『Vendetta 0』序章:光の王国と、黒髪の少女
『Vendetta Reverse』本編のさらに前。
光の王国ルクス・アークが、まだ光の王国だった頃。
地獄の釜の底と呼ばれる前の、短い春の物語です。
ここからしばらく、過去編――
『Vendetta 0』が始まります。
死ぬ瞬間、深瀬俊樹が最後に見たのは、青空だった。
朝のホームに差し込む光。
背中から突き飛ばされる感覚。
落ちていく、落ちていく——。
そして、光。
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「……ん、あれ?」
目を開けると、石畳だった。
コンクリートではない、冷たくて硬い石畳の感触が、頬に伝わってくる。
体を起こして、見上げる。
青空だった。
突き抜けるような、日本では絶対に見られない深い青。
そしてその青の中に、小さな月が二つ、昼間なのに浮かんでいた。
(……月が、二つ)
深瀬俊樹は、自分の手のひらをぺたぺたと触って確認した。
痛みはない。血も出ていない。制服も着ていない。
着ているのは麻のチュニックと、革のブーツ。
「刺された……よな、俺。あのストーカーに」
記憶はある。
ホームで背中を押された感覚も、落ちていく瞬間も、電車が来る音も。
全部、覚えている。
なのに、今ここにいる。
「まさか……異世界転生、ってやつか」
試しに念じてみた。
よくあるラノベで読んだ知識を、総動員して。
『ステータスオープン』——。
目の前に、半透明のウィンドウが浮かんだ。
【名前:フカセ】
【種族:人間】
【称号:転生者】
【スキル:理の干渉 Lv.1】
「……マジか」
思わず声が漏れた。
理の干渉。なんだか分からないが、強そうだ。少なくとも「農業スキル」とか「料理スキル」よりは、確実に。
俊樹は小さくガッツポーズをした。
前世は散々だった。
ストーカーに刺され、ホームから突き落とされ、最後は電車に——。
でも、ここなら。この力があれば、今度こそ。
そんな、ありふれた希望を胸に、俊樹は路地裏を抜けて大通りへと足を向けた。
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通りに出た瞬間、息を呑んだ。
視界いっぱいに広がるのは、白亜の石造りの街並み。
活気に満ちた市場。行き交う人々。空には、小さな飛竜が便を運んでいる。
そして中央に——太陽の光を反射して輝く、巨大な王城。
「すげぇ……」
思わず、立ち尽くした。
ここが「光の王国ルクス・アーク」だということは、後になって知る。
パンゲア大陸南部を統べる、最も古く、最も栄えた王国。
そして——後に魔王領となり、地獄の釜の底と呼ばれるようになる場所だということも、この時の俊樹には知る由もなかった。
「へい兄ちゃん! 南国産のアップルはどうだい、甘いよ!」
「魔除けの護符はいらんかね!」
市場の喧騒に押されながら、俊樹はリンゴを一つ買ってかじりついた。
甘い。本当に甘い。現代のリンゴとは比べものにならない甘さだ。
(平和だ……)
この世界で、静かに生きていくのも悪くないかもしれない。
そんなことを、ぼんやりと考えながら歩いていた。
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「あ! 待てよ泥棒猫ッ!!」
怒号が、市場の空気を切り裂いた。
次の瞬間、人混みを掻き分けて一人の少女が走ってきた。
目深に被ったフードが激しく揺れ、手には串焼きの肉が一本。
どうやら空腹に耐えかねて、屋台から失敬してきたらしい。
少女は勢い余って——俊樹の目の前で、石畳に躓いた。
「あぶなッ」
とっさに手を伸ばす。
転びかけた少女の体を、なんとか支えた。
ふわりと、甘い花の香りがした。
「……っと、大丈夫?」
「あ、あの……ありがとうございます……」
少女が顔を上げた。
衝撃でフードが外れて、素顔が露わになった。
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その瞬間、俊樹の心臓がドクンと鳴った。
整った顔立ち。意志の強そうな大きな瞳。
どこか懐かしい——守りたくなるような——。
(この子を、知ってる……?)
初対面のはずだ。この世界に来て、まだ数時間しか経っていない。
それなのに、喉の奥が熱くなる。
眼の奥が、滲みそうになる。
なんだ、これ。
少女は、俊樹の腕の中で頬を染め、慌てて身を離した。
フードを被り直し、周囲を警戒するように視線を巡らせる。
「助かりました、旅の方。私、ちょっと……事情があって」
「そこの女、待てェェッ!!」
強面の屋台店主が、包丁を振り回しながら迫ってくる。
少女が「ひっ」と小さな悲鳴を上げて、俊樹の背中に隠れた。
「ど、どうしましょう……今、持ち合わせがなくて……」
俊樹は苦笑した。
ポケットに手を突っ込む。転生特典として入っていた金貨を一枚、店主に放り投げた。
「これで足りるか? お釣りはいらないよ」
「へ……? お、おう! 毎度ありッ!」
あっさり解決した。
少女はぽかんと口を開け——それから、花が咲くような笑顔を向けてきた。
「すごいです! 貴方、魔法使い様ですか?」
「ただの通りすがりだよ。俺はフカセ。君は?」
少女は一瞬だけ躊躇い、悪戯っぽく人差し指を唇に当てた。
「私は……アマリス。ただの、家出娘です」
「家出娘にしては、随分と上品な服を着てるけど」
「そ、それは……拾ったんです! ええ、そうですとも!」
嘘が下手くそだ。
顔に全部出ている。
俊樹は吹き出しそうになるのを堪えながら、彼女に手を差し出した。
「わかった、そういうことにしておこうか、アマリス」
彼女が笑った。
さっきより、少しだけ素直な笑顔で。
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後になって、俊樹は何度も思い返す。
あの瞬間、なぜ泣きそうになったのか。
初対面のはずの少女の顔を見て、なぜ「知っている」と感じたのか。
答えは——ずっと後になって、分かる。
でも今は、まだ知らなくていい。
光の王国の市場に、青空と人々の声が満ちている。
転生者の少年と、家出中の王女が、並んで歩き始めた。
この世界で最も美しい、最も短い春が、始まっていた。
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というわけで、来週から『Vendetta 0』編に入ります。
本編で語られてきたものの原点。
ルクス・アークがまだ光の王国だった時代。
そして、深瀬俊樹とアマリスが出会った、最初の春の物語です。
ここから先を知っている方には、少し苦しい始まりかもしれません。
けれど、彼らにも確かに、何も壊れていなかった時間がありました。
次回より、『Vendetta 0』本格開始です。
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因みに原曲は此方
https://www.youtube.com/watch?v=S1X5Gr-gVZQ




