40 異変
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問題は、“現代のヘイルニルに生きる人々”が、この事に気づいているか、だ。
文明が滅んだ跡地に出来た新たな街、というだけなのか。
それとも、街が出来たから滅んだのか。
魔王城のこともそうだ。
あそこは『魔鉱』の中層の底で繋がっていた。
朽ち果てたとはいえなお壮観さを損なわず、詫びた佇まいを残す魔の国の残穢を、俺は美しいとさえ思った。
あそこはまだ、ダンジョン化していなかった。
時間の問題なのか。
そもそも街がダンジョン化する、というのが荒唐無稽の妄想に過ぎないのか。
「判断するには情報が足りないが……クラマ、俺はお前を信じる」
「旦那様……」
アンナがそっと、俺の袖を握った。
魔王城だって、元を辿れば俺とアンナが初めて出会った場所だ。
「アンナ、何か知っていることはあるか?」
「……いえ、残念ながら……私は封印によって魔王城に縛られておりましたし、そこがダンジョンと通じていると知ったのは、ご主人様が転生した余波で封印が弱まってからでございます」
悲しそうな顔だ。
それもそうか。
アンナにとっては朽ちたとはいえ、故郷だ。
可能性の話にはなるが、それでも、その故郷がダンジョンに呑まれるかもしれないなどと。
……いつ、とは言えないが。
「魔王城に再び、行く理由ができたな」
確かめなければならない。
この眼で見て、感触をなぞり、感傷は全て洗い流さないといけない。
アンナに好きと伝えてしまった。
その責任において、アンナの問題は俺のものである。
「お供いたします。ご主人様」
アンナのお手本の様なカーテシー。
続き、クラマは自らの唇を撫でて投げキッスをこちらへ。
グレイスは、引くく鳴いた。
よし。
「戻ろう。ガルドさんやレンさんの意見も聞きたい」
◇◇◇
その場から立ち去ろうと光草を除去しようとした時だった。
僅かに風でそれが揺れた、かと思えば白い花弁の端から黒ずみ一瞬で枯れていく。
まだ、聖水の効果はあったはずだ。
辺りの魔素を吸って育つ光草が枯れるなど。
余程どす黒い魔素に晒されなければこうはならない。
遺跡が悪意を持って意識の内へと這い寄る。
その生々しさと、滑る様に恐怖を煽る性質が忌々しい。
「旦那様」
クラマは短く俺を促した。
過去の経験から「危険」と察知しているのだろう。
同感だ。
「グレイス、嗅覚はどうだ?」
スンスンと辺りを嗅ぐが、すぐさま項垂れたように頭を垂れるグレイス。
未だ嗅覚は戻らず、か。
「クラマに頼る事になる。行けるか?」
「行くしかないんやろ?やるだけやってみるわぁ」
俺だって見ているだけではない。
マナポーションを飲み下し、青い魔素に聖の魔素を混じらせ展開させる。
瞬く輝きを携えた霧が辺りに立ち込め、禍々しく渦巻く魔素を中和していく聖霧。
視界はこの際、頼らない。
霧で目の前が遮られるなか、クラマの魔素探知一点突破だ。
しばらく歩くと後方から悲鳴と共に冒険者パーティが駆けてくる!
血相を変えて走りもがく様はまるで何かから逃げる様。
今さっき恐ろしいものをみた、という表情が汗や血色になって現れていた。
「落ち着いて下さい!どうしたんです!?」
やっと人に会えた、と安堵した表情と、それでも恐怖を拭いきれない、といった相反する感情が冒険者を混乱させているようだ。
ヒューッヒューッと呼吸音がおかしい。
死に物狂いで逃げてきたに違いない。
すぐさま俺は水筒を取り出し、加えてそこに満たした水にポーションを一滴垂らして渡す。
口から溢れるのも厭わず一気に飲み下す男たち。
「落ち着きましたか?何があったんです?」
「お、俺たちゃあ、いつものように魔石を掘っていたんだよぉ」
「それがこいつがガメつく掘るもんだから、魔素がどんどん満ちてきて!」
「おいっ!俺のせいかよ!お前だって夢中だったじゃねぇか!」
ガルドさんが言っていた、がめつく魔石を掘る冒険者達か?
「落ち着いて、順に話して下さい。主観はいりません」
多少、強めに。
混乱しているのもあるのだろうが、ここで争われてもらちがあかん。
死の気配が背中まで迫ってきている感覚がある。
時間が惜しい。
「三つ目の鉱脈で魔石を掘っていたんだ。そしたらシューとかビューとか音に聞こえるほど風穴が空いてよぅ!」
「そこから魔素が吹き出して来たんだ!」
「そしたら……やつら、急に現れやがって……」
カタカタッ!カタカタッ!という空洞が鳴る音!
「ひぃ!来たぁ!」
「お、おい!置いていくな!」
ドンっと突き飛ばされる形で尻餅をつくも、俺はすでにその冒険者を見ていない。
視線はその奥⸻奇妙な空洞音が鳴り響く先。
「クラマ!」
「アンデット!……最悪、や。ボーンソルジャーの……大群……」
音の正体は髑髏が揺れて骨が擦れる音。
かっちゃかっちゃと骨を鳴らして、大群の骨戦士が群をなす姿を捉えた。
数が多すぎる!
先に展開していた聖霧に引っ掛かる形でその進軍を遅らせてはいるが。
肉眼で確認できる距離に、その数は奥行きが測れない程。
「スタンピートか!」
ダンジョンはその魔石の産出量が生産量を上回った時に、過剰な反応を見せることがあるという。
魔素が濃くなったり、魔物の数が増えるのが堰の山だったはずだが。
ガルドさんが言っていた、『魔鉱』の閉鎖で『遺跡』での乱獲が重なった為なのか。
見渡す限りの骨、骨、骨。
中にはゾンビやボーンソーサラーの姿もある。
骨たちは、統率もなく群れているはずなのに──
まるで“何かに押し出されるように”こちらへ流れてくる。
「下がるぞ!」
俺は瞬時に判断を下す。
既に臨戦体勢を取っていたアンナとグレイスがハッとした表情を返す。
冷静になれ!
「俺たち単体でなんの工夫もなしにあの数は無謀だ」
「ですが!ご主人様!」
「グルぅ」
「ウチは旦那様に賛成や。現実的やない。メイドはんは数が測れんからそないな無茶を考えるんや」
いつもの揶揄う調子はなく、無表情でクラマはそう言った。
かすかに声が震えている。
「クラマの言う通りだ⸻幸い、進軍速度は早くない。クラマは逃げる前方の索敵を頼む。アンナは道を切り開いてくれ。グレイスは殿だ。無茶は許さない。必ずついて来い」
一息に指示を出すと、俺たちは駆け出した。
しかし策を考えなくては⸻骨人達の足音は止むことはない。
振り返らなくてもわかる。
──あれは、追ってきている数じゃない。
“湧いている”数だ。
「っ!ご主人様の道を切り拓きます!クラマ、案内しなさい」
「ポンコツメイドはんとタッグやなんてなぁ」
軽口が言えるだけ、マシな方だ。
頼りにしてるぞお前達。
◇◇◇
判断を迫られている。
距離はあいたが、以前骨の大群は止まることを知らない。
その歩を進めるのは見た目だけではない。
ガラガラと街を引き倒し、足音だけで地響きが鳴るほどの大質量の行進。
選択は二つ。どちらも地獄行き。
一つはここで食い止める。
⸻あの数を!?バカな!?と俺の冷静な部分が反論する
しかしやらなければ、ヘイルニルの街に骨が蹂躙することになるだろう。
もう一つは⸻
「パーティを別ける」
走りながら、それぞれが俺に耳を傾けている。
その見えない信頼の線が、今は誇らしい。
「……正気か?旦那様」
俺は至って正気だ。
そしてそれが一番勝率が高いとも思ってさえいる。
「内訳はこうだ。アンナとグレイス。クロマが持つ機動力の最大最速で逃げ切り脱出を計る。目的は援軍」
アンナが振り返り眼に非難の色を灯す。
その悲しげな眼を、俺は直視することができない。
「俺とクラマが残る。目的は逃げながら進軍を遅らせること」
然るのちにアンナとグレイスの呼んできた援軍と合流して、反撃に転ずる。
俺の魔素適切“混ざる黒”⸻全適性かつ複数運用が得意⸻と、クラマのその幻惑がもたらす阻害能力があってこそだ。
適材適所、だとは、本気で思う。
アンナは納得しないだろうが。
「ご主人様!その命は聞けません!聞きません!」
まぁ、そうくるだろうな。
「旦那様、ウチかてごめんや」
その言葉にも非難の色がある。
大半がボーンソルジャー、つまり物理偏重の大群とわかっているのだろう。
クラマはゴースト、物理無効。
その場合死ぬのは俺だけ、というわけだ。
「グルぅ」
グレイスだけが、諦観にも似た思念を送ってきた。
俺がそうと決めたら、それが一番可能性が高いと、経験から知ってのことか。
グレイスとが一番付き合いが長いもんな。
「なに、別に死ににいく訳じゃあない。時間を稼げばケツまくって逃げる」
何の説得力も、ない。
日頃リスクを刈り取り慎重すぎるのが長所の俺が、自殺にいくようなもんだ。
でも、納得してもらう。
これしか、ない。
「いけぇ!」
と、命令を下すと同時にアンナは唇を噛み締めた。
従魔契約は本人の意思に限らず、命令が優先される。
その事が、今ほど便利に感じたことはない。
これからもないことを祈る。




