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42 疾く ※アンナ視点

42※アンナ視点

⸻話しは少し遡る⸻


「いけぇ!」


ご主人様の命令が、見えない鎖になってこの身を激しく打ち据える。

決して抗えぬ従魔契約の強制力が、私の意思を置き去りにして四肢を爆走させた。


「っ!」


嫌!嫌ですわ!


歯を食いしばることしか出来ない。

いつまでもあの方の側で不浄を払い続けたいという激情と、これが「最適解」であると理解できてしまう冷徹な理性が、脳内で火花を散らす。


「ぅぅうううあああああ!!」


気づけば、喉が壊れるほどに吠えていた。

その声が淑やかなメイドのものなのか、それとも殻を脱ぎ捨てた『魔人』の咆哮なのかは、もはや自分でも判然としなかった。



◇◇◇



魔闘を全開にすればあっという間に出口に戻れることには気づいている。

しかしそれでは傍にいるグレイスはついてこれない。

彼がいないと⸻ご主人様の元へ戻れない。


最大速度を維持する為に、罠や魔物はその膂力を持って無視をすることに決めた。


カチリっという音を立てて踏み抜いた罠のトリガーを、大斧を振り抜きその機構ごと粉砕する。


急に目の前に現れたゴブリンをすれ違いざまに叩き潰す。


足りない。

もっと、もっと速く!


「邪魔をするなぁ!」


焦る気持ちをぶつける様に斧を振るう。

子供じみた八つ当たりだとわかってはいる。

でも抑えられない。


ご主人様は言ってくれた。

⸻私の事を「好き」と!!


昨日の触れるだけの幼さすら感じるキスが脳裏に浮かぶ。

死なせたくない。

死なせない。


やっと、見つけた居場所。

五十年⸻魔王城で一人でいた、私を解き放った人。


愛しい人。


私の切迫を察してか、グレイスも魔闘を展開させてそのスピードを上げた。


速く!

速く!!


——間に合わせる。何を代償にしてでも。


◇◇◇


ドゴォン!

ギルドの扉を蹴破る音でその場にいた冒険者の幾人かがこちらを振り向いた。

無作法は承知の上。

喫緊を報せるためのあえての行動でもある。


「ギルドマスター!ガルド様は何処です!?」


慌てて受付嬢がカウンターに出てくるのを、机に手を叩きつけることで制する。


「貴女では話しなりません!ギルマスを出しなさい!伝えなさい!『遺跡』でスタンピートが起きたと!」


ギルド内が騒ついた。

ざわざわと波紋が広がる中、奥から屈強な男が顔を出した。

ギルドマスター、ガルド様だ。


「聞こえたぜ。……アンナ、お前一人か!?」


「ご主人様がいない、その事で察して下さい。火急です。増援を望みます!」


「っ!わかった!すぐにチームを編成する!三十秒くれ」


話が早い⸻この決断力こそがご主人様が信頼を置くギルドマスターという人物である。

が、その三十秒が今は惜しい!


焦れる、焦る、今この瞬間あのお方が傷ついているかもしれないのに!


片っ端からそこにいた冒険者達に声をかけて周るガルド様を、私は眺めていることしかできないなんて。


握りしめる手に血が滲み、歯を食い張り過ぎて口から紅い液体が滴った。


「アンナさん、よく戻った。心中は察する。行っていいよ」


レン様!

疾風の皆様もギルドに詰めていたらしく、増援に加担してくれるらしい。


「しかし私達が先にご主人様の元へ戻れば、誰が案内すれば……!」


レン様の目線がスッと鋭くなる。


「みくびるんじゃない。……君に追跡の魔法をかけた。編成された冒険者は僕が導く。君とグレイスは先に戻ってたろーくんの力になるんだ」


この短い間で……。

ゴールドランク冒険者は伊達ではないということか。


「たろーくんの魔素適正は“混ぜる黒”だ。彼一人ではその真価を発揮できない。君という色が必要だ」


恩に着ます、と言葉より速く、私は踵を返し駆け出そうとした。

信頼のおける冒険者の縁、それこそがご主人様を助ける力になると信じて。


途端、地響き!


「なんだ!?」

「浅層で大魔法でも使ったのか?


ざわつくギルドと地が唸る様に揺れ。

グレイスが何かを察した様に吠えた。

ご主人様だ。

ご主人様が戦ってらっしゃる。


直感的にそう察した。

それだけでふつふつと腹の底から“なにか”が湧いてくる。

生きて、抗っていらっしゃる……!


絶望は希望に変わった。

あとは行くだけだ。


「私も先行しよう」


「ラルス様!」


疾風のリーダー、ラルス様が駆ける私の隣に並ぶ。


「たろーが傷ついていた時、命を繋ぐ役がいるだろう」


「感謝致します!ご主人様を、お助け下さい」


私はご主人様の剣。

剣でご主人様の脅威を払えても、癒しては差し上げられない。


「行こう。アンナ、全開でいい。『疾風』の二つ名を見せてやる」


私は魔闘を全開にし弾丸の速度で駆けた。

魔人とスノーウルフとエルフの一段が流星の様に『遺跡』を横切る。


身体能力で劣るエルフのラルス様は、それでも私達にぴったりと張り付くようについてきて下さる。

これならば⸻


さらに速度を増し、ただひたすらに愛しい人のことだけを望む。

悠久の時。

時間が引き延ばされた様な錯覚。


遅い!

もっと、もっと速く!


「ウォン!」


グレイスが吠えた。

目の前に望む、半端崩れた倉庫。

殺到する人の骨の形をした化け物達。


「あそこか!」


漲る魔闘を脚に込め、グレイスとラルス様を置き去りにし先行する。


間に合え!

間に合えぇぇえええ!


万感の思いを込め、倉庫の端に到着した時。

その視界が捉えたのは⸻



骨の濁流に呑まれる、愛する主人の姿に⸻

白骨の凶刃が、胸を穿つ瞬間だった。



⸻私の中で“なにか”が弾けた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


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