36 フラグ
36
「へぇ……旦那様は従魔を使い潰さんのやねぇ」
予期しないクラマの言葉に微妙な空気が漂った。
戦いの余波がそうさせたのか。
それとも、過去の⸻幽霊に至った理由がささくれたった心を露出したのか。
「クラマ、何かあったのか?」
独り言だったらしい、クラマはバツの悪そうな顔をして更に透けて消え入りそうになった。
ずるい奴だ。
「過去になにがあっても、俺は現行の最善を取る努力を辞めはしないぞ」
それは、俺なりの覚悟の上での発言。
グレイス、アンナ。それに……クラマ。
従魔契約⸻魔を従える主人となった自分の、責任においてお前たちをもの扱いはしない。
「えらい……珍しいお人やなぁ、旦那様は」
「稀人だからな」
他の冒険者が従魔をどう扱っているかは知らん。
俺は俺のやり方で、お前たちを使ってみせる。
それが俺の⸻クロマを束ねる俺の“混ぜる黒”としてのささやかな矜持だ。
「ご主人様……」
アンナが感極まった表情で目を蕩けさせている。
茶化すな、恥ずかしい。
「だからクラマ、お前の力を貸せよ。俺が使い切ってみせる、からさ」
狐耳をピクピクと震わせるだけで、クラマからの返答は無かった。
◇◇◇
春の暖かみにノックされて、積もり積もった雪が滴っている。
ヘイルニルの街がシューという蒸気の音を再び奏で始めた。
季節の訪れを報せる音に、それは聞こえた。
年が明けるまで、俺たちクロマは新加入のクラマとの連携の練度を上げるために『魔鉱』に詰めていた。
一ヶ月みっちり使って、比較的イージーな『魔鉱』での実践訓練。
「アンナ!」
俺の声に反応してアンナが地を蹴り弾ける。
その余波で地にひびが入り、風圧で砂埃が舞う。
「っふ!」
紅黒の魔素を纏った大斧が、定規で線を引くように一閃。
コマ送りがズレたように遅れて落ちる大蛇の首。
「まだくるで」
そんなクラマの言葉に反応したのはグレイスだ。
急にひやりと空気が冷えたかと思うと、グレイスが低く唸り氷の魔素が展開される。
ぬっ、と現れたのは膝の高さ程もあろうかという巨大な蝦蟇。
後続の化け物蛙が凍る大地に足を取られて跳ねるのを失敗する。
後ろにもう一匹、は今度はクラマが紫紺の魔素を仰ぐように展開する。
白狼が止めた蛙を穿つ、俺の魔導弓に⸻
二匹目の動きを止めるクラマの陰の魔素が重なる。
「これで!」
アンナの裂帛の気合いと共に、最後の蛙の頭が刎ねられた。
びちゃり、と体液が飛び散る音と、クラマが魔素を抑えるシュウシュウという音が洞窟内に残った。
戦闘、終了、と。
「今のはなかなか良い連携だったんじゃないか?」
「左様でございますわね。ご主人様のご指示があってこそでございます♡……クラマの幻はもう少し早いタイミングでも良かったと思いますが」
「なんやポンコツメイドはん、ウチの仕事に文句あるんか?」
「ワォン」
メンバーコミュニケーションも良好、と。
少し痴話喧嘩も混じるが、余裕からくるもの思えば可愛いものか。
「魔鉱とは言え中層の入り口でこの安定した戦いは……いよいよ準備は整った、と考えていいかな?」
「旦那様、せやからウチが加入した時点でもう『遺跡』攻略初めてええって言ったやん」
ほんま、心配症やな、と揶揄うクラマの言葉に頭をかく。
別にそれだって、責める調子はない。
「女狐、ご主人様は我々の負担を考えて下さっているのです
「わかってるやん、そんなん。ほんま変わった旦那様やで」
とは言いつつ、クラマも随分と馴染んできたな。
もともと、情報収集能力も高い。
俺の価値観が浸透してきた今では、メンバーの安全担保を第一に幻や憑依を使用してくれる。
冒険者の元で従魔として働いていた経験もあるのだろう。
その判断の的確さに幾度か助けられる場面もあった。
「良い状態だ。今日は戻って一日休んで、明後日から⸻いよいよ『遺跡』だな」
二日振りの地上は雪が溶けてビチャビチャになった通路と、ヘイルニル名物のゼンマイ音が迎えてくれた。
最近はダンジョン内で泊まることも増えた今でも、こう言った下と上で時間の流れが違うのではないか、という季節の変化には驚かされる。
「ご主人様、足元をお気をつけ下さい」
と、そういうアンナが一番荷物を持っている。
巨大な背嚢とメイド服、というあり得ない取り合わせのインパクトがすれ違う人の目を引く。
「アンナ、持つよ」
「いいえ、ご主人様に持たせるぐらいであればアンナは死を選びます」
重いって。
荷物じゃなくて情緒という意味合いで。
「たろー帰ったか」
ギルドの喧騒を掻き消す程の声量で、ガルドさんが出迎えてくれた。
暇なのか⸻カウンターで肘を突き煙草を吹かしている。
冬は冒険者の活動も収まる、らしいからな。
「今帰りました。今回の成果がこちらです」
アンナが俺の言葉に合わせて、今回剥ぎ取りで得た魔石をカウンターに並べてくれる。
その純度、輝き。
まるで宝石を並べたようだ。
「ほぉ、こりゃあたまげた。中層手前まで行かねぇとここまでのものはない。……たろー、お前に限ってそれはねえと思うが、中層には足を踏み入れてねぇだろうな?」
中層以下にはシルバーランク以上の資格が必要なためか、ガルドさんの声にも少し緊張した面持ちがある。
「もちろんです」
「なら、いい。取り締まるのは中層からは別世界だからだ。気分悪いだろうが、勘弁してくれ」
クラマが後ろで大きく頷いていた。
過去に足を踏み入れたことがあるのかな。
「気にしていませんよ。ガルドさんだって聞きにくいことでしょうに。それぐらいで気に病む程も繊細でもありません」
がっはっは!と今度は笑い飛ばすガルドさん。
この辺りがこの人のすごい所だな。
「まぁここまで来たら素直に次は『遺跡』に行けってこったな。目処は立ったのか?」
「おかげさまで。安定してきましたし、クラマも機能してます」
クラマが俺の肩にしなだれかかるように胸を押し付けた。
それを見てアンナが歯軋りをする。
霊体だから感触ないんだけどなぁ……
「ほぅ、秋にキングブルでひぃひぃ言ってやつが。成長したもんだぜ、ったく」
皮肉るようなガルドさんも、しかし鼻を擦り嬉しそうだ。
ほんと、この人面倒見がいいよなぁ。
「明後日、初ダイブします。ダンジョンの様子はどうですか?」
「あ?別に問題ねえよ。……あー、まぁ多少、耳に入れておいた方がいいこと、はあるが」
ん?なんだ?
歯切れ悪そうなガルドさんも珍しいな。
「冬が明けたら『遺跡』は一回閉じることが決まってる。『魔鉱』が運転してなかった間無茶させたからな」
ヘイルニルには二つのダンジョンがあり、その魔石の産出が都市のエネルギー事情を支えている、だったか。
魔鉱のダンジョン崩落事件でしばらく調査期間があり、その間都市のエネルギーを遺跡だけで賄った。
「そのツケが来ている、ということでしょうか」
「多少な。不安定になってる、って程でもねぇ。ただ魔石の取りすぎでリバウンドから魔素は濃くなっている」
嫌な時期だな。
「魔石の産出は安定してるし、魔物の活動もいつも通り、特に上層は心配ねえよ。中層以下で魔素溜まりや、濁りが確認され出した。これだっていつも通りの反応だ、正しく管理している範疇だ」
だから心配するこたぁねぇ、とガルドさんは俺の肩を叩いた。
この人がこういうのだ。
それぐらいの信頼関係は築いたつもりだ。
「遺跡を閉じるのすでに主だった冒険者には布告してる、からガメツイやつらが乱獲してるって噂も上がってきてる。たろーもそんな奴らを見たら報告してくれ」
「イエッサー」
要は稼げる時に稼いでおこうと、その気持ちもわからんでもない。
ガルドさんも止めてないってことは、ルールというか、マナー的にも容認範囲内ってことだ。
別に見かけたって無視でいいだろ。
「旦那様、それフラグやで」
なんてクラマが不穏な事を言ったのを、俺は努めて無視をした。
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