第6話 4
視界すべてを濃紫に染め上げた閃光が晴れて――
「――な……」
俺達は絶句した。
目の前に広がっていた樹海が消失し、御神体があるという大樹まで一直線の道ができていたんだ。
アリシアに観せられた記憶の中で、イリーナ叔母上が似たような事をしていたが――ババアのそれは横幅だけでも三十メートルほどあり、ここからでも大樹が見える事から十キロ近い距離を貫いた事になる。
「……おいおいおい……」
ロイド兄は顔を引きつらせ。
「こ、これがお師匠の攻性魔法……」
エレ姉もまた、驚きを隠せないようだ。
「……そう。フリート級戦艦サキガケの主砲動力元である奏唱炉――将竜級<竜核>を演算炉の補助なしで全力稼働させるなんてでたらめができるのは、この世界では主くらいだよ」
と、クロが薄い胸を張って、偉そうに俺達に告げる。
「よくわからんが……」
俺自身にはそれほど驚きはなかった。
叔母上が同じ事をやっていた以上、ババアならその規模をより大きくしたものができたとしても、なんら不思議ではないからな。
「――よくわからんって! 竜核を全力稼働させようと思ったら、演算炉の出力三割が占有されるんだぜ!? それをよくわからんって!」
などと興奮気味に俺に詰め寄ってくる、クロの顔を手で押し退け――
「こんな事できるなら、フォルス大樹海の開拓に使えたんじゃないのか?」
俺はババアに訊ねる。
ババアは杖に寄りかかりながら、汗だくの顔に皮肉げな笑みを浮かべて。
「フン、バカだね。
そうやってあたしが土地を切り拓いてやったとして、この広大な土地を誰が維持・管理するんだい」
「あ……そっか……」
バートニー村でのババアが、当たり前のように開発に協力的だから忘れがちだが、そもそもババアは隠者だ。
歴史の端々で国内をうろつき回って、様々な伝説や逸話を残してはいるが、それらの多くは基本的には人々に力を貸す形で事件を解決に導いている。
それは恐らくババアにとっては、人の――人類の成長に手を貸しているという感覚なのだろう。
仮にババアが今の魔法を連打してフォルス大樹海を消し去ったとしても、ババアが言ったようにこの地を治める人足は、とてもじゃないが用意できない。
いや、家の継承権のない貴族家の子供を強引に陞爵して、彼ら彼女らに土地を分け与える事はできるだろう。
だが、更地となった土地を与えられたところで開拓経験のない者には、とてもじゃないが維持、管理などできないだろう。
結局はいまラグドール伯爵家がそうしているように、民に開拓を推奨して経験を積ませ、その功績をもって土地を与えるのが遠回りに見えても、一番の近道という事か。
「なによりね……」
と、ババアは顔に垂れた髪を掻き上げて、それから自らが作り上げた破壊の痕を指差す。
いつの間にか……一直線の道の向こうに、黒い霧が立ち込め始めていた。
「……この地は、アレを封じ込める意味合いもあるんだ。
そうそう消せやしないのさ……」
黒霧の向こうで無数にギラつく、深紅の光。
俺はグランゼス領でイヤになるほど見せつけられた。
「――魔物!?」
「ああ、そうさ。道を作ると同時に敵の足止めまでできる、良い手だろう?」
「――っけんな、ババア! あれはどう見ても……」
ロイド兄が髪を掻きむしって叫んだ。
「そうだね。いまの咆撃で連中は、あたしを主目標に定めたはずさ。
さあ、野郎ども、戦だよ! さっさと準備おし!」
ババアは事もなさげにそう告げると、祠から飛び降りて<制御盤>に身を預ける。
「――あーっ、クソっ! このクソババアっ!!
化生武装を解禁するってのは、これを見越してか!」
ロイド兄はそんなババアを毒づいて、<竜爪>を見回す。
「――兵騎隊、騎乗! 前進して防衛戦を構築しろ!
獣属隊は化生を開始!」
その指示に、<竜爪>騎士団は敬礼して素早く動き始める。
五騎の兵騎が喚び出され、即座に騎士が騎乗していく。
「――黒狼団も騎乗して前進!
おまえ達は初の対魔物戦闘だ。無理に前に出ず、<竜爪>騎の補助に専念しろ!」
と、俺もまたボリスン達に指示を飛ばした。
「――へいっ!」
そうして横隊陣形で進発した<竜爪>兵騎隊に、黒狼団の三騎が続く。
その間にも、残った<竜爪>の獣属達は――
「――我が身に宿れ!」
獣属特有の魔法を喚起する前置詞を、声を揃えて唄いあげる。
「――<祖霊>招来!」
途端、獣属達の身体が膨れ上がり、その肌を獣毛が覆い尽くしていく。
化生――その身に宿した獣の因子を活性化させて、より強力な肉体性能を得るという現代魔道学では身体強化の上位版と定義づけられている、獣属独自の魔法だ。
二足歩行する獣となった彼らは、さらに喚起詞を紡ぐ。
「目覚めてもたらせ。<化生鎧>!」
その唄に応じ、彼らが揃ってはめていた漆黒の首輪が喚起され、まるで粘液のようにドロリと溶けて、その身体を覆っていき――粘液はすぐに硬質化して、俺の戦闘形態の表皮のようになった。
俺の戦闘形態との違いは、彼らの四肢を覆う甲殻には凶悪な輝きを放つ鉤爪が生えている事だろうか。
「――よぉし、行け行け行けっ!
いつもと違って見通しが利く有利な戦場だ! ヘマするじゃねえぞ!」
戦闘態勢を整えた獣属達に、ロイド兄が指示を重ねる。
「――はっ!」
獣属達はロイド兄に敬礼すると、即座に水蒸気の輪を咲かせて駆け出した。
轟音が響き、暴風が吹き荒れる。
<竜牙>の騎士達に勝るとも劣らない疾走だ。
やはり<竜>の名を関する辺境騎士団だな。
若手はともかく、熟練の者達の練度は目を見張るものがある。
「さあ、それじゃアル……」
と、<竜爪>を送り出したロイド兄が俺に声をかけてくる。
その顔に浮かぶ、犬歯を剥き出しにした獰猛な笑みを見て、俺はロイド兄がなにを言いたいのかわかってしまい、思わず苦笑する。
「……あ~、今朝の勝負のやり直し、か?」
まあ、たしかにババアに途中で止められて不完全燃焼だったしな。
「――バカども。本来の目的を忘れんじゃないよ」
ババアの言葉に、俺達はそろってうなずいた。
またあのワケのわからん、でかい拳骨を食らってはたまらないからな。
「魔物の群れを切り抜けて、御神体に先に辿り着いた方が勝ちって事にするか」
「わかった」
ロイド兄の提案に、俺はうなずきで応える。
「――相棒、コレ!」
と、クロが俺に長剣を放ってくる。
受け取って鞘から抜いてみると、黒水晶質でやや反りの入った美しい片刃が姿を現す。
グランゼス領でクロが俺の騎体用に幻創した長剣を、そのまま人の大きさまで縮めたものだ。
「さすがに魔物相手に無手はキツイだろ? 感謝しなよ?」
胸を反らして自慢げに告げるクロ。
「ああ、助かる」
俺は刃を鞘に戻してそう応え――
「じゃあ、行くか!」
槍の石突きで石舞台を鳴らすロイド兄にうなずく。
「――主じゃないけど、ボクもちょっとキミらに、格の違いってのを見せつけてやろうじゃないか!」
クロもまた拳を鳴らし、俺達に挑発的な笑みを浮かべた。
「――指揮と誘導は任せてください!」
胸の前で拳を握り締めて告げるリディアにうなずきで応える。
「だから、アル……」
さらに一歩進み出て言葉を重ねるリディアにエレ姉が並んで。
「ロイド様もどうぞ無茶はなさらず――」
と、ロイド兄に視線を向ける。
そして、ふたり揃って俺達に告げた。
「――ご武運を!」
その声に俺達は獲物を捧げ持ち、笑みを返した。
「ああ、任せておけ!」
無事を祈る彼女達にそう応え――俺達は一歩目から全力で駆け出す!




