。
『――実りを歓び、自然に感謝を捧げるその舞いは~』
「……敵を実りに見立てて刈り取る、紫竜の奥義とも言える対軍用の型……」
畏怖を示すお姉様と、唄うように続けるハクレイ様が対照的です。
『――お姉ちゃんは帝国宮中祭祀としての月下穂群しか知らないけどね~』
「……動作ひとつひとつが事象改変――魔法動作になっていて、舞手はただただ『刈り取る』という事象に収束されるって、お師匠が……」
『それによって~、霊脈に発生した乱れや歪みをも刈り取って整えるのよ~』
――つまり、と。
とても同じ演舞について語っているように思えなかったお二人の説明でしたが、不意に声を揃えてそう結びます。
「――今のアルくんにとって、魔物達はただ刈り取るだけの存在で……」
『確率事象そのものが味方する事になるから、まさに必殺なのよねぇ~』
<竜爪>が構築した包囲陣の中央で。
黒の晶剣を振るうアルの姿は、たしかに剣舞を踏んでいるようにしか見えません。
その動きひとつひとつに合わせるように、引きつけられるかのように――勝手に魔物がアルの切っ先に身を投げ出しているようにしか見えないのです。
<天眼>によって繋がったアルは、ただただ無心に……無数にある紫竜剣術の動作の中から目の前の状況に合わせて適切なものを選び取り、それを舞いの節として成立させて行くのです。
「……すごい……すごいわ。アルくん……」
エレーナお姉様が口元を押さえて、涙を滲ませました。
あの舞いがどれほど魔道的に、埒外の領域にあるのか――理解できているのは、きっとわたし達だけでしょう。
だからこそ、エレーナお姉様はその域に辿り着いたアルを、心から称賛しているのです。
『本当にね~。おセイちゃんが最高傑作って言うわけだわ~。
……あそこまで事象確定率が高いと、局地規模の未来予知じゃない~』
アルは目の前の状況に合わせて動作を選択して舞っていると考えているのでしょうが、ハクレイ様の見解通りなら、アルが選んだ動作に合わせて直近の未来がより舞手に都合の良いものに書き換えられているのです。
ロイド様のような豪快さも、クロちゃんのような派手派手しさもない。
ただただ実直で――だからこそ一振り一振りに、積み重ねられた鍛錬の重さがはっきりと伝わってくる……そんな真っ直ぐな剣舞でした。
――やがて……
『――我は世を整え、癒やす為の音なり……』
中段奥構えに晶剣を携え、アルは唄います。
その唄を喜ぶように、周囲の精霊が純白に発光し――
『ハァ――――ッ!!」
雄叫びと共に横薙ぎの一閃が、アルの周囲に純白の円弧を描きました。
精霊達はアルの舞いに込められた意味に具現して、魔物に襲いかかったのです。
つまりは――円弧に触れた魔物すべてが、この瞬間……たったひと凪で刈り取られたのです。
おびただしい魔物の遺骸と、その中央で下段に構えて残心するアルに、<竜爪>やボリスンさん達だけではなく、ロイド様もクロちゃんでさえもが驚きに声を出せませんでした。
そんな中、アルは残心を解くと、晶剣を頭上に捧げ持って跪きます。
『――ここに世界は整えられた……』
儀式として演舞の終了をアルが静かに世界に告げると――まるでその言葉が事実である事を示すかのように純白の精霊が、魔物の遺骸から流れ出て土地を穢す黒い粘液を浄化していきました。
それからアルは剣を鞘に戻すと、両膝に手を突いて大きく吐息しました。
『――っはぁッ! どうだ見たかっ!? 俺だってな、それなりにできるだろう!?』
と、クロちゃんやロイド様に勝ち誇って見せるアルに――
『……ねえ、リディアちゃん。
あの子、あれだけの事しでかしておいてぇ、あの自己評価の低さはなんなの~?』
ハクレイ様が呆れたように呟きましたが、わたしの記憶を読み取ったのでしょう。
『ああ、なるほどね~。周囲が優秀すぎるがゆえの劣等感と、それによって植え付けられた無力無才という思い込み……結果、あの身体を得た事で、それまで積み重ねた常軌を逸した練磨が見事に開花したから~、まだあの子自身が実感できてないのね~?
……はぁ~、ほんと、すごいわねぇ……』
納得の言葉の中に込められたハクレイ様のアルに対する称賛に、わたしまで嬉しくなってしまいます。
<竜爪>が勝鬨の声をあげました。
クロちゃんやロイド様もまた、口々にアルを褒めて駆け寄ったのです。
目下の障害となっていた魔物の群れは対処できました。
「みなさん。それでは一度、小休憩を取って――」
わたしがそう指示を出そうとした、その時でした。
ホロウィンドウの中で、王宮騎士を示した赤点が不意にそれまでの遅々とした歩みから、打って変わって速度を上げ、一直線にアル達のいる戦域を目指し始めたのです。
「……担いでる王と一緒で、空気の読めない……」
エレーナお姉様が吐き捨てました。
「――ごめんなさい。王宮騎士が接近中です!」
わたしがみなさんにそう告げると、みなさんから明らかに騎士達に対する不満が伝わってきました。
『――ま、まあ、とはいえ、だ。
相手は魔物と違って会話ができる相手なんだ。
どれ、ここはひとつオレが元第二騎士団団長として、なによりこの地の領主として出迎えてやろうじゃねえか!』
ロイド様はそう仰って、騎士達がやってくるであろう方向に向かって仁王立ちで待ち構えたのです。




