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37 甘い

37



休みの前の日というものは異世界転生に至ってもなお、精神の昂るものであり、もはや誰も俺をとめられん!と息巻いて帰ったものの身体に異変を覚える始末。


と長々と書いたものだが風邪を引きました……。

明後日から『遺跡』に挑戦するというのに、情けない事だ。


帰りは気が張っていたからか、どうとも無かったが。

たろーハウスに帰り荷物を置いて腰を下ろした途端、寒気と節々の痛み。

鼻も止まらない。

完全に風邪ですありがとうございます。


「ご主人様、グレイスと協力して氷嚢を作ってまいりました。頭に敷いてください」


グレイスの氷魔素謹製氷嚢なんて、贅沢だな。

アンナが甲斐甲斐しく身体を起こして汗を拭いてくれる。


「ありがとうな、アンナ」


「とんでもございません!……ご、ごしゅじんしゃま、の、ら、裸体……!っぐぅ!っぎり!」


ピクピクと悶えながらも既の所で歯を食いしばるアンナ。

恍惚に耐え忍んでいるのは俺の身体を慮ってか。

それでも汗を拭く手を止めないのは、メイドの矜持からかな。

熱で茹だる頭ではツッコむ気も失せる。


「ポンコツメイドはん、惚け取らんとはよ旦那様の身体拭きよし。冷えたらどうするんや。……ったく、ウチが霊体や無かったらお世話したるんやけどなぁ」


クラマが悔しそうにアンナの頭を叩いているが、それもまた霊体であるために効果はない。


「クラマも……グレイスも。心配かけてすまないな」


グレイスが頬を心配そうに舐めてくれた。

そのスノーウルフの舌の冷たさが、心地よい。

相棒、ありがとうな。


「はよう、良うなってや。メイドはん、悔しいけど旦那様のお世話は任せるで」


⸻驚いた。

こんな殊勝なクラマは初めてみたかもしれん。


「……言われなくとも、もちろんです」


そっと俺の身体をベットに戻し、今度は胸に手を当て魔素を巡らせ始めるアンナ。

暖かい、熱の巡りを感じる。

アンナの手元がほのかな光を灯す。


「魔闘……か。いつかもやってもらったなぁ」


ダンジョン崩落で死にかけた際……は意識が無かったけど。

あとはキングブル討伐の際に魔素切れでぶっ倒れた時。

最近だと魔導弓『綾』+クラマの憑依バフで特濃魔素矢をぶっ放した時もか。


アンナは魔闘の要領で気脈を整え、魔素の巡りを良化する術を持っている。

呼吸が楽になり熱でぼやける頭もスッキリしていく。


「ありがとう、アンナ」


「勿体無いお言葉です、ご主人様。はやく良くなって頂きませんと、アンナは心配で仕方のうございます」


気怠い身体に、魔素が満ちる。

四肢に熱が充足する感触が……心地よい。


そっと、アンナが俺の頬に手を添えた。

手は冷たかったが、身体の暖かみとの対比が、俺を心底安心させた。



◇◇◇


夜、目が覚めた時、アンナが布団の縁で眠っていた。

ベッドに備え付けてある燭台には、魔導ランプが弱く灯っている。


アンナの魔闘のおかげか、身体の気怠さは取れていた。

やや、芯が残る熱の残滓がまだ重怠い体の奥にあるが、随分と楽になった。


アンナの手を見ると、何度も手ぬぐいを拭ったのだろう、指先があかぎれている。


俺が寝てる間ずっと看病してくれていたのか。


俺はそっとアンナの手を取り、癒しの魔素を込める。

ピクリと、彼女の身体が反応してゆっくりと身体を起こした。


「ご主人様、起きてらっしゃったのですか。申し訳ございません、私としたことが眠って……」


「いい、アンナ。休め」


そっと、アンナを抱き寄せると、一瞬だけ身体をこわばらせたがすぐに弛緩して身を預けた。

その柔らかさと、優しさで、俺はもうどうしようもない気持ちになる。


「看病してくれてたんやろ。ありがとうな、アンナ」


「い、いえ!メイドとして当然のことですわ、ご主人様」


それでも。

病んだ時に側にいてくれる安心ときたら。


「俺はな、アンナ。昔社畜やってん」


「しゃちく……ですか?」


会社の家畜。

今思えばすごい単語だよな。


「所属する組織に飼われる豚、みたいな生活をしてたよ」


「……許されませんわ」


アンナが俺の代わりに怒ってくれるから、俺は笑った。

嬉しさと、懐かしさが同時に込み上げて、笑いが込み上げて止まらなくなる。


「その時はこうして、熱を出しても誰も助けてくれなかったんや。それどころか、もっと働け、なんて言われたな」


「そんな居場所、アンナが切って差し上げます」


それは叶わないことを知っていてなお、それもいいな、なんて。

そんな事を言って二人で笑い合う、この瞬間の幸せ。


「アンナには社畜みたいな、そういう関係でいたくない」


アンナの目が潤む。

透き通った瞳と、高い鼻筋。

言葉を紡ぐたびにその弾力を示す、唇の柔らかさに、眼が奪われる。


「私は心からご主人様をお慕いしております。仕えたくて、やっているのです。ご安心下さい、ご主人様」


その神聖とも取れる不可侵の献身性が、今はどうしようもなく嬉しい。

このまま溺れていたい、なんて童心を無視できないでいる。


「今夜だけ、甘えてていいか?アンナ」


アンナは応えず、ただ腕を広げて俺を抱きしめた。

体温と鼓動。

背中を摩る手には幼子をあやすような、そんな母性すらある。

⸻その柔らかな胸の感触に抱かれて、俺は眠りに落ちた。



◇◇◇



夢の続きを見ている。

どこかでぶつ切りになった夢だ。

起きてからはまるで思い出せず、しかし眠った途端にこれが夢だと思い出す。

その違和感にも⸻ずいぶんと慣れたものだ。


「くそ女神、今日はなんの呼び出しや。そろそろ起きても覚えてられるよう、してくれんもんか?」


そう、ここであったことは全て忘れてしまうのだ。

そしてまた、目の前の女神及び邪神ウルスラと邂逅した時だけ、記憶が蘇る。


「おつーたろーちゃん。次は遺跡チャレンジだねぇ」


なんて、俺を無視した台詞。

こいつはまるきり“俺を見ているようで見ていない”。


「今度は世界の成り立ち、に関してやったな?」


「そうそう!その話しねぇ。たろーちゃんは何故ヘイルニルのど真ん中に危険な魔物が生息するダンジョンがあるのか疑問に思ったことはなぁい?」


む。

確かに。

それはそうだが。


「それはねぇ……稀人が転生してきた穴がそのままダンジョンになる!でしたぁ!」


なんて、クイズ番組でもしているみたいな、カメラ目線。

相変わらずメタいな。


「稀人がこの世界の魔素を拡充する為の穴を作る為に、こちらの世界に来たことは言ったわよねぇ?」


髪をくるくると指でいじりながら、眠たそうにそう説明するウルスラ。


「穴は閉じない。変異して、それがどこかに繋がる。そうしてできた空間が、ダンジョン、なのよぉ」


ということは、俺が迷い込んだ⸻アンナが五十年孤独に過ごした⸻魔王城はそうして繋がったのか?


「御名答⭐︎たろーくんに十点!……だからね、たろーくんが転生したルニル平原の最奥。デルヴァンド魔山の麓にも、ダンジョンの赤ちゃんが出来ているわ」


もっとも……それが人に見つかるのはまだまだ先、だけれどね、とウルスラが続く言葉が変に歪んで聞こえる。

エコーがかって、とかハウリングしながら、みたいな。


「街の真ん中にダンジョン。それが二つ。その上に築かれた魔装都市ヘイルニル⸻どう?伏線だらけでしょう?」


ダンジョンが先か、街が先か。

そんなことを言いたいのか、この邪神は⸻


「遺跡はねぇ、古ぅいダンジョンよ。その痕跡は“かつてあった街”みたいな光景」


魔王城、ヘイルニル、遺跡の中の街⸻

噛み合わなかったピースが、やがてカチリと音をたててはめ込まれる音。


お前の目的はダンジョンを作ることなのか。


「んっふふー、残念。“また”半分正解ぃ⭐︎」


クソ女神が⸻


「だからぁ、アンナちゃんは君にご執心、なのかもねぇ」


そこで俺の夢は⸻途切れた。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


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