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Vendetta Re-Verse ― 血と復讐の叙事詩 ―  作者: 慧梓
VendettaReverse 後半

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第9章:廃棄された娘 Scene 7 完璧な世界 ― Perfect World ―

世界は、確かに救われた。


戦争はなくなった。


飢えも、疫病も、大規模な災害もない。


旱魃が起こりそうになれば、雨が降る。

川が氾濫しそうになれば、水位が下がる。

作物に病が広がれば、翌朝には原因そのものが消えている。


国境を挟んで争いが起こりそうになれば、両国の代表者は剣を抜く前に冷静さを取り戻した。


誰かが誰かを憎んでも、それが殺意へ育つ前に争いは収束する。


子供たちは明日の食事を心配せずに眠り、親たちは戦場へ向かう我が子を見送る必要もない。


世界の頂から。


ヒューミリス・ヴァニタスは、それらすべてを見ていた。


最初の頃。


彼はよく笑っていた。


病から回復した子供を見て。


豊作に歓声を上げる農民を見て。


敵国だった兵士同士が、酒場で肩を組んで歌っている姿を見て。


「瑠美奈」


誰もいない玉座で、彼は聖杯へ話しかける。


「今日も、誰も死ななかったよ」


返事はない。


それでも。


ヒューミリスは笑っていた。


「君が守った世界だ」


聖杯は淡い光を放っている。


その中心から伸びた無数の光の糸が、大地へ、海へ、空へ、すべての生命へ繋がっていた。


その意味を。


アルディアは、もう知っている。


一本一本が。


母だ。


世界を満たす光。


大地を癒す力。


人々を守る奇跡。


そのすべてに。


天城瑠美奈の魂が使われている。


「……お母様」


アルディアは聖杯へ手を伸ばした。


届かない。


けれど。


ここにいる。


世界中に。


母がいる。


ヒューミリスは、その事実を受け入れようとしていた。


瑠美奈は、自分で選んだ。


世界を守ることを。


ならば。


その願いを守る。


それが。


残された自分にできること。


だから彼は。


神になった。


十年。


五十年。


百年。


アルディアの前で、時間が流れていく。


王国が変わる。


街が変わる。


人が生まれ。


育ち。


恋をして。


子を残し。


老いていく。


何世代も。


何十世代も。


ヒューミリスだけが変わらなかった。


「……お父さん」


アルディアは、玉座に座る父を見つめていた。


百年前と。


同じ顔。


けれど。


目だけが違った。


最初は。


人々が幸せになるたび。


嬉しそうに笑っていた。


今は。


ただ。


確認するだけ。


今年も。


戦争なし。


飢饉なし。


疫病なし。


世界人口、安定。


文明発展率、正常。


異常なし。


【World Status:Stable】


【Conflict:0】


【Critical Disaster:0】


【Result:SUCCESS】


いつか見た表示。


アルディアは、それを嫌いになり始めていた。


「成功……」


何度見ても。


その言葉は。


何かを。


置き去りにしているように見えた。


千年。


さらに。


時が流れた。


街の形は、もう。


ヒューミリスが人間だった頃とは。


まるで違っていた。


それでも。


人は笑う。


春になれば花を見る。


夏には祭りをする。


秋には収穫を祝う。


冬には家族で暖炉を囲む。


「……The Toy Box」


アルディアは。


ふと。


あの世界を思い出した。


何も起きなかった世界。


家族がいて。


友達がいて。


普通に学校へ行き。


普通に笑い。


ただ。


幸せだった少女。


黒野は。


その世界を。


つまらない。


その一言で。


捨てた。


「同じじゃない……」


ヒューミリスが作った世界も。


その少女がいた世界も。


本質は。


同じ。


何も起きない。


だからこそ。


幸福。


「お父さんは……」


アルディアは。


玉座にいる父を見る。


「お母様が欲しがったToy Boxを、世界全部で作ったんだ」


争いのない世界。


誰も。


物語の主人公にならなくていい世界。


命を懸ける必要がない。


大切な人を失って。


強くなる必要もない。


ただ。


生きればいい。


そんな世界。


それなのに。


その中心にいる男だけは。


少しも。


幸せそうではなかった。


千年を越えた頃。


ヒューミリスは。


ほとんど地上を見なくなった。


ただ。


聖杯を見る。


「瑠美奈」


朝。


「今日も平和だ」


昼。


「何も起きてないよ」


夜。


「君の望んだ通りだ」


返事は。


一度もなかった。


「……」


アルディアは。


何も言えなかった。


待つことの苦しさなら。


少しだけ。


知っている。


けれど。


千年。


その長さは。


想像すらできない。


ヒューミリスは。


それでも。


母の願いを。


守り続けた。


ある日。


玉座の間に。


一脚の椅子が置かれていた。


昨日まで。


なかった。


その椅子に。


一人の男が座っている。


黒いスーツ。


文庫本。


楽しそうな目。


アルディアの表情が。


一瞬で変わった。


「……黒野」


ヒューミリスも。


男へ視線を向けた。


「誰だ」


千年以上。


世界のすべてを把握してきた神。


知らないものなど。


存在しないはずだった。


だが。


目の前の男だけは。


いつ。


どこから。


入ってきたのかすら。


分からない。


黒野は。


世界を見下ろしながら。


満足そうに頷いた。


「素晴らしい」


「何がだ」


「世界さ」


黒野が笑う。


「魔は消えた。戦争も飢餓もない。病もほとんどない。君は神として世界を管理し、愛する女が望んだ平和を千年以上守り続けている」


文庫本を開く。


「英雄譚としては、実に美しいエンディングだ」


ヒューミリスの瞳が。


細くなる。


「誰だと聞いた」


「黒野玲」


男は。


あっさりと名乗った。


「君たちの言葉なら、この世界の管理者かな」


空気が。


軋んだ。


「管理者は僕だ」


「違うよ」


黒野は。


ページを一枚めくった。


「君は管理を任されているだけ」


「……何?」


「僕が作った盤面をね」


ヒューミリスの顔から。


感情が消えた。


アルディアは。


息を殺した。


知っている。


この先を。


黒野は。


人が。


最も聞きたくない真実を。


一番。


楽しそうに。


教える。


「聖杯を作ったのは」


ヒューミリスが尋ねる。


「お前か」


「そうだよ」


「瑠美奈が」


一瞬。


声が。


詰まる。


「聖杯に取り込まれたのも」


黒野は。


少し。


首を傾げた。


「それは君たちが選んだ」


瞬間。


玉座の間が。


歪んだ。


「選ばせるように作ったのはお前だろう!」


神の怒り。


世界中の空が。


同時に。


曇った。


晴天だった街。


穏やかな農村。


海辺の港。


人々が。


突然。


黒くなった空を。


見上げる。


黒野だけが。


嬉しそうだった。


「その通り」


「……なぜだ」


「面白いから」


あまりにも。


簡単だった。


アルディアは。


何度聞いても。


この言葉だけは。


慣れなかった。


「物語には試練が必要だろ?」


黒野は本を読み上げるように、失われた者たちを列挙していった。


命を懸けて主人公を送り出す仲間。


世界のために消えた英雄。


そして最後には、自らを犠牲にするヒロイン。


「綺麗な話だ」


ヒューミリスの指が。


震える。


「エリュたちも……?」


「いい役だった」


「テンペランスも。カスタも。牡丹も。パトスも」


「最高だったよ」


「瑠美奈も」


黒野が。


笑った。


「特に最後は良かった」


ヒューミリスが。


黒野へ掴みかかる。


手は。


胸を。


すり抜けた。


「貴様……!」


「落ち着けよ、俊君」


その名前で。


ヒューミリスの動きが。


止まる。


深瀬俊樹。


もう。


千年以上。


誰にも呼ばれていない。


名前。


「その名を……」


「知っているよ」


黒野は。


何もかも。


知っていた。


現代日本。


天城瑠美奈。


事故。


転生。


俊樹が彼女を追ってこの世界へ来たことも。


ようやく。


再会できたことも。


そして。


また。


失ったことも。


「可哀想に」


ヒューミリスの拳が。


黒野の顔を。


貫く。


幻。


背後から。


声。


「でも」


黒野は。


もう一度。


椅子に座っている。


「瑠美奈を助ける方法ならある」


「……」


ヒューミリスが。


振り返った。


アルディアも。


息を呑んだ。


分かっている。


罠だ。


黒野が何かを与える時。


必ず。


もっと大きなものを。


壊す。


それでも。


ヒューミリスには。


その言葉を。


無視できなかった。


「……方法を言え」


黒野が。


指を鳴らした。


巨大な聖杯の映像が。


空中へ展開する。


その中央。


光の中に。


瑠美奈がいた。


「お母様……」


身体はない。


魂だけ。


無数の糸へ。


分解されている。


大地へ。


空へ。


海へ。


人々へ。


この世界を。


支えるために。


「聖杯はね」


黒野が。


説明する。


「彼女の魂を使って、この世界を維持している」


「……使って?」


ヒューミリスが。


聖杯を見る。


アルディアの胸も、冷たくなった。


黒野は。


Scene 5で。


影那へ。


同じ言葉を使った。


Fuel。


今度は。


母。


Core。


違う。


母は。


自分で選んだ。


それでも。


結果として。


魂は。


今も。


消費されている。


「瑠美奈」


ヒューミリスが。


映像へ触れようとする。


当然。


指は。


通り抜けた。


「解放しろ」


「いいよ」


あまりにも。


簡単な返事。


ヒューミリスの瞳が。


黒野へ向く。


「ただし」


やはり。


アルディアは。


拳を握った。


黒野は。


嬉しそうに。


続ける。


「一度世界中へ拡散した魂を、一人分の人間へ戻すにはエネルギーが要る」


「僕の力を使え」


「足りない」


「世界中の魔力を使え」


「それでも足りない」


「なら」


ヒューミリスが。


ゆっくりと。


黒野を見る。


「何が必要なんだ」


黒野は。


答えなかった。


代わりに。


地上を。


指差した。


一人の子供が。


転んだ。


母親が。


駆け寄る。


泣いていた子供は。


抱き締められて。


すぐに。


笑った。


青年が。


恋人へ。


花を渡している。


老夫婦が。


木陰で。


同じ本を。


読んでいる。


結婚式。


鐘。


白い服。


誰かが。


幸福そうに。


愛を誓う。


アルディアの。


脳裏に。


六月の雨が。


蘇った。


Save Data 01。


母と父が。


辿り着けなかった。


結婚。


生まれることのなかった。


自分。


「……まさか」


ヒューミリスも。


理解した。


「魂」


黒野が言った。


「瑠美奈一人を完全に再構築するなら」


地上には。


ヒューミリスが。


千年以上かけて。


守った人間たち。


瑠美奈が。


命を捧げて。


生かした人々。


「そうだなぁ」


黒野は。


天気の話でもするように。


言った。


「世界の半分くらい」


長い。


沈黙。


「……世界の」


「半分」


黒野が。


微笑む。


「それだけあれば」


聖杯の。


中心。


「瑠美奈は戻る」


完全な。


身体。


完全な。


魂。


再び。


笑う。


天城瑠美奈。


ヒューミリスは。


何も。


答えなかった。


アルディアは。


叫んだ。


「駄目!」


届かない。


「お父さん、駄目!」


母が。


何のために。


聖杯へ入ったのか。


この男は。


誰より。


知っている。


世界を。


守るため。


人々を。


生かすため。


「それをやったら、お母様が選んだことを全部壊すことになる!」


ヒューミリスは。


地上を。


見ている。


笑う人々。


何も。


知らない。


平和を。


当たり前のように。


享受している。


「……瑠美奈は」


ヒューミリスが。


静かに。


尋ねた。


「今も、苦しんでいるのか」


「さあ?」


黒野は肩をすくめた。


「意識があるかもしれないし、ないかもしれない」


「答えろ」


「僕は瑠美奈じゃない」


沈黙。


最後の。


母の言葉。


――私が愛した人が、生きている世界になるよ。


ヒューミリスは。


その願いを。


守った。


百年。


千年。


さらに。


長い時間。


誰一人。


同じ犠牲を。


払わなくて済むように。


世界を。


完璧にした。


なのに。


「どうして」


ヒューミリスが。


呟いた。


アルディアの。


胸が。


締め付けられる。


「どうして……」


眼下。


また。


結婚式。


新郎が。


新婦の手を取る。


誰かの家では。


家族が。


食卓を囲んでいる。


子供が。


今日あったことを。


楽しそうに話す。


笑い声。


歌。


祈り。


「どうして、こいつらは笑っている」


「お父さん……」


「瑠美奈がいないのに」


アルディアは。


首を振った。


違う。


「それは」


違う。


その人たちが。


悪いわけじゃない。


「お母様が!」


声を。


張り上げる。


「そうしてほしかったからでしょう!」


母は。


選んだ。


この人たちを。


生かすことを。


父が。


生きる世界を。


残すことを。


でも。


ヒューミリスには。


届かない。


「瑠美奈が」


声に。


初めて。


憎しみが。


混じった。


「こいつらのために死んだ」


千年。


人々は。


瑠美奈を知らない。


彼女へ。


礼を言わない。


彼女が。


世界のどこにもいないことさえ。


知らない。


それでも。


笑う。


生きる。


愛する。


幸せになる。


それこそが。


瑠美奈が。


欲しかった未来。


そして。


今のヒューミリスには。


それこそが。


許せなかった。


「……まずい」


アルディアは。


父の目を見た。


光が。


消えている。


「お父さん」


空が。


黒く染まり始める。


「やめて」


世界中の人々が。


空を。


見上げる。


初めて。


神の。


怒りを。


感じている。


一人の少女が。


両手を合わせた。


「神様」


幼い。


声。


「どうか、私たちをお守りください」


ヒューミリスの。


瞳が。


僅かに。


動いた。


救った。


この子も。


この子の親も。


祖父母も。


生まれる前から。


守ってきた。


何も。


失わせないために。


瑠美奈と。


同じ目に。


遭わせないために。


その祈りを。


聞いた。


神は。


静かに。


答えた。


「……ただ」


アルディアが。


息を呑む。


「消えてなくなれよ」


空が。


裂けた。


「――お父さん!」


黒野の。


拍手が。


響く。


「あはははははッ!」


心の底から。


嬉しそうに。


「最高だ!」


「黙れ!」


アルディアが。


振り向く。


「貴方が!」


黒野には。


聞こえない。


あるいは。


聞こえていても。


気にしない。


「貴方がずっと、ここまで追い込んだんでしょう!」


黒野は。


指を鳴らした。


青かった空の亀裂から。


白銀の何かが。


降りてくる。


翼。


装甲。


顔のない兜。


一体。


十。


百。


千。


数えることに。


意味がなくなる。


空を。


埋め尽くす。


機械仕掛けの。


天使。


「君一人で」


黒野が。


楽しそうに。


言う。


「世界の半分を殺すのは大変だろう?」


ヒューミリスは。


何も言わない。


「手伝ってあげる」


大地が。


割れた。


七つ。


巨大な影が。


暗闇から。


這い出してくる。


アルディアは。


その姿を見て。


言葉を失った。


「……嘘」


テンペランス。


カスタ。


牡丹。


かつて。


父と共に。


世界を救った人々。


でも。


違う。


表情が。


違う。


存在そのものが。


歪んでいる。


暴食。


色欲。


嫉妬。


憤怒。


強欲。


怠惰。


そして。


傲慢。


七つの大罪。


「また……」


アルディアは。


震えた。


Scene 4。


理解した。


Trash Boxは。


ただ捨てる場所ではない。


使えるものを。


再び。


部品として。


取り出す場所。


「また使ったの……?」


父が。


失った仲間たち。


彼らの。


戦闘記録。


力。


大罪の器。


「死んだ人まで……!」


ヒューミリスの。


顔も。


怒りで。


歪んでいた。


「その姿を使うな」


「どうして?」


黒野が。


不思議そうに。


首を傾げる。


「寂しかったんだろう?」


「違う」


「また一緒に戦えるじゃないか」


「こいつらは、あいつらじゃない!」


一瞬。


黒野は。


黙った。


そして。


笑った。


「そうだね」


文庫本を。


開く。


「だから何?」


偽物たちが。


地上へ。


降りる。


人々は。


その姿を見て。


歓声を上げた。


世界を。


救った。


英雄たち。


伝説の。


七美徳。


「英雄様!」


「神の使徒だ!」


「私たちを守りに来てくれた!」


アルディアは。


吐き気がした。


彼らは。


知らない。


自分たちが。


今。


何を。


歓迎しているのか。


ヒューミリスは。


目を閉じた。


瑠美奈。


笑顔。


声。


温もり。


たった。


一人。


「……やめて」


アルディアが。


父へ。


近づく。


「考えて」


世界の半分。


数字ではない。


今。


笑った。


一人一人。


Toy Boxの少女と。


同じ。


名前が。


ある。


家族が。


いる。


誰かを。


愛している。


「お父さんは、それを知ってるでしょう」


ヒューミリスは。


目を。


開いた。


地上を。


見なかった。


見るのは。


聖杯だけ。


その中に。


眠る。


瑠美奈だけ。


「彼女を取り戻す」


アルディアの。


足が。


止まった。


「それだけでいい」


その声には。


もう。


迷いがなかった。


「他には」


神が。


手を。


上げる。


「何も要らない」


「お父さん!」


空を覆う。


機械天使が。


一斉に。


翼を広げた。


七つの大罪が。


神の命令を。


待つ。


黒野は。


文庫本を。


閉じた。


待ち望んだ。


次の頁が。


始まる。


ヒューミリス・ヴァニタスは。


自分が。


千年以上守り続けた世界へ。


命令を下した。


「始めろ」


世界が。


息を。


止める。


「世界の半分を」


アルディアは。


父を。


見上げた。


世界を救った英雄。


平和を守った神。


そして。


今。


自分の意思で。


一線を越える男。


「聖杯へ捧げろ」


【Administrator Command Accepted】


【Target Population:50%】


【Grail Reconstruction Resource Collection】


【Armageddon――START】


アルディアの目の前で。


完璧だった世界が。


終わった。


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