41 絶望の耐久戦
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「さて、と」
魔闘を迸らせながら全速で駆けていくアンナとグレイスを見送り、俺はクラマに向き直った。
「悪いな、クラマ。貧乏くじ引かせた」
クラマの悲痛な表情。
本当に、悪いことをした。
「旦那様、酷い性格してるわ。昔は飼われてた冒険者に犠牲されたけど、今度は仕える旦那様の死にゆくを停められん、なんて皮肉な運命やで」
「……すまないな」
少しだけ。
揶揄う調子が戻ったのは、覚悟が決まったからか。
「別に死ぬつもりはないさ」
「ウチかて死なせるつもりはないよ。ポンコツメイドはんに面目立たんからなぁ」
なんて、前向きになれたのならば、目の前の話しをしよう。
決死の覚悟を無駄としない配慮は、流石元冒険者の従魔だったクラマか。
それ込みでこの絶望の逃亡劇の相棒に選んだまであるしな。
「聞かせてや、旦那様。この状況、あの質量に勝つ為の道筋を」
俺たちは再び駆け出した。
話しは移動しながらでも、できる。
それに条件の合う場所は出口に近ければ近いほど、いい。
一つ目の条件は、これからの戦いの勝利条件に言及される。
「俺たちは遅らせて逃げ切る、のが目的だ。だから積極的には戦わず、大群を足止め、誘導する」
二つ目の条件は、アンナとグレイスにかかっている。
「もう一つは援軍だな。⸻だから出口に近いほどいい。しかしまぁ、骨共がヘイルニルに氾濫しても負けだな。その匙加減が醍醐味だ」
その条件を満たすのはまずは隘路。
広く伸びた包囲は死活。防衛戦は狭い程いい。
「他には?」
と、作戦が具体的になったことで光明を見出したのか、クラマが積極的に聞いてくれる。
まだ、諦めてはいない。
「地形を活かせる場所。街の残骸や天井がある場所は崩落を誘発すれば、数も減らせるし、時間も稼げる」
加えて大きな音はSOSの合図にもなるだろう。
広いダンジョン内で、骨が犇く中俺たちだけを救うのにも、工夫が必要になるしな。
「ならこっちや、ついておいで旦那様」
俺は魔導弓『綾』を引き絞りつつ、クラマに続いた。
適当に放った矢ですら、大軍に吸い込まれて複数体を巻き込んで破壊した。
連れてこられたのは、旧ヘイルニル街のはずれにあった大きな崩れた倉庫⸻大群と出口を挟む位置にある⸻だった。
好都合だし、条件もいい。
ここなら援軍も見込めるし、敵の進行方向も一方。
「理想的だ、流石はクラマだな」
「褒めるのは生き残ってからにしてや」
その為にも出来うる限りの準備を。
背嚢をひっくり返してありったけの物資を吟味する。
ロープ、聖水、ピッケル、マナポーション。
光草の種は先程使用し、帰り道の目印にも使ったから少ないか。
ランタンとその油。
これは使えるな。
アンデット系には炎が有効だ。
「どうするおつもりや?」
胸ポケットには魔草煙草。
体内の魔素の巡りを良くしてくれる代物だ。
これがなくては、な。
「呑気に煙草なんか吸うて。旦那様状況わかってるか?」
だからこそ、だよクラマ。
煙が充足することで肺の奥から熱が四肢に漲る。
⸻やるか。
俺は土の魔素を展開する。
石畳が隆起し、“窪みと壁”が生成される。
クラマはそれを不思議そうな眼で見ていた。
「悪いがクラマ。壁に憑依して弱くなっている所を教えてくれるか?」
意図は計りかねている表情、だが従ってくれるのはプロとしての矜恃か。
クラマの身体がすぅっと薄なったかと思えば傍の壁に吸い込まれるようにして消えた。
それを見送ると、壁と窪み、をどんどん大きくするために魔素を込め続ける。
要は塀と壕だな。
眩暈がして、こめかみの奥がガンガンと痛む。
魔素酔いの症状が早くも出ているな。
マナポーションを飲み下して強制ブースト。
過剰摂取は依存の可能性を高めるが、知ったこっちゃねぇ。
死ぬよりましだ。
「旦那様!あったで!ここや!」
そこなら⸻よし。
上手くいけば、随分数が減らせそうだ。
出来た窪みに片道で採取した魔石を敷き詰める。
それをピッケルで砕き、粉々にしていく。
「旦那様、そろそろくるで」
なんて、クラマの危険を知らせる声。
あと少し、ほんの少し時間が欲しいが⸻
「クラマ、少しでもいい。大群を遅らせられるか?」
「任せとき」
するとクラマの周りに紫紺の魔素が漂った。
花弁の様に狐の尾が一本、二本と増えていき、カッと目を見開く。
いける。
花粉が舞うように紫紺が広がり、倉庫内に散布されていく。
俺は加えて水と風の魔素を展開。
複合魔法『雨』だ。
まだ彼方に見える骨の大群が、僅かに足を鈍らせた。
陰の魔素幻惑⸻確か魔素認識を阻害するんだったな。
視界に頼らないアンデットには最適だ。
「クラマ!ありがとう!」
よし、これで最終工程に入れる。
砕き切った魔石に引っかかる様にロープを伸ばし、それに油をぶっ掛ける。
残った油も使い切っていい。
土の魔素で作った壁にも油を塗していく。
最後に『雨』で満ちた湿気を、水の魔素をコントロールして取り除いていく。
そこで一旦作業を止めて一服。
煙草のお供がマナポーションなんて、色気はないがな。
無性にアンナの入れてくれたコーヒーが、飲みたくなった。
「クラマ、できたぞ。あっちの様子はどうだ?」
「かっちゃかっちゃ鳴らして歩みは停められんわ。もう少しで射程や」
よし、であれば。
「少し、引く。巻き込まれれば、俺も危ない」
「巻き込まれるて……何する気や旦那様」
◇◇◇
クラマの展開した陰の魔素が切れたのか。
骨の大群が再び行進を再開した。
カチャ、カチャ、カチャ。
歩みを進める度になる骨の擦れる音は闇のオーケストラ。
さながら俺たちを死に招く鎮魂歌か。
むざむざ簡単に死んでやるつもりもない。
死ぬのはてめぇらだ、クソが!
先頭の一匹がが俺の作った壕に足を踏み入れた。
⸻まだだ、まだ早い。
逸る気持ちを抑え込み、ベストのタイミングを測ること、数巡。
今だ!
俺は咥えていた煙草を投げ捨てた。
落ちる場所には油が塗れたロープの⸻束。
火勢が縄に移り火線が壕へと走る。
その導火線が半端までいった瞬間、俺は風の魔素を込める。
粉々になった魔石が風に煽られて舞う。
キラキラと光に反応するそれは、魔素を含む魔石の粉である。
そこに火という指向性が加われば⸻
最初は細かな火花だ。
パチパチと薪が爆ぜるような小さな爆発が続き、それが舞う魔石に連鎖し徐々に大きくなっていく!
「くらいやがれぇ!」
ドン!ドォン!ドゴォン!という連続した爆発音!
魔石の粉がさらに魔素を呼び込んで連鎖した。
衝撃風で体勢を崩す。大地が揺れ、立っていることすらままならない。
粉塵爆発。
人様の知恵なめんな骸骨共が!
連鎖は止まらない。
爆発の衝撃で半端崩れた壁が徐々に狭くなる空間をさらに狭め、隘路としてのその性質を強める。
衝撃は壁を伝わり、天井に亀裂が入る。
絶妙なバランスで支えられていたそれは、一点の支えを失っただけで自由落下を始め⸻
大群の中央、骨の密集地帯に瓦礫が突き刺さった。
「凄まじいな、旦那様は……」
破裂で耳がキーンと鳴るところに、そんなクラマの声が重なった。
「クラマ、それでも骨共は隙間から這い出てくるぞ。ここからは持久戦だ、頼むぞ」
弓をつがえ瓦礫の隙間から顔を覗かせる髑髏に一矢。
魔導矢の勢いに骸骨が爆ぜた。
ここからが天王山。
条件は作った。
あとはアドリブだクソが!
隘路がいい仕事をしている。
隙間から漏れ出る骨は、その狭さに数の暴力が逆に枷になった。
抜け出てきたところを魔導弓でスナイプ。
近づくことさえ許すはずはない。
それでも数を頼って奥から奥からはみ出してくると、クラマが魔導弓『綾』に憑依した。
憑依バフによる強化魔導矢⸻が列を成して殺到するボーンソルジャーを丸ごと粉砕した。
「いい仕事だ、クラマ」
ふっと、眩暈。
憑依矢は魔素消費が強い。
多用はできないか。
迫る大群に、緻密な魔素リソース管理。
知性と暴力だけが結末の知る、絶望の耐久戦が、始まった。
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