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33 ゴースト

33


「姿を見せろ。……無反応は敵対とみなす」


手に持った『綾』のつるを、わずかに引き絞る。

オートエイムは「ターゲット」が認識できなければ機能しない。

虚勢とわかってはいる。

今の俺にできるのは、言葉という矢を放つことだけだ。


「怖い怖い。そんな物騒なもん向けんといてぇなぁ。ウチはただ、珍しい『色』が混ざっとるな、と思て……」


色?

俺の魔素特性“混ざる黒”を言っているのか?


空間が、ゆらりと滲む。

紫紺の花が開いた、かと思うと、冷たい空気が足元から這い上がってきた。


「ご主人様!お下がり下さい!アストラル系です!」


切迫したアンナの声が響く。

アストラル系!?

なぜ『魔鉱』に?

いや、その疑問はあとだ!


「散れ!」


言うが早いか、俺たちは散開する。

自然と俺の前にアンナとグレイスが立ち塞がる。


「そんな警戒せんといてぇな。ウチかて敵意はないんやから」


徐々に、薄ぼんやりとした明かりが輪郭を象っていく。

⸻女性、なのか?


やがて全貌を表した“それ”。

髪の色は黒、頭部にある狐耳が人以外であると示している。

和装を着崩したような……

目の覚めるような紫地に、金の刺繍には九尾の妖狐。

胸元がはだけてその豊満な肉体が艶めかしい。


「何者だ?」


姿を表したことで、多少警戒の色を解いて問いかける。

が、完全に信用はしていない。

だって……透けている。


「しがない幽霊やってますぅ。以後お見知り置きをぉ」


見るからに、ゴースト系の魔物。

人型で言葉を解するあたりかなり知性を感じさせる。

その瞳の鋭さから、かなりの上位の存在と見て取れる。


「……なんの用だ?」


「そんな邪険にせんといてぇな。ウチかて姿を表したんや、警戒解いてくれてもええやんか」


グレイスに周囲の警戒を引き続き頼む思念を飛ばしつつ、俺は幽霊に向き直る。


「兄さんの魔素がえらいおどろおどろしくて綺麗でなぁ。引き寄せられたんや」


おどろおどろしくて、綺麗?

その矛盾した物言いに寒気が走る。

が、敵意はない、という言は本当の様で危険な様子はない。


「兄さん、稀人やんなぁ?一目でわかったわ。ウチの新たな“旦那様”ってなぁ」


アンナが、爆ぜた。

ゴースト系に無効とわかっていながら、全力の一振り。

魔闘術を全開にして放たれるそれの余波が、ダンジョン内の地を裂き岩を破砕した。


無傷。

目の前のゴーストが飄々と空を舞う。


「いきなり随分な“ご挨拶”やなぁ?癇癪はいけまへんえ、メイドはん?」


「だまれ。ご主人様を“旦那様”と呼んだな?万死に値する」


アンナの双肩から闘気が迸る。

視覚できるほどの、魔闘。

これがアンナの本気……なのか。


「いや!まてまて!肝心の俺がついていけん!何の話しをしてるんだお前達は」


慌てて間に入ると、すでにアンナは臨戦体勢である。

ここまで殺気だったアンナを俺ははじめて見た。



「アンナ、少し冷静になれ。無抵抗の相手に力を行使するのはメイドのすることか?」


「……はい。ご主人様」


アンナにしては珍しく、煮え切らない態度ではあったが。

ひとまず矛を納めてくれるらしい。

であれば、目の前の存在の正体がなんであるかにフォーカスできる。


「新たな“旦那様”と言ったな?どういう意味だ?」


「どうもこうも、兄さん稀人やろ?それだけで私の“旦那様”たる理由の半分は満たすんや」


どこかで、聞いた様な台詞。

アンナと従魔契約に至った時だったか。


「なんだ?従魔になるのか?」


と、鎌をかけてみる。

アンナの視線が鋭くなり、グレイスは敵意が無いことを理解してかそれ以降辺りをぐるぐる回っている。

それでもこっちの様子を伺うのは、心配しているからか。


「なんや兄さん話し早いなぁ。」


「お前も俺の転生で、封印が解けた口か?」


ゴーストの表情がハッとした。

これも、アンナから聞いたことだ。


稀人の転生に伴い異界を繋ぐ穴ができる、のだとか。

その穴を通り大量の魔素がこの世界に流れ込む。

その余波で、世界にさまざまな影響を与える。とアンナは説明したな。


「物知りやなぁ、兄さん。正解や」


するりと自らの唇を指でなぞり、首筋から鎖骨にかけて滑らせていくゴースト。

その仕草、その表情が、どこまでも色を含んでいてアンナの闘気が激しく脈動する。


「ご主人様に色目を使うな女狐」

「あらぁ?メイドはんかて旦那様に色目使うてるんちゃいますぅ?」


要は、アンナと同じく俺に恩義を感じている存在、なわけか。

俺だって受動的にこの世界に転生したというのに、律儀な事だ。


「それで、お前はどうしたいんだ?」


と、俺は二人を諭すように問いかける。

話をするにしたって、ここはダンジョンである。

長居は危険が伴うのは明白だ。


「旦那様さえ良ければ⸻名前を貰えれば、と思うてます」


名付けは従魔契約の証し。

やっぱりか。


「……なら、示してもらおう。お前は何ができる?それを示さないことには、俺たちのパーティ⸻『クロマ』には居場所はない」


ここはあえて断言する。

そもそもポンポンと稀人由来で従魔契約をする義理もない。


情は情として、ただ利益は利益として冷静と情熱の狭間は見据えないといけないからな。


「ほぅ、要は仮採用、いうこっちゃ」


言い得て妙、である。

むしろ俺に対して、ではなくアンナに対して示してもらわんとな。


「それでいいか?アンナ」


「ご主人様の命とあれば」


納得はしていない、という顔だな。

今にも私だけで充分だ、とでも言い出しそうだ。


とは言え、パーティ拡充の必要性は散々示している。

渋々とはいえ、利が働けば納得する、ということでもあるか。


「よし、ついてこい。ダンジョンを出る」


二人と一匹、に加えて一体になった集団は、蟠りの中ダンジョンを引き返し始めた。



◇◇◇



とはいえ、行きで苦戦をしなかったのだ、帰りだって気を抜くことさえなければ変わりはしない。

疲れは出ている。が、マナポーションの効能のおかげか魔素残量にも余裕はある。


「ますますお前の存在価値を示してもらわないとな」


と、俺はゴーストに聞こえる様に言う。

肝心のゴーストは俺の隣をフワフワと浮遊していた。


「兄さん怖いですわぁ。もっと優しいしてぇや」


間延びした、外人が勘違いした京都弁みたいな、変わった話し方。

もはや舞妓弁とでもいうようなものに近いな。


「ほれ、来ますで」


と、ゴーストが指し示した所から、再びゴブリンが⸻三体。

グレイスの索敵通りである。

こいつも索敵できるのか。


「わかるのは魔素反応やけどなぁ?そこのワンちゃんみたいに匂いが分かる訳じゃないんやけど、まぁそこそこ広い範囲まではわかるでぇ」


霊体である為か、匂いや気配というものに頼らず魔素の反応を読んでいる、のか?

それでさっき俺の魔素適正のことを言い当てたのか。


「来るえ、兄さん。その弓構えーな」


俺が弓を構えるよりも早く、ゴーストは弓に吸い込まれる様に姿を消した。

『綾』の魔素反応が変わる。

なんだ?

憑依、したのか?


「行くで?」


と、脳に直接語りかけてくるような、言葉。

途端、『綾』に込める魔素が膨れ上がった。


「なんだ!?何をした!?」


丁寧に魔素を探ると⸻これは?

『綾』を通過する魔素がゴーストを介することで増幅しているのか?


弓のつるの重さが段違いに重くなった。

耐えきれず手を離すと、そこから勢いよく矢が射出される!


ズドォン!


一本の流星がまるで初めからそこにあったかの様に、遠方のゴブリンに命中する。

その威力たるや。


その分体内魔素をごっそり持っていかれたが。

ゴブリンの体躯を貫通し、胸にぽっかり穴が空いた死体の出来上がり。


貫通した矢は減衰するどころか、ダンジョンの壁に突き刺さりがらがらと崩落を促した。


「っ!ぐぅ!」


俺のうめき声に合わせて、『綾』が自動的に魔素を充填、矢を番えるまでを行っていく。


強制的に魔素を吸い上げる感覚⸻は、貧血時に急に立ち上がった時に近い。

しかし⸻


俺の魔素を通して自動装填!?

まるで弓が意思を持ったみたいだ!


「そうや、この弓はウチ自身。見える姿は幻。その本質は魂の根源。それがゴーストや」


弓が意思を持って動き、俺は意思を持って矢を放つだけで、残り二匹のゴブリンは物言わぬ死体になった。


なんつう力技⸻吸われた魔素の分だけふらつき片膝をつく。


まるでゴーストというAIサポートが搭載された、自動装填自動エイムの弓、みたいな。


もともと高スペックの『綾』が、兵器になってしまった。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


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