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20 理由⭐︎

20



引っ越しから一週間が経った。

⸻と振り返れる程には身の回りがやっと落ち着いた。


とかく鍵を受け取ってからはバタバタだったな。

家具も何もない部屋に入るなりアンナが瞳に炎を宿して掃除を始めたり、それに付き合わされるカインさんとセリアさんだったり。


掃除が終わった途端に注文していた家具が殺到しててんやんやになったことも。

グレイスだけが一匹楽しそうに駆け回っていたのも、もはや懐かしい。


新生活は思っていたより快適だった。

ダンジョン産の石材を建材に使用していて、魔素が満ちる家だという前評判だったが。

仕様から生活魔法を気軽に使うことは出来なかったが、それだって魔素コントロールの練度の為と思うとそこまで苦でもない。


アンナに至っては妙に肌艶が増してきた。

なるほど、従魔に取っては快適な環境というのも頷ける。

アンナが色気を露骨に振り撒くことさえ無ければ、プラスに働いていると言える。


独立した空間に生活圏を移動してからアンナは好意を隠そうともしなくなった。……いや元からしてなかったか。

嫌に増してきた、とも言える。

朝目覚めたらベットで隣にいた時は死ぬかと思った。

……理性とか、色々な意味で。


ある夜、何気ない会話からその事に言及したことがある。


「アンナ、不躾になるかも知らんが聞いてもいいか?」


「もちろんでございます」

不躾などあるはずもない、という法外な肯定を込めてアンナがこちらを向き直る。


「その、なんだ。……んー、まぁなというか、あれだ。どうして、その、俺のことを?」


いざ疑問を口にすると恥ずかしさが込み上げる。

しどろもどろ、とはこんな状況なんだろうな。


「お慕いしているか、という事でございますか?」


そして返球はど真ん中ストレート。

照れていた俺が馬鹿みたいじゃねえか。


「過分な評価だ、と思うことはある」


過分など、とアンナは悲しそうな表情をする。


「そうですね……これからご主人様との奉仕生活をする上でご説明差し上げなければと思っておりました」


話が長くなることの合図なのだろうか。

アンナはコンロでポットに火をかけ茶を淹れだす。

グレイスが立ち昇るコーヒーの香りに顔を上げてすぐにまた丸まった。


「ご主人様が魔王城で目覚めて従魔契約に至った時の事を覚えてらっしゃいますでしょうか」


忘れるはずもない。

アンナに名付け……いやアンナが名乗って俺が名付けしたことになって、無理矢理従魔契約に至った。


「あの時にもご主人様はなぜ俺なんかに従魔契約を、とお尋ねになられました」


当然の帰結にある様に思う。

ダンジョン崩落で死にかけて、魔族のメイドに助けられて従魔になってもらう、など。

ご都合主義と取られても致し方あるまい。


「その時に私はこう申し上げました」


『ご主人様がこの世界におられる、その事だけで理由の半分を満たしますわ』

と、アンナがそう言った事を覚えている。

それがどこかで誰かが言った台詞に似ていることも。


「ご主人様は、稀人であられます」


ふと、話が飛躍した様な気がするが、俺は何も言わずに頷く。

稀人⸻異世界からこの世界に来たる異邦人。


「ご主人様と邂逅する三週間程前に、私を縛る封印が急に解けたのです」


アンナと出会う三週間前?

俺が……異世界に来たタイミングと重なる。


「というかアンナ封印なんてされていたのか」


「はい。魔王城から永劫出られぬ魔素の鎖」


それで、五十年もの間魔王城で一人で。

今まで謎だったピースが、カチリ、カチリとハマっていく音がする。


「ご主人様とお会いした時悟ったのです。この方は稀人だ、と。そして⸻ご主人様の異世界転生がキッカケで私に絡まった鎖が解けたのだ、と」


アンナはまるでそこに鎖があったかのように、自分の手首を摩った。

俺は震える手で煙草に火をつけた。


「ご主人様。稀人がこの地に墜ちる際、世界には修復できぬほどの『穴』が開くと聞きます。……その衝撃は凄まじく、かつて神々が施した古い封印や、強大な魔物を縛る鎖さえも、余波で砕いてしまうほどに」


頭が痛む。

魔素酔いに似ている。


「……あの日、魔王城を揺るがした衝撃。あれは世界が悲鳴を上げた音ではなく、私にとっては、自由を告げる鐘の音だったのですわ」


冷静になるために、意識してアンナが淹れてくれたコーヒーを飲んだ。

喉を伝う苦味が、俺の脳の機能していない部分をガンガンと殴る。


起きろ。もっと良く見ろ、とそう言っている様でもある。


「少し整理するぞ。俺の転生が、世界に穴を開けた。その時に生じる余波が、アンナの封印を解いた。だからアンナは俺に仕える⸻いやこの言い方は卑怯か。俺を慕う理由になっている、ということやな」


もう、眼を逸らすことは許されそうにないな。

五十年の孤独を解いたトリガーが俺であるならば。


……もちろん、俺だって受動的に異世界に転生してきた。

それが俺じゃなかったら、アンナは俺じゃない稀人の従魔になったってことだ。


「⸻それが俺で良かった、と俺にはそうとしか言えんな」


それが俺に取っての精一杯の告白だった。


俺の「告白」を聞いたアンナは、一瞬だけ目を見開き、それから。

蕩けるような、それでいて今までで一番清らかな笑顔を浮かべた。


「……はい。私も、あなた様がご主人様で、本当に……」


言葉の続きは、夜の静寂に吸い込まれていった。

だが、繋がれた手のひらから伝わる熱だけで、十分だった。


◇◇◇



あるいは。

聞かない方が良かったのかもしれない。

が、聞いて良かったとも思う。


アンナの孤独は計り知れない。

人生百年時代を地球で生きた俺にとって、その半生である五十年という時は歴史に近い。


その悠久の時を、アンナは一人で広大な城のなかで過ごした。

それが解放された時の想いとは。

人である俺などには分かり得ないものだろう。


その忠誠心と恋慕の境目がわからなくなった情景にあてられて、曖昧な態度にいる俺は卑怯者だ。

最初から、アンナの態度は変わらないのに。


「それを重荷に思われる必要はないのです、ご主人様」


とアンナは言う。

その言葉が、胸の奥の生傷を撫でる。


「アンナはご主人様に名を頂いた時に再度産まれたのです。その忠誠と愛は永劫変わらず、たろー様。貴方様に捧げますわ」


そっと、俺はアンナの頭を抱いた。

角の硬さを胸で感じる。


夏の夜が二人の距離を詰めた。

と、今はそう思いたい。


明日なればきっと。

元通り馬鹿な話しで笑える二人になっていると思うから。


◇◇◇


夢を見ていた。

眠った瞬間にわかった。

これは夢だ、と。


背景に伸びる白い壁。

ゴシック調のアーチには蔦が絡まり、所々に欠けている。


豪華な噴水があって、そこから湧き出す水は濁った黒だ。

まるで様々な色を混ぜ合わせた様な、黒。


「くそ女神、また呼び出しかい」


夢の中だけ蘇る記憶のおかしな感触にも慣れた。

靄が突然晴れていく様な覚醒。

夢の中にあって覚醒とは、矛盾したもの言いだが。


「おかえりぃ、たろーちゃーん。どう?世界の核心に触れた感想は?」


アンナの封印の事を言っている事には察しがついた。

これがお前の言いたかった理由の半分、っつうやつか?


「半分、は正解よぉ。世界の欠損した魔素の拡充。『穴』が形勢されたことによる余波」


アンナは予兆に過ぎないわぁ、と続くウルスラの眠たい声。


「これからダンジョンは不安定になり、鎖に繋がれた魔族が解き放たれ、混沌の時代がくるわぁ」


「それがお前の目的か、くそ女神」


「それも、半分ね。伏線は多いに越したことはないでしょう?」


どこまで本当かわからない、ふざけた態度。

メタ的な発言は、一体誰に向けた言葉なのか。


「半分、半分て、二分の一が半分なら四分の一やないか。どこまでが本質なんや」


そこまで言って、ウルスラが邪悪な笑みを浮かべた。

誠の邪神が、顕現したような怖気。


「そうよぉ、半分、それをもう半分。それをまた二つに割って、さらに二つ。

その最小単位がたろー、貴方なのぉ」


訳がわからん、が鳥肌が止まらなかった。

神の視点など想像もつかないが、これだけは言えた。


お前は邪神や、ウルスラ。




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