19 手打ち
19
⸻無事で良かった。
走馬灯が脳裏に浮かぶのは仕方ないことだ。
ダンジョン崩落で死にかけた。
その原因となる人物が目の前にいるのだ。
「まずは無事でなによりです。カインさん、セリアさん」
それは心からの言葉だった。
本当に、良かった。
「たろーさんの入念な準備のお陰です」
セリアさんはもう泣き出していた。
無理もない。
俺の生存自体は聞いていたはずだ。
だがそれでも、臨時とはいえパーティメンバーの一人が崩落に巻き込まれたとは。
責任を感じなければ人ではない。
「たろーさんの撒いて下さっていた光草の種を辿ることで、我々の帰還自体は安易でした。そしてギルドにダンジョン崩落の顛末を」
その報告自体はレンさんやガルドさんからも聞いていた。
そこにグレイスの単騎帰還が重なって、俺の探索隊の編成となるわけか。
「本当に申し訳ないことを致しました。結果が無事だっただけです。この謝罪は人生をかけて」
カインさんも神妙な面持ちである。
直接の崩落の引き金を引いた張本人でもある。
しかし。
「まず言っておく事が。この件に関して二人を責めるつもりも謝罪を求めるつもりもありません。」
冒険者という職業を選んだ時点で、アクシデントは内包される覚悟がなければならない。
その責任を二人に問うのは違う気がする。
「結果として俺は助かりましたし、利益も得ました」
あえてそのことに触れておく。
免罪符のつもりではない。
いつかレンさんが言っていたな。
命と利益を天秤にかけなければ冒険者はやっていけない。
「二人が責任を感じる必要はありません。ギルドの見解としても事故の面が強いようですし」
実際、今日に至るまでダンジョンの運営でその様な危険な事例が無かったわけでもないが。
それでも稀有なパターンであることは明白である。
「ですので、頭を上げてください」
俺がそう言うまで二人は頭を下げ続けていた。
その人柄自体は俺は好ましく思っている。
「ですが……」
顔を上げはしたが、まだ納得はできない様子だ。
そんな罪の意識の払拭に付き合うほど俺は大人でもない。
「ではこうしましょう。お二人とも明日は暇はありますか?」
「はぁ、明日は依頼をこなすつもりでしたが、特に火急の用事というわけではありませんが」
「……実はダンジョン崩落のお陰、というのも変な話ですが家を買うことになりまして。明日はその引っ越しになるんです」
要は、それを手伝え。それで手打ちだ、とそういうことだ。
「どうですか?二人には労働力として対価を払っていただく。俺は人手が確保できて助かる。お二人は俺への精算ができる」
落とし所としては、まぁいい線いっているのではないか、と俺は思うが。
「……感謝します」
「喜んで」
二人も俺の配慮を察したのか、首を縦に振ってくれた。
これで貸し借りはなし。
うん、ずいぶんとスッキリしたかな。
「お見事な裁きでしたご主人様」
アンナも笑顔で褒めてくれた。
そうだ、二人にも紹介しないとな。
「紹介するよ、こちらはアンナ」
「ギルドから布告があった方ですね。たろーさんとアンナさんの従魔契約はギルドマスターガルドさんとゴールドランクレンさんの連名で保証する布告がなされていました」
昨日の今日で。
ガルドさんも仕事が早いことだ。
「ご紹介に預かりました。ご主人様のメイドのアンナと申します。以後お見知り置きを」
手本の様なカーテシーにメイド服が揺れる。
下げる頭には、巻き角。
アンナが魔族である証だ。
「ご主人様のベッドテイスティングから夜のお世話まで一手に引き受けております♡今後ご主人様へのアポイントは私をお通しくださませ」
待て待て待てぇい!
なんだそれは!
「は、はぁ」
「よ、夜の、お世話……はわわ!」
「違う!断じて違う!勘違いを煽る様な発言をするなアンナ!そこぉ!二人とも何を勝手に想像しているぅ!俺とアンナはそういう関係ではなぁい!」
レンさんの第三階位魔法よりも、核兵器よりも威力のある爆弾が投下されて、俺の声がギルドに響いた。
カウンターの奥で誰かが吹き出したのが聞こえた。
「ご主人様、お恥ずかしいお気持ちはお察ししますが」
「さも事実の体で話を進めんな!俺が本気で焦っているみたいやないか!」
あっかん!
否定すればするほど本気で俺がメイドに夜伽させてる変態に仕立てあげられてる気がする!
セリアさんが杖で顔を隠して、カインさんが白目を剥いた。
グレイスがなにやら楽しそうな雰囲気に尻尾をブンブンと振っている。
「とにかく!カインさんとセリアさんは明日龍の時刻十二時にギルドに集合してください!以上!解散!」
こうなりゃ三十六計逃げるに如かず。
退散だ退散。
逃げる俺に背後でアンナが嬉しそうに笑う。
「ふふ♡ご主人様、顔が真っ赤でらっしゃいます♡可愛い♡」
くそぉ!
覚えとけよ!
◇◇◇
翌日、約束の「龍の時刻」。
ギルドの前に現れたカインさんとセリアさんは、揃ってひどいクマを作っていた。
「……たろーさん。おはようございます」
「……不潔です。いえ、おはようございます」
こいつら……一晩中何を考えてたんだ。
俺に味方はおらんのか。
必死に事務的なトーンを維持する俺の背後で、アンナがさらに。
「昨夜のご主人様は、シーツの肌触りに大変厳格でらっしゃいました♡」
ぬぐぅ!
こいつ寝具の感想を「夜の営み」に聞こえるように補足しやがった。
カインさんの顔から血の気が引き、セリアさんの杖がガタガタと震える。
「アンナ……。お前、あとでちょっと地下室に来い」
「……ん!んほぉ♡お仕置きですか!?♡地下室で二人きりのお仕置き……! あふん♡」
妄想トリップでビクンビクンと悶えるアンナ。
引っ越し作業が始まる前に、俺の精神的スタミナはすでにゼロになりかけていた。
カインさんの見事な白目だけが陽の光に照らされて縁取られているのが、なんとも物悲しい。
冗談はさておき。
定刻通りにセスタ不動産屋を尋ねると、既にリネンさんが契約書の確認をしてくれていた。
アンナに代読を頼み、契約内容の把握。
契約書は古めかしい羊皮紙、というんだったか、これは。
ほんのりと魔素を感じるな。
「契約が対等だと両者が認めると、魔素により契りが結ばれます。従魔契約と似ていますね」
リネンさんの言葉に納得する。
魔素契約か。
知れば知るほど魔素の成り立ちには謎が深まるばかりだ。
「この契約要項乙ノ第三ですが⸻」
とアンナがリネンさんになにやら確認を取っている。
言葉から察するに、文言の確認かな。
こういう時のアンナは頼りになる。
普段はあれだが。
俺は、といえば。
セスタさんとの商談を終えた時点で最高意思決定は示したものと捉えている。
つまり、経営判断と法務処理は別部署、とそうなるわけだ。
「⸻ご主人様、契約内容に問題はございません」
と、アンナの報告は当然鵜呑みにするしかない。
ここはフェアにいく。
ここで不利な契約を持ちかけるほど、俺の周りの人間は不義理ではない。
「わかった。リネンさん、ここにサインでよろしいですね?」
自分の名前ぐらいの文字は習った。
不恰好だが、それでも直筆に意味があると俺は思っている。
「えぇ、よろしくお願いします」
リネンさんの言葉に羊皮紙が反応して、ぼんやりと光を放ち始めた。
これが、魔素契約か。
「そんなに身構える必要もありませんわ、ご主人様。拘束力はあっても身体に影響を与えるものでもございません。ペナルティは金銭を持ってなされます」
アンナが口頭で説明してくれる契約要項は、つまり譲渡の証明と権利移譲に伴う税責務の発生についてが主だ。
確かに、これならば特に身構える必要もないな。
俺は羊皮紙に魔素を込めてサインを施す。
一瞬羊皮紙が煌めいた。
それだけ、といえばそうではあるが。
「これで契約はお終いです。お疲れ様でした」
リネンさんがそう労ってくれるのを笑顔で応える。
しかし、セスタさんは最後まで現れ無かったな。
少し、残念ではある。
「たろーさんと同じですよ。旦那は昨日の商談で会心の仕事をした。あとは事務作業、『たろーさんと俺との間には蛇足』なんてカッコつけて言ってましたよ」
皮肉るようなリネンさんの表情に、自然と笑いが込み上げた。
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