17 セスタ不動産
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すでにセスタ不動産屋は開店を済まして、物件を探しに来ている客へ向けて門を開いていた。
看板の割に落ち着いた雰囲気の執務室に通されてお茶を頂く。
その行き届いた受付の方の接客に期待が膨らむ。
「どうも、旦那をお尋ねとお伺いしましたが」
やや待っていた所、短髪の女性が応対してくれた。
身のこなしから、冒険者か、それに類する経験のあるものと察する。
物腰は柔らかだが、どこか猛禽類を思わせる鋭さの同居。
「あたしはリネン、セスタの妻だね」
残念ながら主人のセスタは応対中とのこと。
代わりに伴侶のリネンさんが対応してくれる、ということか。
「すみません、アポイントもなく急に尋ねまして」
「かまいやしないよ。ギルマスの紹介とあっては無下にもできやしない」
その一言だけで商人気質な方だとわかる。
「待たせて申し訳ないがね、少し待っててくれるかい?旦那ももうすぐ身体が空くからさ」
繁盛しているのだろう。
なによりである。
「あらかじめ私が要望をまとめて伝えるから、教えてもらえるかい?」
交渉自体はセスタさんに任せて、接客がスムーズに進むようにヒアリングだけはリネンさんが済ますわけか。
商人夫婦の流れる様な連携に舌を巻く。
客を退屈させないだけでなく要望を挙げることで商品への期待値もあがる。
なるほど上手い手だ。
「冒険者を続けていく予定ですので、ギルドやダンジョンへのアクセスがいい場所が理想です。魔導列車のターミナルへの徒歩圏内、が最低条件になるでしょうか」
ふむ、と相槌を打つリネンさん。
続けてどうぞ、という仕草を一つ。
「拠点内に住むのは俺、そこにいるメイドとスノーウルフのグレイスの二人と一匹。パーティの拡充は流動的ですが、広いほうがいいですね」
「となると、アパートメントやマンション型は避けた方がいいでしょうね」
今度はリネンさんの相槌に合わせて俺が頷く番だった。
こちらの意図を瞬時に察して候補を絞る。
この女将できる!
「えぇ。あとキッチンが大きい方がいい。これはアンナの希望です」
俺の紹介に合わせてアンナが腰を折った。
丁寧なお辞儀には気品すら漂う。
言葉もなくこの商談に噛んでいることを示す、良い存在感だ。
「なるほど……と。他にはございますか?」
「今のところ」
と会話が終えた所で奥からリネンさんが呼ばれた。
ナイスタイミングだ。
席を外すのは俺とアンナの相談の時間を確保しようという配慮からだろうか。
「アンナ、他にはあるか?」
「いえ、完璧かと」
そんな短い会話。
頼もしい。
良い感じだ。
◇◇◇
「どうも、お待たせしました。私がセスタ不動産代表のセスタです。お見知り置きを」
やがて現れた冒険者風の男性がそう名乗った。
まず目が引くのは肩からはだけた服装のその先。
これは⸻
「失礼。昔冒険者稼業の時にドラゴンに喰われましてね。以来不便なものです。お見苦しいかと思いますがご勘弁を」
重厚な鋼の、右手の義手が握手を求めていた。
魔導義手。
四肢の欠損を賄う、機械の腕、か。
そうか、それで職人街に不動産屋を。
「こちらこそ失礼な態度を」
こちらの非礼を詫びていた所に、傍のリネンさんが笑った。
「私を庇った際の勲章なんです」
リネン、と短く妻の名前を呼びその先を制するセスタ氏。
「はいはい、自分がミスっただけって言うんでしょ?わかってるって」
手のひらをヒラヒラとさせながらセスタ氏を払うような仕草をするリネンさん。
なんというか。
この一幕だけで信頼できそうな人柄なことだけはわかった。
まぁもともとガルドさんの紹介を疑ってるわけでもなかったが。
「雨の日は少し痛むんです。所作に不躾な所があれば遠慮なく言ってください」
そして、この一言だけで商人としても相当の場を経験していることがわかる。
相手に自分がどう映るのかを正しく理解している。
「いえ、突然の訪問申し訳ないです。時を改めた方がいいのであれば」
「それには及びません。冒険者にとって拠点選びは火急の用事。……しかもそちらのような『訳ありメイド』を従えているとなれば」
アンナの事情にも精通していると見える。
いったい、ガルドさんはどんな紹介状を認めたのやら。
「助かります」
「早速ご紹介に移りましょう。場所を移しますがよろしいですね?」
実際物件を見ながら説明してくれるということだろう。
話が早い。
雨の中の案内で移動が大変かと思っていたが、馬車を用意していてくれたお陰で濡れずに済んだ。
馬車……というか。
竜車といった方が正しいか、これは。
「冒険者の頃に契約した従魔です。今は移動の際に車を引いてもらっています」
思わぬ従魔の再就職先に驚きを隠せない。
確かに、街の中を走ってはいたが。
「引越しの際には荷物運搬もお手伝いさせて頂いてます。小型の竜種ですが、そこらの馬よりは力がありますよ」
なるほど、不動産屋と聞いていたが内情は引越しに伴う業務委託先、というのがイメージとしては近そうなのか。
竜車⸻竜籠というらしい⸻の中は驚くほど揺れが少なく快適そのもので、距離があればうたた寝をしてしまうだろうな。
「ここから東に魔導列車駅が……そうですね、徒歩で十分もないでしょう。西に望めば中規模ですが職人が行き交う露店が並びますので、日用品はそちらで用意できます。飲食店は居酒屋が主ですが、冒険者であればギルド付近で済ます方も多いので、さほど問題もないかと。⸻さぁ、着きました。あちらに見える建物がそうです」
セスタ氏が目の前に望む方向を指差す建物に、一同の視線が集まる。
まず目につくのは絡みついた蔦。
それだけで随分と手入れがなされていない事がわかる。
無骨な、いやむしろ無遠慮とも言えるような角の立った四角。
まるでサイコロを無造作に置いただけのような、巨大な箱。
これか。
と、正直思ってしまう。
「ご主人様、心中お察しします。ですが落胆なさるのは早いかと」
アンナのそんな言葉で気持ちを持ち直す。
……なにか、感じるものがあるのか。
グレイスからもワクワクやドキドキといった思念が飛んで来ている。
あのサイコロに、従魔にしかわからないなにかがある、のか?
「見てくれはあれですが……とりあえず中へどうぞ」
中に招かれて……これは?
⸻魔素が満ちている?
「魔導具研究、及び開発に使われていた国営の施設が安くで競売に出されていたものです。築二十年ほどですか。ですがダンジョン産の石材で堅牢。また“呼吸をするように”魔素を吸ったり吐いたりする性質があるらしいですよ」
「ダンジョン産……」
確かに、どこか魔王城で似た石材を見た気がする。
アンナが言っていたのはこれか。
「従魔には良い環境であることは約束します」
こちらの要望に合わせて、スペシャルな提案。
正直目を見張るプレゼンであると言える。
しかし、そんな良い物件が、なぜ。
「従魔に取って環境がいい、となると引く手数多でしょう。なぜ」
残っているのか、と俺は続く言葉を飲み込んだ。
答えたのはリネンさんだった。
「仕様が厄介でしてね」
仕様。
仕様と言ったか、今。
「住内環境に満ちる魔素に偏りがないんですよ。様々な色がそのまんまで満ちている、とは変な表現ですがね」
セスタ氏が炎の魔素を展開しようとして、指先に魔素を集めたが、発動の寸前で霧散した。
今のは……水の魔素が干渉したのか?
「それが魔導具開発に適した環境だったんですが。どうにもそれに適用できる“人間”が少ない」
もしかして、俺の魔素適正の事を言っているのか。
“混ざる黒”。
全適性だが魔素量が少ない俺の魔素適正。
「ガルドさんの紹介状には冒険者登録証の写しも同封されてましたよ」
ニヤリと笑うセスタ氏とリネンさん。
どうにも。
してやられた感が否めないな。
「ご主人様、この環境であれば複数属性の魔素発動が容易くなります。ご主人様の魔素適正であれば、“オリジナル”の魔法開発にも役立ちそうです」
ハッとさせられる。
例えば、雨の日にしか使えなかった水と土の複合魔法の『沼』も、ここであればその使用に制限はない、のか?
「ご主人様の魔素適正は練度が命です。素早く、的確に、適量で。それが叶う物件なのは間違いありません。」
そっと、アンナが背を押してくれるようだ。
「とはいえ家屋内を詳しくご説明致しますので、ご決断はその後でも。この後も二件程ご紹介予定ですので、それからでも問題ありません」
そう言って家の設備を説明しつつ案内してくれるセスタ氏。
もちろん、測ったようにこちらの要望を叶えている。
「⸻こちらがキッチン。パーティ拡充の際や共闘の際にも大掛かりな食事を提供できる余裕はありますね」
「⸻部屋はたろーさん、アンナさんに個室を当てがっても複数余りがでます。資材置き場や道具管理部屋、用途は多義に渡りますので部屋は多いに越したことはない」
そして目玉はこれ。
「こちら、地下室ですね」
リビングから続く廊下の先にある下階段を降りた部屋が、なんと地下室になっていた。
広いな。
「もちろん壁はダンジョン産ですね。第三階位魔法まで耐えることは確認済みです」
大規模魔法じゃないか。
ここで一体何の研究をしていたのやら。
剣呑な説明はともかく、用途は広い、か。
これは⸻決まりか?
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果たして地下室の使い道は!?
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