13 脱出
13
戦闘は始まってすぐに佳境に入る。
接敵即大技、なんてお決まりを無視する大蛇が大きく魔素を溜め込む。
蟒蛇、魔素を溜める行動。
そこから導き出される解を瞬時に演算し、俺は水と風の魔素を展開。
ややねっとりとした魔素が絡む感覚。
霧が辺りを包み込む。
⸻が。
アンナはそんな俺を歯牙にもかけずに砲弾の速度で弾けて突貫した。
零から百の急加速に地面がひび割れ破裂する。
「ぐぅ!」
衝撃にたたらを踏んで俺は膝から崩れる。
アンナは大蛇との相対距離を瞬時に潰し、空中に右手を掲げた。
瞬間移動を果たしたようにアンナの右手に大斧が召喚される。
次の瞬間⸻
「ふっ!」
限界まで振り絞られた膂力と共に、短い吐息が漏れる。
と同時に、右手が振り下ろされた。
大斧の軌跡が、空間に一瞬紅い線を残す。
「キシャァ!」
首元からずるりと落ちる大蛇の頭が、まだ切られたことを察していないように虚空に向けてむなしく威嚇を続けている。
どさり。
時間がズレたように落ちた首は、まるで不吉な花の枯れるときの様だ。
「⸻椿」
短くアンナが唱えて戦闘は終結した。
俺が展開した魔素霧が、音もなく霧散していった。
◇◇◇
「如何でしたでしょうか、ご主人様」
灯の魔素を展開しながら、大斧を払い血を落としこちらを振り返るアンナに、俺はゾッとした気持ちを持つ。
あの大蛇が、一撃とは。
その割に返り血一つ浴びていないメイド服に、身の丈以上ある大斧の対比。
俺はとんでもないものを野に放とうとしているのかもしれない。
と、同時に。
疑念も深くなる。
これほどまでの実力を備えた魔人がどうして、退廃した旧魔王城に一人で。
⸻いや、そのことを言及するのはやめたはずだ。
今はこの破壊的なメイドの戦闘力を素直に喜ぶとしよう。
「お見事やったで、アンナ」
「恐悦にございます」
おおよそ片手で持つに相応しくない大斧を箸でも持つ様に指に挟んで、お手本通りのカーテシー。
いやはや。
本当に規格外だ。
「今のは魔闘術か」
「左様にございます。蛇は首を落とすのが最善かと」
大したことはない、と言わんばかりの主張に呆れるばかりだ。
これならば。
いや、帰還するのに過剰戦力とも言えるな。
「それにご主人様が水と風の複合魔素を展開されておりましたから」
すっと傍に寄るアンナに俺はドキッとする。
俺の行動を見る余裕すらあったとは。
恐れ入る。
「大蛇⸻からすぐに判断して、恐らく毒……とお思いなり、それを散らそうと霧の選択。ではございませんか?」
御名答、と俺は素直に頷く。
いらなかった、とはいえ、見えない部分の仕事を認識してもらえることは、素直に嬉しいものだ。
「流石ご主人様でございます」
「アンナには無用だったようだけど」
「⸻っ!んふぅ♡ご主人様が私をお褒めにぃ♡」
あ、始まった。
真面目に話していたつもりだったが。
まあ、照れ隠しか、これは。
こうなりゃ無視だ無視。
悶えはじめたアンナを放置して俺は大蛇の死骸の先を見据えた。
良いデモンストレーションになったな。
出発してすぐに接敵は不運ではあるが、この時点で当方の戦力を確認できたのは大きい。
しかし、問題は索敵である、か。
俺は灰色の狼の相棒を思い出す。
ないものねだりをしても仕方ない。
変数だけにフォーカスする、と決めたばかりでもある。
俺は魔草煙草を取り出し火をつけて吸った。
煙によって充足する魔素を確認しつつ歩き出すと、冷静に戻ったアンナが隣に並んだ。
「アンナは索敵はできるか」
「ご主人様の前の壁は私が駆逐いたします」
そういう事を言っているのではない。
接敵せずにいられるのであれば、それに越した事はない。
「なるほど。ですが魔獣や魔物が接近すればわかりますが、こちらから場所を特定するとなると」
流石のアンナにも難しいか。
規格外メイドも有能ではあるが万能ではない、と。
「大丈夫だ。グレイスがいない時の事を想定して索敵方法も確立してある。ただ魔素の消費が激しい。道中の敵は任せてもいいか」
はっ、とした表情でアンナの顔が赤らんだ。
「お、お任せください!」
素直に頼られて嬉しい、ということか。
やや変態スイッチと素直な反応の境界線がわからん。
気を鎮めて魔素の充足を脚へと集中させる。
ゆっくりと滲む様に足を伝って、土の魔素をダンジョン内に広げていく。
波紋を広げるようなイメージだ。
等間隔に何度か、コツンコツンと地面を叩く魔素が、何かにぶつかって反響した。
⸻いるな。
「ご主人様今のは……」
「わかるのか?」
「はい。魔素を壁や地に波型に広げてその反響を拾うとは」
驚いた表情のアンナ。
要はソナーだな。
俺の感知がお粗末なものだから、精度はお察しだが。
大まかな場所さえわかれば、迂回をするだけでいい。
または数が少ないことが事前にわかっていれば、アンナの出番だ。
「素晴らしい発想でございます。アンナは感激致しました」
アンナの賞賛がこそばゆい。
「ご主人様の魔素は優しく多様でございますわね」
俺の魔素適正の事を言っているのだろうか。
“混ざる黒”を、アンナも感じ取っている。
それを優しい、と言う辺り、アンナの主人を甘やかす態度に嘆息する。
「単に絶対量が少ないから工夫するしかないだけさ」
「ご謙遜にございます。複数の魔素展開や単色魔素にも指向性や波形を変える手法は並大抵ではありません」
熱っぽく語るメイドに、しかし悪い気はしないものだ。
これまでの努力を認めてもらった気がして頬が緩む。
「アンナは主人を乗せるのが上手いな」
「メイドですので」
確かに。
大したメイドだ、と今回はアンナの意見に賛成といこう。
◇◇◇
ややあって歩き出した道中は順調そのものと言える。
俺の簡易ソナーの精度は悪かったが、それでも何度かの接敵は回避できたし、どうしても迂回が難しい時には有利体勢を作った上でアンナが大斧を振るった。
対策や備えがハマると、純粋に楽しいのもあった。
過去俺はこんなにも楽しく冒険に触れたことはあっただろうか。
思えば器用貧乏と爪に火を灯すような魔素リソース管理が俺の冒険の全てであった。
蹂躙などに興味は無かったが、それでもここに潤沢に使える魔素があれば、と思わない日は無かった。
正にそれこそがないものねだり、「定数」に間違いないのだが、そこはもう人の性と言うものだろう。
羨む気持ち自体に罪はない、と何度俺は俺を慰めたことか。
アンナの振るう大斧の破壊力は、そんな鬱屈とした俺のあれこれを物理的に打ち砕く剣にも見えた。
身体ごと回転させる勢いで大斧がゴブリンにぶつかるときの、ぐしゃりという形容し難い衝突音。
胸がすく思いである。
「アンナ、消耗はどうだ?」
「問題ありません」
とそれを額面通り受け取っては俺は主人失格だろう。
「細かな変化にこそ報告の義務があると思ってくれ。これは命令だ」
はじめて、俺はメイドに命令した。
震える様に歓喜を表現するアンナ。
こひゅっ、とか、もはや空気を吸う音が怪しい。
「ぎょ、御意に♡」
んー、これはあのモードかどうか難しい判断になるな。
まぁ、それはいい。
でもこれがいい。
カインさんやセリアさんの時は同業者だった。
自然、遠慮や忖度が働く。
一方でアンナはメイドである。
しかもかなり主従に厳しいほうの。
命令系統の明確化。
従魔契約の思わぬ産物に俺の顔は自然と綻ぶ。
これだ。
俺がずっとやりたかったのは、単なる力任せの冒険じゃない。
情報を集め、仮説を立て、最小のコストで最大の結果を出す。
いける。
別に自惚れるわけではない、確かな確信が、歩を進める速さに現れる。
坂の傾斜が緩くなってきた。
ダンジョンの浅層が近い。
浅層の魔素が鼻をつき始めたその時、俺のソナーが「異常な震動」を捉えた。
規則正しい、どこか懐かしい圧。
「……アンナ」
「⸻はい、ご主人様。どうやら『お迎え』が来たようですわね」
アンナが微かに口角を上げた。
彼女の視線の先、ダンジョンの闇を切り裂いて現れたのは⸻。
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