2 ⭐︎従魔契約
一晩、野営することになった。
俺の傷を推し量ってのことだという事は、言葉にされずともわかった。
出血はないが肩の傷が疼くように痛む。
「魔素が乱れているな」
ラルスさんが傷口に塩を塗り込みながら言う。
沁みるような痛みに涙が滲む。
「魔素、ですか?」
「稀人には聞き馴染みがないものか」
万物の構成要素だ、とラルスさんは短く続ける。
「万物の……」
そう言われてもピンとこないが、要は魔法的ななんやかんやだと、俺は現代日本人の妄想力で補完してそれ以上は聞かなかった。
いずれ、詳しく聞くこともあるだろう。
「治癒の魔素を肩に満たした。先程飲んだ薬効が効いて朝には痛みは引いてるだろう」
「本当にありがとうございます、ラルスさん。どう感謝すればいいやら」
何も言わずに、ラルスさんは煙草に火をつけた。
⸻煙草。
この世界にも、あるのか。
離れた場所で座る子狼が少し顔を上げて、またすぐに伏せた。
臭いが気になるのかもしれない。
「煙草吸うんですねラルスさん」
「たろーの世界では珍しいのか?」
「いえ、ただ身体に悪いので倦厭されています」
ふと、ラルスさんが首を傾げた。
「身体に悪い?」
「えぇ。煙を体内に入れるわけですから」
「……そうか。この世界のものとは随分違うのだな」
違う?
煙草⸻草に紙を巻いたものの先端に火をつけ煙を吸う、のは同じはずにみえるが。
この世界は不健康の象徴ではないのか。
「魔草煙草と言ってな、体内の魔素の巡りを良くする効能があると言われている。実際魔素活性化のために愛飲する喫煙家も多い」
「へぇ」
こんなところにも異世界を感じて、俺は本当に稀人なんだと再度認識する。
今までの常識は一切通用しない。
覚悟が、腹の奥から込み上げるようだ。
「吸ってみるか?」
ラルスさんが差し出した一本を手に取る。
まずそれだけを鼻先に持っていき嗅ぐ。
燻した草の匂いに混じって、少し清涼感のあるミント臭に近いもの。
先端を少しだけほぐして咥える。
フィルターはない。
紙が唇に張り付くほど水気が奪われる。
「……ッスーッ」
いきなり肺に入れる事はしない。
数回口の中で煙を転がして、外気と一緒に少しづつ吸い込む。
喉を焼く燻製臭と煙の苦味の中に、高級感があるほんのりとした甘みが鼻から抜けていく。
「ん、うまい」
異世界に来てまで喫煙するとは思わなかったが、悪くはなかった。
いや、むしろ。
身体に何かが満ちていくような錯覚さえある。
これが、魔素、なのか?
現世で社畜だった俺は極度のヘビースモーカーだった。
吸う、という行為自体がストレス発散の手段だったからか、味にこだわりはなかったが。
美味かった。
傍で子狼が尻尾を左右に揺らしていた。
いつのまにか傷の痛みは気にならなくなっていた。
◇◇◇
「そのスノーウルフ、どうするつもりだ?」
二人で煙草を吹かしている時に、ラルスさんが唐突に尋ねた。
ふーっと吐く煙が空に消えていく。
夜の空は紫がかった紺色。
朝は緑だった。昼は青。
「どうするもなにも、明日は我が身ですから。親を看取った手前、できる限りは面倒を見るつもりではありますが」
言葉を選びつつ、俺はそう言った。
最後の一口を吸ったラルスさんが、吸い殻を焚き火に放り入れるのをみて、俺もそれに倣う。
「名は、つけるのか?」
「名前?ですか?」
「名付けは従魔の契約、受け入れられればあの狼はたろーの従魔になる」
また、新しい言葉だ。
従魔の契約。
矢継ぎ早に現れる異世界語録に頭はパンク寸前である。
「名をつければ、俺が主人になる、ということですか」
「そうだ。魔獣がそれを受け入れれば、だが」
いつのまにか、子狼が傍に来ていて俺の膝に頭を乗せていた。
可愛い。
軽く頭を撫でてみる。
眼を細めて喉の奥を鳴らす。
猫みてぇ。
「名前、欲しいのか?」
子狼の耳がピクリと動いた。
片目だけをあけて、こちらの様子を伺う。
よし。
「ラルスさん、やり方を教えてもらえますか?」
「やるんだな?たろー」
数巡、空白があった。
覚悟を決めて俺は頷く。
「……はい」
「相手の魂を意識しながらその繋がりを保つように、名を言祝ぐだけでいい。あとは魔素が一人と一匹を繋げてくれる」
「魂……繋がり」
いつのまにか風が止んで鳥の声が響いていた。
篝火が爆ぜる音に被さって、音楽のようにも聞こえる。
俺は眼を閉じて、撫でる子狼に意識を向ける。
指先に伝わる毛足の長い毛並みのさらさらとした質感の奥に、熱があるような気がする。
「お前の、名前は」
先程の喫煙の際に感じた何かの充足が、手指を通り狼に流れていく感覚。
不思議な感触だった。
痺れるような錯覚と、暖かみの矛盾。
「“グレイス”、今日からお前は“グレイス”だ」
かっと指に熱が移ったかと思うと、それが狼に伝わり奥の熱へと絡まった。
直感的に受け入れられた、と感じる。
⸻これが従魔の契約。
身体が熱を帯びたように気怠い。
インフルエンザに罹った時に似ている。
熱で重い身体なのに、妙にクリアな意識とのギャップ。
グレイスが心配そうな顔でこちらを見ていた。
ほんの僅かながら、グレイスの感情を受信したことに俺は驚いた。
「見事だな、たろー。初めてにしては上出来だ」
「ラルスさん、今ので良かったんですか?」
ラルスさんは煙草を一本差し出しながら、微笑んだ。
「吸え。落ち着く」
「……いただきます」
煙草に火をつけた時に、グレイスの感情を再度受信した。
煙の匂いが好ましいらしい。
◇◇◇
夢を見た。
最初からこれは夢だ、とわかった。
真っ白な世界に、グレイスと俺がいる。
「……まさかの、ここでのチュートリアルか?」
そうとしか思えない神々しさ。
神の広場、みたいな。
名付けるのならばそんな所。
荘厳な石造りの噴水には円形のアーチが備え付けてある。
清潔そうな水、石柱を伝うツタがキラキラと輝く。
「せいかーい」
「ん?」
振り返ると身の丈三メートルほどの女性。
いや、たぶん女神。
そして上半身だけで、下は透けて消えている。
「こういうのって最初にやるものじゃないんですか?」
「それがそうもいかないのよねー」
髪の毛を弄り回しながらなんの責任も感じてなさそうに、女神は言う。
俺はため息を一つ吐いて、気を改めた。
足元でグレイスが大丈夫?というニュアンスの思念を飛ばしている。
大丈夫、という意図を込めて頭を撫でてやると嬉しそうに尻尾を揺らした。
「それで、これが異世界転生のテンプレ展開なら、説明してくれるんですよね?」
「あら、素敵な使い勝手のいい言葉ね、“テンプレ”。読者諸君に説明の手間が省けるわ」
いちいち腹正しい言動だ。
読者?メタ的な発言。
ここがなろう小説の中とでも言いたげな言葉。
異世界に転生したのは事実だ。
死にかけもしたが、同時にグレイスに出会って素敵な一服も体験できた。
悪い事ばかりじゃない、が。
「貴女は?」
「女神よぉ。邪神だけどねぇ」
ウルスラと名乗る女神、もとい邪神。
豊満な肉体に緩くかかるトーガが優雅さを表している。
ギリシア神話に出てきそうな荘厳な格好。
美しい、が、それが怖い。
「なんの目的があって俺が?」
異世界に転生したのか、と俺は問いただす。
それを知ってどうこうするつもりはない、が。
知っていてもいいことではないか。
「うふ、それはまぁ、んー」
歯切れの悪そうな邪神もとい女神ウルスラ。
腹立つ。
「文字数の制限でここでは、ね。それは次回に回すとして今回は一つだけ」
不穏な言葉が響いた。
文字数制限?
「たろーちゃん、貴方が魔素に触れたことがトリガーなのよ。ここに呼び出せる要項が出揃った」
いちいちメタ臭い言葉回しにイラッとする。
チュートリアルにしては不親切な設計だな。
「そんなに怒らないでよぉ。貴方がこの世界に来ただけで、半分の目的は達成しているのよぉ」
そういって彼女は、異世界転生について語り始めた。
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