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39 虚構

39



その門を潜るとぐにゃりと内臓を握り潰すような内圧があり、視界が一瞬暗くなる。

体調が悪いのではない。

まるで“何か”が干渉したように、テレビのチャンネルが変わったように視界が入れ替わるのだ。


眼下に広がる朽ちた街に変わった。

ここが⸻『遺跡』


その街を過ぎた年月は随分と長いものだと見受けられる。

崩れた外壁、道は石畳は所々が剥げて、雑草がびっしりと生い茂っている。


『魔鉱』と違い明るい⸻まるでダンジョンの外壁がそのまま発光しているような。

所々に街灯が立っているのが確認できる。

そのほとんどは斜めに立っていたり、崩れたりしているが。

何本かに一本は淡い光を放ってさえいる。


「この街は……まだ生きてるんか?」


ダンジョン内に崩れた街⸻それだけで違和感がすごいのに、さらに“それが未だ機能している”違和感。

クラマが誰にともなく呟いた。


「これは……いや、そんなはずは……」


昨日話していた、不穏な発言に類するものか。

その答えを聞くのは、もう少し探索を続けたあとか。


次の目標はここで安定した稼ぎを得ること。

魔鉱と比べてここで得られる魔石の質、量ともに凌駕する。

その分危険も跳ね上がるわけだが。


「クラマ、グレイス、索敵はどうだ?」


クラマが俺の言葉を受けてハッと意識を戻すような表情をした。

なんだ?なにかに気を取られていたのか。


「どうした?」


「いや……まだ……確信を持てん。後で、まとめて言うわ」


……?

いつもの揶揄う様な調子はない。

それだけ警戒を示している、ということであればいいが

、そうであるという確証もないか。


「じゃあまずはグレイス、頼むな」


「ワォン!」


快活なグレイスの返事一つで、パーティ内の空気は一段和らいだ。

そうだな、俺がことさら暗くなる必要もないよな。


いくぞ。


◇◇◇


グレイスの斥候は冴えている。

接敵……も、上層ということもあってか頭数は少ない。


俺の魔導弓の先制とアンナの一振りで大体方は済んでいる。


それよりも罠の数が尋常じゃない。

感覚的には百メートル毎に何かしらの罠⸻毒霧や飛矢、酷いものでは落石など⸻がある。

霊体であるクラマが半分めり込む形で壁内や地面を透過してくれているから、被害は出ていないが……


これクラマがいないパーティはどうやって回避してるんだ?

悪意がありすぎるだろう。


「まるで冒険者を拒むよう、にも感じますわね」


アンナの言はもっともである。

俺も同意を示す為に大きく頷くと、紅髪のメイドは顔を綻ばせた。


「気をつけていこう」

「はい、ご主人様」


それだけの確認でも、なぜか通じ合うものを感じるのは勘違いではない、と思う。

クラマが不機嫌そうに紫紺の魔素を展開した。


「クラマ、どうだ?」


「ちょいまち」


無機物にも取り憑く事ができる、ということは、その構造自体をも把握できる、ということになる。

元冒険者の従魔としての豊富な経験も加わり、このクラマの罠外しになっている。


「いけるで、通ってよし」


今回は加重がトリガーになる物だったらしい。

が、俺が床の一部を踏み抜くとガコンっ、と音がするだけで何も起こらなかった。


「流石だ、クラマ」


地味だが何度もパーティを救っていることになる。

俺はその功績を蔑ろにするつもりはない。


「朝飯前や。ほら、次いくで旦那様」


クラマは、やや急いでいる様な印象を受ける。

まるで、もっと奥に自分が知りたいものが⸻確信できるものがあるとでもいう様な。


徐々に魔素も濃くなる。

奥に行くにつれて、というよりも街の残骸の中心に近づくにつれ、という感じだ。


ほどほどに崩れていたものが、本格的な倒壊になる街並み。

鼻腔を指すような、据えたような臭い。

何かが腐り果てた跡に薬品をぶちまけたような腐臭。


グレイスが顔を顰めるのも仕方ないか。

鼻での探知はしばらく望めないだろう。

とすれば、クラマの負担が増えるが……。


「下や!」


クラマの言葉に合わせてか、石畳を突き破り地面がボコボコと隆起した。

土の魔素は感じない⸻なら。


「アンデットか!」


煙草を吸引、煙が肺に溜まると同時に魔素が拡充する。

吐く息とタイミングを合わせて聖の魔素を振り撒く。


半端に地面に埋まったまま硬直するゾンビに、紅が殺到した。


「その汚い顔をご主人様に見せるなっ!!」


アンナが振るった魔王城製の赤黒い大斧が流線を描く。

ぐしゃ⸻頭部がバラバラに崩れる音。


「……随分と接近を許したな」


魔素が濃くなってきている為か、クラマの魔素探知の範囲も狭まってきているな。

グレイスの索敵が見込めない今、頼りはクラマ一人だと言うのに。


ミスらしいミスではない。

しかし、暗中に片足を突っ込んだ様なえもいえぬ不安が胸内に広がる⸻



◇◇◇


「これは⸻」


アンデットとの接敵から程なく歩いた所に、古びた教会があった。

木造建築は半ば倒壊しているが、その中の聖母像は未だに起立している。


そこだけ、籠る魔素に聖属性が混じっている。


クラマが絶句する。

きっと、さっき言っていた“確信”に至ったのだろう。


「少し、小休止しよう」


俺は背嚢から光草の種を取り出し辺りに撒いた。

その上から丁寧に聖水を垂らし、上から水の魔素を展開させる。


「ご主人様?」

「まぁ……みてろ」


光草の種は魔素で育ち、聖水がかかると聖属性の光りを放つ。

簡易的な結界の完成だ。


「素晴らしいです。ここでなら休めますね」


とアンナは巨大な背嚢を下ろし携帯食を取り出した。

グレイスが嬉しそうに駆け寄ってくるのが視界の端に映る。


「クラマ、言いたくなかったらいい。何か気づいたんだな?」


数巡、クラマの言い淀むような表情。

俯く顔に美しい黒髪がかかり、頭部の狐耳がピクピクと動いている。


ややあって、クラマはやっと顔を上げた。

「旦那様、落ち着いて聞いて欲しい」とクラマにしては珍しく、前置きをおいて話し始める。


「たぶんやけど、ウチはここを知ってる」


知ってる?

『魔鉱』で幾星霜の間幽霊として彷徨っていた、クラマが?


「違和感は昨日入り口を見た時からあった。その時から、この遺跡の魔素が似過ぎている、と思っとった」


似ている⸻という言葉には対象があるはずだ。

それは。


「ウチが死んでゴーストになる前、生前住んどった街の光景に」


俺だけでなく、アンナですら息をのむ音が響いた。

光草の弱々しい灯りが、随分と頼りない。


「ここに入って、それでこの教会を見て、ウチは確信したよ。ここはウチが知っとるヘイルニルの街、や」


聞きたくなかった。

その可能性に至ってなお、俺は否定したかった。

過去の⸻魔装都市ヘイルニル。


「ここがクラマの生きたヘイルニルってんなら、今俺たちが住んでいるヘイルニルはなんだってんだ」


クラマは俺の言葉にキッと睨みを効かす。

……少し、口調が荒かったか。


「悪かった」


「いや、旦那様の疑問も最もや。でも信じて欲しい。“これは”ヘイルニルや」


疑問がいくつも浮かぶ。


ガルドさんや、疾風の皆さんはこの事を知っているのか?

いや、気づいていないのか。

過去のヘイルニルの上に新たなヘイルニルが建つなど、そんな荒唐無稽なこと、俺だって説明できる気がしない。


「クラマ、お前が生きていた時代は、どんな時代なんだ?」


現在と過去の齟齬。

年表や時代を知れば、多少謎には近づくか。


「見ての通りや。現在のヘイルニルよりは随分と文明の量は少ない。もっと原始的で牧歌的な風景やなぁ」


旧時代のヘイルニルがそうだとして、現在のヘイルニルの発展度合いは眼を見張るものがある。

蒸気機関車が走り、街には鋼のパイプが動脈のように走り、ゼンマイ仕掛けの時計塔が魔石で時を刻んでいる。


「私が死んで霊になるまで、自意識は無かった。やから正確な年表はわからんが……妖狐として過ごした時間は五十年を超える、と思う」


五十年だと?

アンナが崩壊した魔王城で過ごした時間と、重なる⸻


そこまで考えが至って、ゾッとした。

“ダンジョンの中に街があるのではなく、街が堕ちてダンジョンになった”のであれば⸻



今建つヘイルニルの時計塔は、虚構なのか。

ありえない想像を振り払う様に、俺は首を振って雑念を飛ばす事しかできなかった。

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