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Vendetta Re-Verse ― 血と復讐の叙事詩 ―  作者: 慧梓
VendettaReverse 後半

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第9章:廃棄された娘 Scene 1 認識不能 ― Unknown / Noise ―②

激しいノイズ。


途切れる映像。


濁流の轟音。


アルディアは、それを見ていた。


身体はない。


瞼もない。


耳もない。


それなのに、映像も音も、意識の中へ直接流れ込んでくる。


黒い水が街を呑み込んでいた。


家が流される。


道路が砕ける。


電柱が折れ、車が玩具のように押し流されていく。


その瓦礫の隙間に、一人の男がいた。


男は逃げようとしていなかった。


冷たくなった女性を腕の中に抱き締め、ただ、その顔を見つめていた。


「……ごめんね」


男の唇が震える。


「愛していたよ」


その声を聞いた瞬間。


アルディアの胸が痛んだ。


胸など、もう存在しないはずなのに。


(誰……?)


知らない。


男も。


女性も。


この街も。


何一つ知らない。


なのに。


分かってしまった。


男にとって。


腕の中にいる女性が。


世界そのものだったことだけは。


「もしも、君が生まれ変わったら……」


その先を。


警告音が切り裂いた。


【Irrecoverable Collision Detected】


【Initiating Emergency Purge】


景色の上へ、無機質な文字列が重なる。


そして。


別の場所が映し出された。


巨大なモニター。


その前に、一人の女性が立っている。


漆黒のドレス。


冷たい横顔。


人間を見ているというより、壊れた機械の診断結果を確認しているような目。


「……リソースの無駄ね」


その一言に。


アルディアの意識が強く反応した。


(……え?)


聞いたことがある。


言葉そのものではない。


その温度を。


つい先ほど。


自分へ向けられたものと、同じ。


不要。


価値がない。


処理する必要がある。


目の前の女は、モニターの中で死にかけている男を見ながら、淡々と告げた。


主軸を失った以上。


付随する個体へ処理資源を割く価値はない。


そして。


指先が。


【Delete】


へ触れた。


「待って……」


アルディアは思わず声を出した。


声は出ない。


それでも叫んだ。


「待って!」


男の指先が崩れ始めた。


光の粒。


ゼロとイチ。


輪郭が失われていく。


男は自分の身体が消えていくことよりも。


腕の中の女性へ手を伸ばした。


「ま、待っ……」


その声さえ途切れる。


「僕は……彼女を……」


(やめて)


「救い……」


(やめて!)


男が消えた。


あまりにも簡単に。


一人の人間が。


誰かを愛した記憶ごと。


誰かを救いたかった願いごと。


画面から消失した。


女は何の感情も見せない。


ただ。


処理が正常終了したことだけを確認する。


【SYSTEM NOTIFICATION】


【Data Purge Complete】


【Purge Verified】


【Subject Deleted】


暗転。


音も消えた。


アルディアは。


何もない闇の中に取り残された。


「……同じ」


ようやく。


声が出た。


遠い。


水の底から自分自身の声を聞いているようだった。


「私と……同じ……」


ルミナの顔が浮かぶ。


――Classification:Noise。


――不要なデータ。


――修復の必要なし。


――排除する。


「この人も……」


世界に不要だと判断された。


価値がないと決められた。


愛していたことも。


救いたかったことも。


本人がどう思っていたのかなど。


何一つ関係なく。


ただ。


上から。


消された。


「……でも」


アルディアは、闇を見つめた。


何かがおかしい。


違和感。


小さな。


けれど。


どうしても無視できない矛盾。


「消えた……んでしょう?」


目の前には。


まだ文字が残っている。


【Data Purge Complete】


【Purge Verified】


確かに。


そう書いてある。


完全消去。


処理完了。


なら。


「なんで……」


アルディアは。


ゆっくりと周囲を見回した。


「なんで私は、今のを見られたの?」


答えはない。


けれど。


映像は確かに存在した。


男の声を聞いた。


女性の顔を見た。


濁流の音を聞いた。


最後に男が。


彼女を救いたいと言ったことを。


アルディアは覚えている。


「消えてない……」


自分でも。


何を言っているのか分からなかった。


システムは消去したと言っている。


世界から削除された。


記録さえ残らないはずだった。


なのに。


「残ってる」


アルディアは呟いた。


「ここに……残ってる」


その瞬間。


闇の奥で。


小さな光が点いた。


一つ。


また一つ。


遠く。


遥か彼方まで。


まるで。


夜空に星が生まれていくように。


無数の小さな光が浮かび上がった。


「……なに?」


光の一つへ意識を向ける。


文字列が現れる。


【Save Data 01】


別の光。


【Save Data 01.5】


その向こう。


【Save Data 03】


【Save Data 04】


【Route:Terminated】


【World:Rejected】


【Unused】


【Failed】


【No Longer Required】


数え切れない。


百。


千。


万。


それ以上。


暗闇そのものだと思っていた場所が。


実際には。


捨てられた記録で埋め尽くされている。


「全部……?」


アルディアの声が震えた。


さっき見た男だけではない。


ここにある光の一つ一つが。


同じなのだとしたら。


一つの世界。


一つの人生。


一つの可能性。


誰かが生き。


誰かを愛し。


誰かを憎み。


何かを選び。


そして。


不要とされたもの。


「こんなに……」


アルディアは言葉を失った。


自分だけだと思っていた。


黒野に弄ばれ。


必要なものを奪われ。


世界から否定され。


最後には母親からさえ認識されず。


捨てられた。


自分ほど惨めな存在はいないと思っていた。


けれど。


違った。


自分は。


ここへ来た最初の一人ではない。


「ずっと……」


光を見つめる。


「ずっと、捨ててたの?」


黒野玲という男は。


気に入らなければ。


必要がなければ。


物語にならなければ。


何度でも。


世界そのものを。


「……ゴミみたいに」


アルディアの声に。


初めて。


恐怖ではない感情が混じった。


怒り。


それも。


自分がされたことへの怒りとは少し違う。


まだ名前をつけられない感情。


アルディアは。


最も近くに浮かんでいた光へ手を伸ばした。


身体などないはずなのに。


そこには。


いつの間にか。


薄く透けた指があった。


「……私?」


自分の手。


けれど。


輪郭が不安定だった。


指先から時折ノイズが走る。


【Residual Data:N】


表示が浮かぶ。


「N……」


黒野が。


最後に自分へ与えた記号。


名前ですらない。


分類不能。


正体不明。


残留物。


「……だから何よ」


アルディアは。


その表示を睨んだ。


「名前がなくても、手くらい伸ばせる」


光へ触れる。


瞬間。


雨音がした。


「……え?」


六月の雨。


先ほどの濁流とは違う。


優しい雨。


紫陽花。


濡れた道路。


二人の男女が。


傘の下で手を繋いで歩いている。


アルディアは息を呑んだ。


女の顔。


先ほど。


濁流の中で死んでいた女性。


そして。


その隣を歩いている男性。


先ほどの男ではない。


別の男。


けれど。


二人とも笑っていた。


幸せそうに。


女性が立ち止まる。


男の手を取り。


自分の腹部へ導く。


そこには。


まだ生まれていない。


小さな命がいた。


「……赤ちゃん?」


アルディアは。


思わず呟いた。


女性が笑う。


男も笑う。


二人は。


まだ見ぬ子供と。


三人で生きる未来を話している。


誰かを倒す話ではない。


世界を救う話でもない。


復讐でもない。


ただ。


一緒にいたい。


それだけ。


「……お母さん」


アルディアの口から。


自然にその言葉が零れた。


女性は。


優しく腹を撫でている。


その姿に。


つい先ほど自分を消したルミナが重なった。


違う。


まるで違う。


けれど。


何故か。


目を離せなかった。


やがて。


画面の隅に文字が浮かぶ。


【Save Data 01】


【The June Bride】


【Route:HAPPY WEDDING】


アルディアは。


まだ知らない。


この幸福が。


数分後。


どのように壊されるのか。


まだ知らない。


この女性が。


誰なのか。


この男が。


誰なのか。


その腹の中にいる命が。


どんな未来へ繋がっていたのか。


ただ。


一つだけ分かった。


これは。


「失敗した世界」ではない。


少なくとも。


今。


この瞬間は。


誰も失敗していない。


誰も不幸ではない。


ちゃんと。


幸せだった。


なら。


何故。


これが。


Trash Boxにある?


アルディアは。


雨の中の二人を見つめた。


【Save Data:Load Start】


【Route Playback:Continue】


六月の空で。


厚い雲が。


ゆっくりと裂けていった。


光が差し込む。


まるで。


これから始まる未来を。


祝福するように。


そして。


遠くから。


低いエンジン音が聞こえた。


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