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16 宴の後で

16



その日はギルドに併設される簡易宿泊施設に泊まった。

随分と飲んだ。

この世界に来てから酩酊状態になるのははじめてのこと。


窓を開けて夜風に当たりながら吸う煙草の美味さときたら。

何物にも変えられないプレミアムだ。


床でグレイスが丸くなって眠っている。

ヘイルニルの街のどこかでシューっと蒸気を吐き出した音に混じって、虫の声。

夏が近い事の報せか。


「明日は拠点探しだ。希望はあるか?アンナ?」


傍らで衣類を畳んでいたアンナにそう問いかけると、はたとその手の動きを止めてこちらに向き直る。

なんか……嫁……いやなんでもない。


「私など。全てにおいてご主人様のご希望が優先されるべきです」


なんとなくそんな言葉が返ってくる気はしていたから、面映い気持ちになる。

まだ三日と経っていない付き合いだが、随分遠くまで来た気がするな。


「そうは言ってもだな、実際家事などを分担するとして、アンナが占める割合の方が大きくなるだろう」


職務環境(?)を整えるのは雇い主の責務である。

劣悪な環境下での仕事の辛さを、俺は社畜前世の経験から知っている。


「では一つだけ」


とそこまで言ってアンナははじめて希望を口にした。


「キッチンが大きいと嬉しゅうございます」


キッチン。

キッチンかぁ。

確かに今までは俺とグレイスだけだったからほとんど外食で済ませていたが。

家を買うというのはそう言った面もあるわけか。


「配慮する。料理が好きなのか?」

「好きと言うほどでは。しかし魔王城に勤めていたときは多くのメイドを統べる役割を担っておりましたから」


遠いところを眺める眼。

アンナは時折こういう寂しい眼をする。

俺の知らない歴史に想いを馳せているのかもしれない。


「ですので仕える主人に直接手料理を振る舞ったことはほとんどないのです。……その、少し。憧れると言いますか」


意外だった。

俺の中でアンナはパーフェクト変態メイド、と評価していたものだが。

仕える。

この一点において並ならぬこだわりがアンナにはあるらしい。


またすぐ、んほぉ♡とか言って悶えるんだろう、なんて思っていたことを胸中で詫びた。


「ご、ごしゅんじんしゃまに手料理をぉ♡ん、んほぉ♡」


……

…………

………………


前言撤回。

こいつは真性の変態である。


⸻夜が更けていく。



◇◇◇



翌朝、起きて窓の外を見るとあいにく雨が降っていた。

しとしと、と降る雨粒は細かい。

なんというんだったか。

小糠雨だったかな。


アンナとグレイスはすでに起きて身支度を終えていた。

朝起きたらアンナが顔を覗き込んでいる、なんてイベントを期待(?)していたが、肩透かしをくらって恥ずかしくなる。

俺が一番最後か、と慌てて身体を起こすのをアンナが制した。


「ご主人様、帰還を果たしたばかりで昨晩も遅くまでギルドにつめておられましたのでお疲れでしょう」


俺が何も言わずとも入れたてのコーヒーと煙草が窓際のテーブルに置かれている。

おぉ、なんというか、プロのメイドっぽい先回りの奉仕。


用意してもらったコーヒーと煙草を楽しみつつ雨を眺める。

湿気の匂いに夏のそれが混じっている。

異世界でも夏の匂いは変わらないんだな。


「ご主人様、ギルドよりご紹介頂いた不動産屋とのアポイントに時間の指定はございません。少しゆっくりされるのがよろしいかと」


お言葉に甘えてゆっくりと身支度を整える間、グレイスが退屈そうに欠伸をしていた。

どうにも。

気が抜けるものだが、まぁこういうのもいいか。


支度を終えてギルドを出る時にちょうどガルドさんと鉢合わせた。

眉間を抑えている。

二日酔いらしい。


「たろーから買ったあのジョッキはやばえな。つい飲み過ぎちまった」


昨晩譲った魔素を込めると酒が湧き出るジョッキのことを言っているのだろう。

酒飲みには夢の様なアイテムなのは認めるが。


「大丈夫ですか?……その業務とか」

「あぁ?屁でもねえよ。誰だと思ってやがる」


おーいてて、という呟きと台詞とか合致しないが、まぁ本人がそういうのだ。

話を進めるとしよう。


「昨日紹介してもらえると言っていた不動産屋に今から訪れようかと思っています」

「んあ?あぁ、ならこれ持ってけよ」


ギルドカウンターで紙になにかをサラサラと書いた後、それを手渡してくれるガルドさん。

顔の割に字が綺麗にみえる。

字読めんけど。


「ありがとうございます」

「職人街のセスタって不動産屋を尋ねろ。職人街通りに面してるでかい看板がある、迷いはしねえよ」


職人街通り。

ヘイルニルの技術と生産の集中する、文字通り職人が割拠する地域のことだ。

訪れたことはないが、目印はわかりやすいらしい。


「それとアンナ、お前文字は書けるか?」


「文字でございますか?ヘイルウィル大陸の公用語はヘイル語と記憶しておりますが。五十年前と仕様が変わっていないのであれば、問題なく」


「なら良かった。ほら、たろーはまだ文字読めねぇだろ。代筆するにしたって文字が読めるやつがいたほうがいい」


たしかに、今から家の売買契約、もしくは賃貸契約をすることを思えば契約書の作成は避けて通れないか。

俺とした事が。


転生して僅か一ヶ月しか経っていないのだ。

それだって、生きるのに必死だった。

文字なんて覚える暇もなかった、なんてことは言い訳か。


「なにからなにまで助かりますガルドさん」

「気にすんな、ギルドじゃよくあることだ。田舎の方じゃ語読率が低いなんてざらだ」


いまいち、この世界の水準がわかりかねているところがある。

ヘイルニルはスチームパンクな印象の近代風だが。

少し距離を上げれば中世よろしく牧歌的な風景にかわる。


「ここが文化の最前線であることは間違いないがな。インフラの整備なんて国の仕事だ、俺は知らねえよ」


ガルドさんが知ったこっちゃねえと棚に上げて話しを続けている。

そりゃそうか。


関西であれば大阪と奈良の違いぐらいか。

いや、それは奈良に失礼か。

なんとなく鹿の闊歩しているイメージを持っているのは偏見か。


俺たちはガルドさんに礼を言ってその場を去った。



◇◇◇



雨のヘイルニルには五感を刺激する様々な物が溢れている。

音⸻パイプ内の圧力が逃げるシューっという蒸気の音。

示し合わせたようにどこかで大きなゼンマイがガコンと凹凸がハマる。


匂い⸻雨の匂いに混じって豊かさと貧困の両方を感じる鼻腔への刺激。

露店でソースの焦げる匂いと物乞いをする男の体臭。

グレイスが顔を顰めて歩を進めるスピードを早めた。


とても大きな器に思いつく人の欲をぶち込んで煮込んだような坩堝がこの町にはある。


「随分とヘイルニルの様子も違いますわね」

「来た事があるのか?」


もう百年も前になりますが、と前置きを置いた上でアンナは頷く。

魔王城が滅びる前のことになるのか。


「その頃はまだ魔の国と人の国の国交も開かれていて交流も盛んでしたわ。……とはいえ、魔族は忌み嫌われる者。お忍びで人の街に旅行に行くのが上流の楽しみでした」


俺は共を連れて魔の王族が人の街に紛れる姿を想像した。

アンナは魔王の身辺を世話する為に一緒に訪れたのだろうか。


「記憶の中にあるものが様変わりしている、というのは寂しいものですわね」


遠い目をして見上げるアンナの頬に雨が伝った。

傘からの飛沫か、それとも。


「……また、その頃の話しもゆっくり聞かせて欲しい」


ハッとした表情でこちらを振り返り、微笑むアンナ。

俺はその顔が、美しいと、そう思った。


「えぇ、もちろんですわ」


当然だが、この異世界で生を営む全てのものに過去がある。

その実感が俺とアンナの距離を縮めていくような気がした。


「見えてまいりましたわね。……確かにガルド様のおっしゃる通り、見ればわかりますわね」


アンナの望む方向を見ると、昼間でもデカデカと輝くネオン。

引きで見てもその存在証明に、俺はヘイルニルに民の強かさを感じる看板が見えてきた。



最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


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