第7章:Reincarnation(転生) ― 魔王アマリス・ルミナ顕現 ―
終わりは、静かに訪れた。
失われた命。
集められた欠片。
そして、もう一つの“完成”。
復讐者たちの物語はこの夜、
世界ごと呑み込む新たな災厄と向き合うことになる。
森が、静かすぎた。
焚き火の音も、風の音も、虫の声も——全部、どこかへ消えていた。
残っているのは、アルディアの掌の中で脈打つ漆黒の結晶の音だけ。
ドクン。ドクン。ドクン。
「……何」
アルディアが顔を上げる。
ジュラが散った場所に、黒い霧が漂っていた。
それは霧散するのではなく、意志を持つかのように——一点へと、収束していく。
結晶が震えた。
共鳴するように。呼ばれるように。
「やめ——」
アルディアが指を閉じる前に、漆黒の何かが掌から吸い出された。
---
空間が、歪んだ。
歯車が噛み合うような音もなく、ただ静かに——世界の縫い目がほつれていくような感覚。
その中心に、少女が立っていた。
年の頃は、アルディアと変わらない。
黒い影を背負いながら、その顔には——聖母のような、穏やかな微笑みが浮かんでいた。
「……誰」
アルディアの声が、掠れた。
少女は答えない。
ただ、自分の手元に集まってくる「欠片」を、慈しむように見つめていた。
純潔を失った双子の魂。
飢餓に狂った人狼の器。
嫉妬の魔女が遺した、漆黒の核。
そして——。
少女の手が、アルディアの方へ向いた。
何も触れていない。ただ、掌を向けただけ。
それなのに。
「——っ!」
アルディアの胸から、何かが引き剥がされる感覚。
痛みではない。もっと深いところから、根ごと抜かれるような——。
憤怒。
アルディアを突き動かしてきた、あの炎。
「全部、揃ったわ」
少女の声は重なり合っていた。
一人の声ではない。複数の声が混ざり合い、溶け合い、一つになっている。
憤怒。強欲。色欲。暴食。怠惰。嫉妬。
全ての大罪が、少女という器の中で混ざり合い——。
「ねぇ」
少女がアルディアを見た。
「転生(Reincarnation)って、知ってる?」
その瞳は、もはや人間のものではなかった。
深淵そのものが、顔に宿っているような——。
「全てを棄てれば、もう一度会えるのよ」
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背後で、レノアが息を呑む気配がした。
アルディアは震える手で大鎌を握り直した。
だが——鎌が、軽い。
ジュラの遺した闇が消えている。紫黒の輝きが、もうない。
力が、抜かれた後だ。
それでも。
「……世界を滅ぼしてまで」
アルディアは少女を見据えた。
「誰を、迎えに行くつもり」
少女はただ、優しく微笑んだ。
答えない。答える必要がないとでも言うように。
その微笑みが——何より、恐ろしかった。
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少女の背後に、影が形を成し始めた。
影というには大きすぎる。
建物よりも、山よりも——この世界そのものよりも大きな何かが、少女の背後で輪郭を持ち始めていた。
「傲慢」という名を冠する、魔王の形。
「消えろ、消えろ」
少女が呟いた。声は穏やかだった。
「虚ろな世界……」
指を鳴らす。
その瞬間——森の木々が腐り落ちた。
音もなく、ただ崩れ落ちた。
空が、血の色に染まっていく。
「あはは」
少女が笑った。
「もうすぐ会える。それが、本当に嬉しいの」
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「ふざけないでッ!!」
アルディアが地を蹴った。
力が抜かれていても、足は動く。鎌がなくても、手はある。
「——っ」
渾身の一撃が、少女に向かう。
同時に、背後からレノアが動いた。
姉の仇でも、世界の敵でも、今この瞬間——目の前の歪な存在を消し去るために、残った全ての魔力を込めて。
二人の攻撃が、少女に届く、寸前。
少女の唇が、わずかに動いた。
「——跪いて」
それだけだった。
それだけで——世界の法則が、書き換わった。
アルディアの身体に、天が落ちてきたような重さがのしかかる。
骨が軋む。筋肉が悲鳴を上げる。膝が、床に叩きつけられる。
指一本、動かせない。
「無駄よ」
少女の声が、頭上から降ってくる。
「今の私は、この世界の理そのものなのだから」
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少女が、ゆっくりと歩み寄ってくる。
アルディアは顔を上げることすらできない。地に伏したまま、ただ少女の足音だけを聞いていた。
手が伸びてくる。
アルディアの大鎌——その核に残っていた最後の力を、まるで道端の花を摘むように、軽やかに奪い取った。
「貴方の憤怒も」
少女が言う。
「その子の怠惰も」
レノアの方を見て。
「すべて、私の糧になるの」
少女の表情は、穏やかなままだった。
怒りも、憎しみも、そこにはない。
ただ——純粋な、狂おしいほどの情愛だけがある。
「嬉しい……これで、もっと早く会いにいける」
背後の影——魔王の形が、大きく口を開けた。
アルディアは血を吐きながら、横たわるレノアを見た。
守りたかった。
ガルムも、ジュラも、守れなかった。レノアだけは——と思っていた。
でも、もう自分の手には何も残っていない。
「ごめん」
声が出たかどうか、分からなかった。
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「さよなら、本物のアルディア」
少女が最後に言った。
「貴方の色は、私が宇宙に還してあげる」
指を鳴らす。
漆黒の衝撃が、世界を飲み込んだ。
森が消えた。大地が消えた。空が消えた。
アルディアとレノアの存在が、跡形もなく——。
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後に残ったのは、不毛の荒野だけだった。
生命の気配が絶えた大地。血の色に染まった空。
全ての大罪をその身に宿し、完成へと至った一人の少女だけが、そこに立っていた。
少女の影が、大きく揺らめく。
この世界はもう、用済みだ。
「待っててね」
少女は空を見上げた。
その唇が、一つの名前を紡ぐ。
風が吹いた。
その名は、風の音にかき消され——誰の耳にも届かない。
「今、迎えに行くから」
少女——アマリス・ルミナの姿が揺らいだ。
世界の縫い目が、また一つほつれる。
そして少女は、世界から消えた。
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何もなくなった荒野に、しばらく沈黙が続いた。
やがて——荒野の果てに、薄い光が差した。
生と死の境界。
世界の端っこに生まれた、小さな裂け目。
そこから、何かが流れ込んでくる。
石を積む音。
乾いた川の音。
消えることを許されない者たちが、漂着する場所。
賽の河原。
第7章、第一幕。
復讐者たちの物語は、ここで一度——残酷な終止符を打たれた。
第7章を読んでいただきありがとうございます。
この章で、復讐者たちの第一幕は一度幕を閉じます。
積み重ねられてきた感情。
奪われた命。
遺された大罪の欠片。
そのすべてが、一つの存在へと収束しました。
アルディアとレノアが辿り着いた先にあったのは、
勝利でも救済でもなく、圧倒的な理不尽そのものです。
ここから物語は、新たな位相へと進んでいきます。
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原曲
youtube.com/watch?v=Hr6Jrdwcx8g&feature=youtu.be




