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35 プラクティス

35


暖炉に火が点ると煌々と炎が熱を放ち始めた。

パチパチと薪が爆ぜる音に続いて、すーっと煙草の煙を吐く音が重なる。


暖かみを避けているのはグレイスだけ、なのだがアンナとクラマが俺を挟み合う形で睨み合っていた。


和やかなムードの中にある剣呑な視線が、俺を挟んで交わされる。

見た目はメイドと花魁。

胸を押し付け合うそれだけを見れば、男性が誰もが羨む光景なのだが……


「女狐」

「ポンコツメイドはん」

「色ボケ女狐」

「変態ポンコツメイドはん」


雑言の応酬はもはや子供の喧嘩である。

しかもアンナの熱量に対してクラマのそれは揶揄うようでもある。

それがアンナの火に油を注いでいることがわかっているような。


「一回離してくれ……話しも出来ない」


せっかく、あの後疾風の皆様に今後のパーティ編成の相談しようとたろーハウスに招いたというのに。

前途は多難である。


一旦、まったりしようとしたのが間違いだったか、レンさんとラルスさんも呆れ顔だ。


「険悪だけど二人が合わせれば、一番火力に繋がるんだよね」


レンさんにもクラマの特異性は説明してある。

武器に憑依して性能アップ、とは使い道の多さに胸躍るものだが。


「レン、無い物ねだりはたろーに失礼だ。先輩として現状を受け入れた上で判断できなければなしの礫と変わらん」


ラルスさんはたろーハウスの自由利用に随分と恩義を感じてくれているらしい。

律儀なことだ。


「武器主が二人しかいませんからね。現状は俺の『綾』専用になりますか」


「別に、武器だけにしか憑依でけんとも言うてへんでぇ?」


クラマの突然の種明かしにキョトンとしてしまう。

そうなのか?


「あの時旦那様が『示せ』言わはったから、武器に憑依しただけやわぁ」


確かに、あの場面でクラマの能力をわかりやすくプレゼンする為には、そうせざるを得ないのか。


「だったら他に何ができるんだ?」


自然と、契約前にはぐらかされた事に言及できた。

クラマは現状伸びしろだらけである。

それを把握するのは必要な事だ。


クラマも続ける。

「憑依対象で言えば有機物も可能やね。とはいえ、生きてるもんに乗るのはやや負担も大きい。無機物や自然の物の方がしやすいかな」


なんと、それが本当ならば生き物や魔物を一時的にコントロール化におけるのか?


「そこまで便利なもんでもないけどねぇ。妖狐の得意は化かし合い。幻惑見せて混乱させてる間に、少し身体借りるぐらいなもんやで」


なるほど、そのイメージならどちらかと言えば幻影や混乱のデバフを撒く感じなのかな?

バフ、デバフの両面とはわかりやすくて良いな。


「憑依よりかはそっちが本職に近い。ウチはもともとゴーストなる前は冒険者に飼われた従魔でなぁ。主に妖狐の幻影で仕事しとったもんよぉ」


さらっと。

なんかすごい背骨を聞いたような気もするが……

まぁ詳しく聞くこともあるだろう。


「妖狐とゴーストの特性を併せ持つ、みたいな事でいいのか」


「正解やぁ♡やっぱ話しわかる人と話すのは楽でええわぁ。どっかのポンコツメイドにも見習ってほしいわぁ」


御名答、と大きく頷き俺の胸に顔を埋めたクラマ。

だから、そうやっていちいちアンナを煽るな!

あと普通に照れるからやめろ!


「たろーくん、地下室行ってみようか」


レンさんが、そんなクラマの煽りで暴れるアンナを無視して立ち上がって言った。

ん?実際見ようって、ことかな?



◇◇◇


「じゃあ行くよ?」


なんて、既にレンは杖を構えてラルスさんは弓を番ている。

ガチの模擬戦の雰囲気。


そう言えば疾風の皆様に戦いの指導を頂くのはどれぐらいぶりだろう。

冒険者に成り立てのころ、に数回が記憶の限度だ。

ならば半年に至らない程前ということになる。


クラマは疾風側、だから幻惑を俺たちクロマが体験する、っていうデモだな。

百の知識より一の体験が生死を分けることもある。


「旦那様を幻惑するなんて、ドキドキするわぁ♡」


またそんな勘違いを誘発するようなこと言って。

クラマの言葉にアンナが魔闘を全開で展開した。

……いや、デモンストレーションだからね……?


弾丸の速度でアンナが弾けた。

が、同時にクラマの周囲に紫がかった魔素が漂う。


僅かに甘い匂いに続いで霞がかかる。

花弁が広がるようにクラマの腰に一本、二本と狐の尾が姿が顕現した。


珍しい魔素だな。

陰の魔素か。


クラマの魔素に当てられたアンナの目の色が、紅から紫に一瞬かわる。

タイミングを合わせてすぅ、と消える幻紫に気づかずそのまま突進する紅の流線。


「残念やねぇポンコツメイドはん、外れや」


ここまであからさまに見失うものかというほどのスカし具合。

アンナの顔が驚愕に変わる。


「女狐ぇ!」

「ポンコツメイドはん」


面白い程翻弄されるアンナに、余裕のクラマ。

さながら闘牛士と猛牛のようだ。


「あっはは!牛みたいな乳しとる思うてたけど、ホンマに牛さんやとはなぁ!?」

「ぐぬぬぅ!」


しかし、アンナは搦手に弱すぎだな。

キングブルの様な力と力の正面衝突には無類の強さを誇るが、トリッキーなタイプにすこぶる相性が悪いのは見ての通りだ。


揶揄うクラマと直情するアンナ。

まるきり二人の関係を表しているようでもある。


ラルスさんの矢が飛来するなか、俺は回避行動を取りつつ魔素を練る。

グレイスに目配せ。

一つ頷いて白灰の狼が駆けた。


「二対一は卑怯やわぁ!」


俺が展開した水の魔素にグレイスの氷の魔素が渦巻くように絡まり、クラマの頭上に氷柱が産まれる。

アンナに比べてグレイスの攻勢はまっすぐクラマにぶつかった。


……複数相手の幻惑はできない、のか?


「無駄無駄無駄ぁ!」


クラマは霊体だ、物理は無効。

いくら魔素で生成した氷柱でもダメージは無いようだ。

だいぶ、見えてきたな。


「なら!これで!」


俺は聖の魔素と陽の魔素を混ぜ合わせて展開。

光のカーテンがクラマの周囲にはためき、クラマの透ける身体に干渉を始める。


「んぅ♡旦那様ひどいわぁ♡」


霊体の身体の輪郭が一際“ぶれ”て、クラマが展開していた陰の魔素が霧散した。

それを見逃す魔人メイドではない。


乾坤一擲。

魔闘を展開した大斧が、クラマ脳天からつま先までを両断した⸻。



もちろん、裂けたように見えただけでクラマは無事。

実戦であれば先程のアンナの大斧に属性魔素をエンチャントしていれば決着、なんだが。

付与魔法は難しいだよなぁ。


「いい模擬戦だったねぇ。クラマさんのスペックとアンナさんの課題が明白になった」


レンさんが杖を下げて歩み寄りながら言ってくれた。

まったくだ。


「ウチの有用性わかってくれたぁ?憑依と幻の使い分けで戦場を惑わせてみせるで」


「アンナ、実際経験してみてどうだった?」


「視界が変わるというよりは、魔素認知が阻害される、みたいな感じでしたわ。やられている方も気付きにくい」


へぇ、阻害されていることを認知出来ないのか。

撤退や、やり過ごすとき等にも役立ちそう。


「見た感じ複数相手には幻惑できない感じだったよな?クラマ?」


「んっふふー、御名答やねぇ旦那様。憑依と幻惑の合わせ技やから、対象は一体。複数同時は別に手段が必要やね」


出来ないわけではないのか。

が、手段が変わると。

ぶっ壊れの性能でもなく、しかし底も見えない。

面白くなってきたな。


「幻惑の種類的にタイミング次第で成果が別れそうだよね」

と、レンさん。

そこは俺も思っていた所だ。


「俺も思いました。一瞬、でも効果は大きい幻惑、となれば活かすも殺すもタイミング次第です」


これは事前に良く話し合っておかないとなぁ。

「クラマが幻惑した魔物をアンナが即殺する」のが、有効な場面と、「クラマが幻惑してアンナがその他を即殺する」のが、有効な場面はそれぞれ状況が違う。


この優先順位を事前に示しておかなければ。

出会ったばかりの我々のチームワークなどは最初からないものとする。


「クラマは俺の隣に布陣かな。今まで通りグレイスが釣って、俺が妨害、アンナが決める流れはそのままで、連戦や遭遇戦のパターンを想定してシュミレーションは必須だな」


俺の言葉に今度はクラマが目を丸くした。


「へぇ……旦那様は従魔を使い潰さんのやねぇ」


なんだ?

随分と不穏な言葉だ。

先程の過去の事といい、冒険者というものに随分と悪感情がありそうな物言いだな⸻


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


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