23 キングブル討伐戦-2
23
魔導列車の移動を終えて徒歩二十分程か。
茂みがいよいよ膝の高さを超え始めた。
自然が深くなるにつれて野鳥や両生類の鳴く声が大きくなり始めている。
大湿地はいよいよその劣悪な環境を冒険者に振るいはじめている。
一歩一歩がぬかるんで足が取られる。
草を掻き分ける際に指を切る。
一挙手一投足が冒険の本質を撫でる。
「聞きしに勝る環境だ、な」
キングブル討伐の難度を上げているのはこの湿地帯であることも挙げられる。
備えぬ者は冒険者ではない。
俺はポケットから魔草煙草を取り出し火をつけた。
湿気を含んだ煙草特有の臭いと、煙の苦味が鼻腔を焼く。
四肢に漲る熱が魔素の巡りを良くしていることを報せる。
俺は風と水の魔素を混ぜ合わせ氷の魔素を展開した。
「ぬかるむ大地を凍らせて固めるとは、ご主人様、流石です」
いわば水と土の複合魔法『沼』の応用だな。
『霜』とでも名付けるか。
「足場が固まるかわりに滑りやすくなる。アンナ、気をつけてくれ」
注意を促すとアンナも振り返り肯定の意を示して頷いた。
ここは魔獣のテリトリー、気をつけるに越したことはない。
グレイスが見様見真似で、俺の『霜』を模倣し氷の魔素を展開した。
そのスムーズさたるや。
もともとスノーウルフであるグレイスの適正は氷だったな。
さもあらん、か。
「グレイス、真似ただけで出来るのか?」
肯定の思念伝達。
よし。
自前で機動力が確保できるのであれば、“釣り”作戦の成功率は跳ね上がるだろう。
そろそろ狩場が近いことを報せる為か、グレイスが小さく低く唸った。
そのまま彼方へ滑るように駆け出すグレイスを見送り、俺は俺の仕事に専念する。
「アンナ、『沼』と『霜』の用意で俺は集中する。グレイスは釣りに出た。警戒を頼む」
実は戦略時点でこのタイミングが一番危険である、と俺は踏んでいた。
索敵役の不在、に加えて俺が周囲に注意を払うリソースが無くなる。
パーティの安全はアンナにかかっていると言っていい。
「お任せ下さい。この場面であれば本気でいけます。ご主人様には指一本も触れさせません」
キングブルは剥ぎ取り領域の確保のために戦術行動を余儀なくされるが、今は全開で戦ってもいいということか。
その覚悟がアンナの双肩から迸る。
気合いに当てられてこちらも奮起する、のは危険だ。
クレバーに、冷静に。
アンナは熱くていい。
俺は“混ざる黒”だ。
紅と白をどう使うかが俺の役割と心得る。
遠くでドォン!という硬い何かが何かとぶつかる音。
⸻始まった。
グレイスがキングブルを釣り出し、突進を交わした際の光景を思い浮かべる。
徐々に近づく衝突音。
樹木が倒れるメキメキといった音がそれに続く。
「……想定より早い!」
まだ『沼』はキングブルの体躯全てを呑み込むまでは展開しきっていない。
一際大きな地鳴り。
それと同時に、白灰の狼が巨大な猛牛に追われているところを視界の端で捉えた⸻
◇◇◇
地響きと共に、視界を埋め尽くす巨体が迫る。
「っ!デカすぎる!」
おおよそ牛とは呼べないその巨軀が、樹木を薙ぎ倒し、グレイスに追い縋る。
「ちぃ!」
俺は足元に渦巻く魔素を凝視した。
本来ならあと十秒必要だ。だが、キングブルの突進速度はそれを待ってくれない。
ならば⸻。
「グレイス!」
叫びに応えてグレイスが吠えた。
急展開で氷の魔素を展開し、キングブルの足元が凍る。
圧倒的な体躯=その足にかかる荷重の大きさ。
走る軸足を滑らせ大きく転倒。
飛沫と土の爆ぜる勢いがその重さを表している。
「よくやったグレイス!充分だ!」
仕事に「完璧」なんて存在しない。
あるのは、狂ったスケジュールを現場の熱量でどうねじ伏せるか、それだけだ。
グレイスは十全に仕事をこなした。
釣りに加えて時間を稼ぐ。
これに応えなければ、男じゃねえだろ!
「アンナ、くるぞ!」
『沼』の展開は不十分。
だがグレイスの稼いだ時間があれば⸻
体勢を整えた猛牛の再度の突進は、今度はグレイスに向かっていない。
来る、と思った瞬間から時間が引き延ばされたように遅く感じる。
ぬるりと『沼』に片足を突っ込んでたたらを踏む猛牛。
が、わずかに浅い。
しかしここはもう狩場だクソが!
膝の関節まで浸かったが、重心をずらして踏みとどまるキングブルに向けて、俺はありったけの魔素を込めて展開した。
「うるぅぁああ!!」
珍しい咆哮は誰のものか。
気づけば喉が震えていた。
放電する雷が湿地を伝い、沼に向けて走っていく。
電力が不十分なのはわかっている!
だが!
「ご主人様とグレイスが稼いだ二秒が、私たちの勝因です……!」
砲弾の速度で跳躍するアンナの声が、戦闘中にも関わらず凛と響いた。
身体を痺れさせて硬直する猛牛の角に、アンナの渾身の『波濤』が吸い込まれるように直撃した。
◇◇◇
キングブルの発達した顎から衝撃が突き抜けるのを俺は確かに見た。
『波濤』が当たった場所は人の腰程はあろうかというほどの太い角。
アンナが着地してから、二秒、いや三秒ほど、静寂が流れた。
それからゆっくりと倒れる巨体。
ズドンと地面が波打つ音と、放電音が重なる。
「やったか?」
見ると確かに白濁した眼からの流血。
それが如実に“内部の破壊”を物語っていた。
頭部の角を見る。
『波濤』が直撃した片方は残念ながらひび割れていたが。
二本の生える一本は無事。
⸻討伐証明の確保を、確認。
「やりましたわね、ご主人様」
あぁ、やった。
充足感と共に腰が抜ける。
丁寧に計画した戦術も、最後はアドリブで乗り切った。
しかしその高揚が心地よい。
「随分な綱渡りだった。次はもっと上手くやらないとな」
勝ったそばから課題が気になるのは、もはや病気の一種かもしれない、と俺は自嘲気味に笑った。
傍に寄ってきたグレイスが俺の頬を舐めた。
「よくやってくれたよ、グレイス。今回はお前がMVPだ」
MVPってなに?とグレイスが思念を飛ばしてくる。
自然と笑みが溢れた。
「アンナもご苦労様。最高のタイミングだった」
「ご主人様とグレイスが用意してくれたメインディッシュでしたから」
跳ねた泥を感じさせない完璧なカーテシー。
泥だらけのはずなのに、メイド服の威力たるや。
なるほど、これがメイドか。
足を投げ出して楽な姿勢を取る。
一度に多くの魔素を消費しすぎた反動で、こめかみが脈打つ様に痛む。
「ご主人様、大丈夫ですか?」
アンナが心配して魔草煙草を差し出してくれるが、俺はやんわり断る。
その痛みがいい。
「心配ない。少し疲れただけや」
ふふっ、とアンナが含む様に笑った。
背中に手を当てて魔闘術で俺を包んでくれる。
「ご主人様のその方言は、気を抜かれた時にでるのですね」
濁った体内の魔素の巡りが、アンナの魔闘術で良くなっていくのを感じた。
これは⸻魔素の気脈を整えてくれているのか。
ほんと、こいつは。
よく出来たメイドだよ。
魔素がからっきしになった俺はもはやお荷物である。
もう一つの大きな荷物⸻キングブルの死体は明らかに絵がおかしいことになっているが、アンナが片手で担いでいる。
物理法則どこいった。
いや、ここは異世界か。
しかし、これ魔導列車に乗るのか。
「そこはギルドでお伺いしました。定期連絡便で、冒険者の狩猟成果専用の列車が運んでくれるとのことです」
アンナのこの秘書っぷりには純粋に舌を巻く。
最近俺はキングブル対策と湿地対策でいっぱいだったからな。
「こういう事務作業を担ってくれてるのは本当に助かる、アンナ。いつもありがとう」
「っ!んぅ!!!♡」
ピクピクと悶えるもいつもの変態発言が無いのは、未だ湿地を抜けていないからか。
俺たちはどちらとも無く笑いあった。
魔導列車ターミナルが見えてきたからだ。
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