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22 キングブル討伐戦-1

22



夏が過ぎて秋の色が濃くなってきている。

住居を移して三ヶ月が経ち、茹だるような暑さはなりを潜めて、代わりに金木犀の香りに似たものがヘイルニルの街を包んでいる。


武器が出来る一週間も、ただ座して待っていた訳ではない。

拠点にある謎の地下室⸻第三階位魔法でもびくともしない⸻でキングブル対策に魔法開発に勤しんでいた。


複数属性の魔素が『そのままの形で』満ちる特殊な空間はむしろ、俺の魔素特性“混ざる黒”の運用実験には打って付けの場所になっていた。


特殊な条件下、例えば雨の日でしか使えなかった水と土の複合魔法『沼』も、ここであれば調整し放題。


「ご主人様、如何なさるおつもりでしょうか」


アンナが期待の目を向けてこちらに問いかける。

グレイスが楽しそうに氷の魔素を展開して駆け回り遊んでいた。


「まぁ、キングブルの魔物図鑑に目を通したけれど、前評判通り猪突猛進型なのは間違いなさそうだな」


巨大な猛牛の挿絵と共に、人間に気づくと突進を繰り返してくる、という記述があったことを思い出す。


「あの新武器をどう振えば?」


と、アンナも前のめりに聞いてくる。

最近やりすぎで俺に咎められてばかりだからな。

役に立てるのが嬉しいらしい。


「完成品を見てみないとどうとも。だが、俺の意図通りならアンナは難しいことを考えなくても大丈夫だよ」


アンナは過去の封印の影響からか、複雑な魔素展開や大規模な魔素出力が行えない。

そのかわり、魔闘術⸻つまり魔素を纏って戦う天才だ。


自ずとその役割は決まってくる、な。


その後自然と戦術の話に発展する。


「依頼までには『沼』を完成させるとして、それ以外だな」

「左様でございますね。グレイスは索敵に専念するとして、私が前衛、は確定でしょうか」


それだ。


「いや、そろそろグレイスにも仕事を増やす」


いつのにか膝に纏わりついていたグレイスの頭を撫でてやる。

言葉が発せなくとも俺たちの会話は理解、しているらしい。


「キングブルは幸い直線的な突進を繰り返すようだ」


その性質から、動線の誘導がしやすい、と俺は踏んでいる。


「俺の『沼』は発動時間に難がある。それはあらかじめ展開しておくことで解決するとして、そこに猛牛を“釣る”」


有利地形は自分たちで拵えて、その場所まで釣り上げることで危険を減らす、ということになるか。

そのため“釣り役”を担うのが⸻


「グレイス、頼めるか?」


任せて!とグレイスの自信に満ちた思念が返ってきて、俺はうなづいて再び頭を撫でてやる。

頼もしい相棒だ。


「では私は釣り上げた猛牛を仕留める役、でございますね」


察しが早くて助かる。

相手の機動力を塞いだ上でなら、アンナの超破壊も指向性を与えて部位破壊へ集中させることもできるかも知れない。


「気になる部分は?」


「ございません。流石ご主人様と感銘しております」


よし、天命を待つとしようか。



◇◇◇


受け取ったアンナの新武器は正に“鉄塊”というに相応しい鈍い赤黒い大斧だった。

正確に言うには鉄でもないらしいが、それでもその破壊的な無骨さは殺傷能力の高さを表している。


「これが私の新たな武器……」


アンナが受け取ると不思議と調和の取れた姿になった。

魔族のメイドが携える破壊の象徴。


それを俺は美しいとさえ思った。


「ありがとうございます、イメージ通りです」


「へっ、当たり前だこの野郎。バリス銀とミスリルの合成金属。注文通り『重くてしなやか』な大斧だ」


刃は潰してある。

意匠としてハンマーに近い、か。


「柄の部分はミスリルが多く含む。硬く取り回しの力をダイレクトに先端を伝えてくれる。そして穂先は柔らかく魔素伝達効率が高いバリス銀が多い。外に向けてミスリルの分量を増やす事で、衝撃を後ろに逃す役割を担っている」


要は力伝導率が悪い、とそういうことだ。

力が分散する仕様とも言える。


「なぜこのような仕様に」


「それは兄ちゃんから直接聞きな、考えることがクレイジーだぜお前の主人は」



表面は硬く衝撃を逃がさず受け止める。

内部はしなやかで、その衝撃を圧縮して送り込む。


「つまり、内部だけに衝撃を伝える?」


御名答、と俺は頷く。

魔物の身体を水分と仮定して、表面を叩き内部に衝撃を伝える。

硬い部分で衝撃を受け止め、柔らかい部分で溜めて波立たせて伝えるって感じかな。


「アンナの魔闘術と合わされば衝撃の波形はより短いものになるだろう」


伝播のカラクリはその波長の短さにある。

それがアンナの天才的な魔闘術と合わさった瞬発力であれば。


試しにアンナが試し切りの木人形を叩くと、“表面がひび割れて反対側が爆ぜた”。


「物騒なこと考えるこった」


親父が呆れたように自分の作品をまじまじと眺める。

満足そうな表情が仕事の質の高さを表している。


「不思議な感触ですわね。斧なのに、切るというよりは叩く、というような」


アンナが首を傾げて、しかし確信を持って頷いた。

よし、これで剥ぎ取り素材の欠損率は改善したな。


「素晴らしい仕事でした、親方」

「はっ!ちったぁ楽しめたぜ」


言葉の割に嬉しそうな親父を見て自然と顔が綻ぶ。

なんだろう、なんかワクワクしてきたな!


「名はなんとする?」

「ん?名前、ですか?」


良い武器には銘を打つという。

名前、名前かぁ。


「アンナ、何か案は?」


「誠悦ながらとびきりの案がありますわ。その名も『 たろー様万歳斧』」

「却下」


他にも『たろー様愛してる斧』なども……なんてのたまうアンナは無視。

せっかくだ、親父につけてもらおうか。


「俺か?そうだなぁ……『波濤はとう』なんてどうだ?」


荒れ狂う海の波、か。

悪くない。


「ありがたく頂きます」

「代金はまけといてやる。その代わり使用感や改善点を報告しにこい」


俺の背中を押すような、親父の言葉。

是非もない。


「いいんですか?」

「かまいやしねぇよ。それにこんなアホな代物、気になって仕事が手につかねぇよ。いいか、絶対報告しにこいよ?」


ランクアップの為の出費と割り切ってはいたが、思わぬ恩恵だ。

なにより、職人街の腕利きとの縁。

これはなにものにも変えがたい。


いざ。

猛牛狩りだ。


◇◇◇


魔装都市ヘイルニルの南西、ルニル高原。

俺がこの世界に来た時に彷徨った草原だ。

その傍を走る、一台の魔導列車の中に俺たちはいた。


キングブルの生息地はルニル高原の更に西、デルヴァンド魔山の麓に広がる大湿地帯にある。


「これがデルヴァンド大湿地帯」


ルニル高原から吹く魔素を多分に含んだ風が魔山にぶつかることで出来る、魔素乱気流が大量の雨を降らして形成されるらしい。


地理学的なことはわからんが、要はとんでも大湿地、だと俺は認識しているが。

魔素を含む雨で土壌は豊穣であり、魔草や魔樹の恩恵を受けようと多様な生き物が生息するのだとか。


「確かに、湿気の匂いがすごいな」


車窓から望む湿地帯からは湿り気を帯びた樹木の香りがこれでもかと鼻腔を刺激する。

俺は窓に向けて煙草の煙を一息吐いた。


「ご主人様、グレイスが警戒を示していますね」


臭いに機敏なスノーウルフには、多様な生物の痕跡が如実にわかるらしい。

既にキングブルの匂いは記憶してもらっている。


「しかし……アンナ、お前湿地帯に行こうとしているのにその格好か?」


アンナは寡聞に漏れずメイド服である。


「私はご主人様のメイドですから」


たまにでるようわからん理屈のやつ。

こいつ、メイドだからという理由で全て片付くと思っとらんか?


「いや、単純に危ないだろう」


「っ!ん、んふぅ♡!ご、ごしゅじんしゃまが私のご心配をぉ♡」


藪蛇だったらしい。

湿地帯だけに。

……うるせぇな俺だって面白いと思ってねぇ。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


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