↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Vendetta Re-Verse ― 血と復讐の叙事詩 ―  作者: 慧梓
VendettaReverse 後半

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/36

第8章:愛し花、灼然くScene 4 神の気まぐれ― System Reset: The God's Whim ―

「寂しいなぁ」


その言葉を最後に、ルキアン・ヴェルティの身体は黒い炎へ飲み込まれた。


崩れた肉体は灰色の粒子となり、冷たい風に攫われていく。


後に残ったのは、彼岸花の甘い香りだけだった。


静寂。


先ほどまで河原を埋め尽くしていた赤黒いエラーコードも、犠牲者たちの呻き声も消えていた。


雨は止んでいる。


灰色の雲の隙間から、淡い光が差し込んでいた。


「……終わった」


アルディアは大きく息を吐いた。


終焉龍剣バハムートの黒い炎が静まり、刀身に走っていた赤い光もゆっくりと消えていく。


『見事ダ、娘ヨ』


バハムートの声は、戦いの前よりも穏やかだった。


『我ガ主ノ血ハ、正シク受ケ継ガレテイル』


「……ありがとう」


アルディアは、漆黒の刀身へ静かに答えた。


すぐ隣では、ジュラが大鎌を地面へ突き立てていた。


「まったく」


ジュラは肩を押さえながら、疲れ切った顔で息を吐く。


「復活して早々、化け物二人を相手にすることになるなんてね」


「ごめん」


「謝らないで」


ジュラは即座に返した。


「別に、貴女のためじゃないもの」


「そう」


「……何よ、その顔」


アルディアは少しだけ笑った。


ジュラが不機嫌そうに目を細める。


それは、アルディアが久しく見ていなかった表情だった。


復讐を始める前。


まだ二人で旅をしていた頃。


つまらないことで言い争い、どちらからともなく歩き出した、あの頃のジュラ。


「おかえり、ジュラ」


アルディアは、もう一度言った。


「……ただいま」


ジュラは目を逸らした。


その頬が少しだけ赤く見えたのは、枯れかけた彼岸花の色が映っただけなのかもしれない。


アルディアは大剣を下ろし、父を振り返った。


キアロンは、河原の泥の上で小さく身体を丸めていた。


耳を塞いでいた手は、既に力なく落ちている。


それでも顔を上げようとはしなかった。


「お父さん」


アルディアは、ゆっくり近づいた。


一歩。


また一歩。


父を刺激しないように、足音を立てずに歩く。


「もう大丈夫だよ」


キアロンの肩が僅かに震えた。


「怖い獣も、変な吸血鬼もいなくなった」


アルディアは大剣を地面へ置き、キアロンの前へ跪いた。


剣を持ったままでは、また怖がらせてしまう。


今の自分が敵ではないと、分かってほしかった。


「もう、誰もお父さんを傷つけないよ」


キアロンが、恐る恐る顔を上げた。


焦点の合わない瞳。


疲れ切り、骨のように痩せ細った身体。


そこに、アルディアの知る父の面影はほとんど残っていない。


それでも。


目尻の皺。


困った時に少しだけ下がる眉。


それだけは、昔と何も変わっていなかった。


「……だれ?」


キアロンが尋ねた。


「おまえ……だれ?」


胸が締めつけられる。


アルディアは泣きそうになるのを堪えた。


今の父の前で泣いてはいけない。


幼い頃とは違う。


今度は、自分が父を守らなければならない。


「私は、アルディア」


ゆっくりと、名前を伝える。


「アルディア・グリーンフェル」


キアロンの瞳が僅かに揺れた。


「ある……」


乾いた唇が動く。


「でぃ……あ……?」


「うん」


アルディアは頷いた。


「貴方の娘だよ」


「娘……」


キアロンは、初めて目の前の少女を見ようとした。


青緑の髪。


傷だらけの身体。


失われた右目へ埋め込まれた、魔女の義眼。


それらを一つずつ、壊れた記憶と照合するように見つめる。


「アルディア……」


その名を呼ばれた瞬間。


アルディアの視界が滲んだ。


たった一度。


ただ名前を呼ばれただけ。


それだけで、復讐を始めてから積み上げてきた憎しみも、苦しみも、すべて報われた気がした。


「ここにいるよ」


アルディアは、震える声で答えた。


「ずっと、探してた」


キアロンの手が動いた。


けれど、アルディアへ触れる直前で止まる。


「俺の……」


その指が震えている。


「大事な、あの子は……どこだ?」


記憶は、完全には戻っていない。


目の前の少女と、記憶の中で笑っている幼い娘を、同じ存在だと認識できていない。


それでも。


アルディアは、その手をそっと握った。


冷たい。


細い。


頼りない手だった。


けれど確かに、あの日自分の頭を撫でてくれた父の手だった。


「ここにいるよ、お父さん」


アルディアは、その手を自分の頬へ当てた。


「大きくなっちゃったけど」


キアロンの指が、僅かに動く。


義眼の周囲に残る古い傷跡を、恐る恐るなぞった。


「……痛かった?」


「少しだけ」


本当は、死ぬほど痛かった。


目を奪われた時も。


家族を失った時も。


ジュラが消えた時も。


父に忘れられた時も。


全部、痛かった。


けれど今は、それでよかった。


父がここにいる。


自分の頬へ触れている。


それだけでよかった。


「ごめん」


キアロンが呟いた。


何に対する謝罪なのか、本人にも分かっていないのだろう。


「守らないと……いけなかったのに」


「もういいよ」


アルディアは首を横に振った。


「今度は私が守るから」


キアロンは、何も答えなかった。


だが、アルディアの手を振り払うこともしなかった。


その様子を少し離れた場所から見ていたジュラが、大鎌を肩へ担いだ。


「早く行きなさい」


アルディアが振り返る。


「ジュラ?」


「ここに居続けても仕方ないでしょ」


ジュラは霧の向こうを顎で示した。


「出口があるかは知らないけど、歩かなければ何も見つからないわ」


「一緒に来ないの?」


「後から行く」


「どうして?」


「空気を読んであげてるのよ」


ジュラは、呆れたように溜息をついた。


「親子の再会に嫉妬して割り込むほど、私も子供じゃないわ」


「嫉妬の魔女なのに?」


「今すぐ貴女の頭を割ってもいいのよ?」


大鎌の刃が僅かに持ち上がる。


アルディアは笑った。


声を出して笑ったのは、いつ以来だろう。


ジュラも、ほんの少しだけ口元を緩めた。


『行ケ、娘ヨ』


地面に置かれていたバハムートが、黒い光に包まれる。


身の丈を超えていた大剣は形を縮め、アルディアの腰へ収まるほどの黒い剣へ変わった。


『我ハ、汝ト共ニアル』


「ありがとう」


アルディアは立ち上がった。


キアロンの手を引く。


父は一度だけ不安そうに周囲を見回したが、やがてゆっくりと立ち上がった。


「いこう」


アルディアは言った。


「ここは寒いから」


キアロンが、小さく頷く。


二人は並んで歩き始めた。


行き先は分からない。


三途の河原に出口があるのかも分からない。


霧の向こうに待っているのが、生者の世界なのか、別の地獄なのかも分からない。


それでも、一人ではない。


アルディアは、父の手を離さなかった。


キアロンもまた、その手を握り返していた。


霧の向こうへ消えていく二人の背中を、ジュラが静かに見送る。


枯れていた彼岸花が一輪だけ開き、冷たい河原に赤い色を取り戻した。


これでいい。


復讐は終わった。


失われた家族は、完全ではないにせよ戻ってきた。


壊れた者たちも、ようやく苦しみから解放された。


長く続いた悲劇は、ここで終わる。


少女は父と共に、新しい世界へ歩き出す。


第8章。


愛し花、灼然く。


――完。


「はい、カット」


パチン。


乾いた指の音が、世界へ響いた。


アルディアが握っていた父の手から、突然温もりが消えた。


「……え?」


柔らかな皮膚が、指の隙間で崩れる。


それは血でも、肉でもなかった。


ザラザラとした灰色の砂。


「お父さん?」


アルディアが振り返る。


そこには、誰もいなかった。


握っていたはずのキアロンの身体は崩れ、足元へ落ちた砂となっていた。


「お父さん!」


アルディアは砂を掻き集めた。


「待って! お父さん、どこ!?」


返事はない。


「アルディア!」


ジュラの声。


アルディアが顔を上げる。


離れた場所にいたジュラの身体にも、黒い亀裂が走っていた。


「ジュラ……?」


「何、これ……」


ジュラが自分の腕を見る。


指先から身体が粒子へ変わっていく。


「待って!」


アルディアが駆け寄ろうとする。


だが、その腰にあったバハムートが砕けた。


『――娘ヨ』


「バハムート!」


漆黒の剣は一瞬で光の粒子へ変わり、風に吹き飛ばされた。


『逃ゲ――』


声が途切れる。


「嫌……」


ジュラへ手を伸ばす。


「嫌よ、やめて!」


ジュラもまた手を伸ばした。


けれど、二人の指が触れる前に。


「アルディ――」


ジュラの姿が、黒いノイズとなって消えた。


父も。


ジュラも。


バハムートも。


足元に咲いた、一輪の彼岸花さえも。


フィルムが焼き切れるような音を立て、世界のすべてが崩壊していく。


「何……?」


アルディアは、空になった手を見つめた。


「何が起きてるの……?」


「あぁ」


空から、あくび混じりの声が降ってきた。


「おもんないなぁ」


灰色の空へ亀裂が入った。


巨大な硝子が割れるように、空そのものが崩れ落ちる。


その向こうにあったのは、夜でも光でもない。


無数の文字列が流れる、黒いシステム領域。


亀裂の奥から、一人の男が歩いてくる。


まるで目に見えない階段でもあるかのように、一段ずつ空を降りてくる。


仕立ての良い黒いスーツ。


片手には、古びた文庫本。


口元には、心底退屈そうな笑み。


アルディアは、男を知らなかった。


義眼にも、父の記録にも、その存在は残されていない。


それなのに。


本能が叫んでいた。


こいつが、すべての元凶だと。


「……誰?」


アルディアは腰へ手を伸ばした。


バハムートを抜こうとする。


だが、指が掴んだのは空気だけだった。


「え?」


剣がない。


隣にも、ジュラはいない。


手元にあるのは、泥と血で汚れた素手だけ。


「あー、それ?」


男は笑った。


「没収ね」


「返して」


「ん?」


「返してよ」


アルディアの声が震える。


「私の剣を……ジュラを……」


足元の砂を握り締める。


「お父さんを返してッ!」


叫びが、壊れた空へ反響する。


男は耳を塞ぐ仕草をした。


「うるさいなぁ」


アルディアの悲鳴など、虫の羽音ほどにも感じていない。


「いやぁ、笑わせてもらったよ」


男は文庫本を開き、そこに記された文章を読み上げるように話し始めた。


「パパが残した最強武器」


ページを一枚捲る。


「死んだお友達が都合良く復活」


さらに一枚。


「昔の敵を全員倒して、最後は記憶を失ったパパと感動の再会」


パタン。


文庫本を閉じる。


「何ですか、これ?」


男は小首を傾げた。


「おヴぁーかでぇーすかぁー?」


「……ッ!」


「恥ずかしいなぁ」


心底憐れむような目で、アルディアを見下ろす。


「僕が用意した敵を、僕が許可した力で倒して、それで自分の力で勝ったつもり?」


「貴方が……」


「うん?」


「貴方が、みんなに何をしたの?」


「何って」


男は考えるように顎へ指を当てた。


「設定変更?」


軽い口調だった。


「ちょっとAIに自由に演算させすぎたんだよね。まさかバハムートまで勝手に引っ張り出して、ハッピーエンドを作るとは思わなかった」


「AI……?」


「君たちのことだよ」


男はアルディアの額を指差した。


「僕の世界で動く、物語用の人工知能」


「私たちは……」


「キャラクター」


男は笑った。


「観測者を楽しませるためのね」


アルディアの思考が、言葉を拒絶した。


父の手の温もりも。


ジュラと過ごした旅も。


失った家族への悲しみも。


復讐の痛みも。


すべてが誰かを楽しませるために用意されたものだと、この男は言っている。


「嘘よ」


「別に信じなくてもいいさ」


男は肩をすくめた。


「ただね、ご都合主義は僕だけで十分なんだよ」


黒い空間に、無数のウィンドウが浮かび上がる。


【Bahamut_Zero.dat】


【Jura_Reconstruction.log】


【Happy_End_Route_08】


三つのファイルへ、赤い文字が重なった。


【CONFISCATED】


【DELETE】


「やめて!」


アルディアが手を伸ばす。


だが、ファイルは次々とゴミ箱へ落ちていく。


「返してよ!」


「嫌だね」


「どうして!」


「つまらないから」


それだけだった。


誰かの命を消す理由として。


家族の再会を壊す理由として。


あまりにも軽く、あまりにも純粋な悪意。


「せっかく、次の出演者まで用意してたのに」


男は指を鳴らした。


「君たちだけで勝手に終わられたら困るんだよ」


「次の……?」


「あぁ、そうだ」


男は、獲物の反応を楽しむように口元を歪めた。


「本当のママとの再会」


「……ママ?」


アルディアの脳裏に、失われた家族の姿が浮かぶ。


自分を抱き締めてくれた母。


父と並んで笑っていた、優しい女性。


「お母さんは、死んだ」


「その人じゃないよ」


男は楽しそうに首を振った。


「君を産むはずだった女」


「何を……言ってるの?」


「まあ、会えば分かるさ」


男が、再び指を鳴らす。


「つまんないから、リセットね」


世界が震えた。


「はい♪」


黒いシステム領域に、命令文が表示される。


【System Command】


【Load Sequence:Real_Hell_ver.2.0】


「やり直し」


キュルキュルキュルッ!


世界が逆回転を始めた。


崩れた空が戻る。


散った花弁が枝へ吸い込まれる。


足跡が消え、流された泥が元の場所へ戻っていく。


アルディアの身体が、見えない何かに掴まれた。


「やめて!」


強制的に後方へ引き戻される。


「嫌! やめてよ!」


父と歩いた距離が、ゼロへ戻る。


ルキアンを貫いた傷が消える。


ガルムを断った記憶だけが残り、その結果だけが奪われる。


ジュラの肉体は復元されない。


バハムートも戻らない。


アルディアが得たものだけが没収され、彼女の身体だけが物語の開始地点へ戻されていく。


「返してェェェッ!」


絶叫が、巻き戻る世界に飲み込まれた。


ノイズ。


暗転。


そして。


アルディアは、再び河原に膝をついていた。


目の前には、崩れた石の塔。


泥だらけの両手。


武器はない。


仲間もいない。


父もいない。


【Player Status】


【Name:Aldia Greenfell】


【Level:1】


【Weapon:None】


【Ally:None】


【Administrator Authority:0】


「どうして……」


アルディアは震える両手を見つめた。


「どうして、また……」


コツ。


河原に、硬い足音が響く。


コツ。


コツ。


革靴ではない。


細い踵が石を踏む、優雅な音。


リコリスの花が、何かを恐れるように左右へ倒れていく。


アルディアは、ゆっくりと顔を上げた。


霧の奥から、一人の女性が歩いてくる。


長い髪。


白く輝く肌。


神々しさと禍々しさを同時に纏った、絶対的な存在。


その姿を、アルディアが忘れるはずがなかった。


あの日。


街を消した。


世界を消した。


仲間を消した。


そして最後には、アルディア自身をも、不要なノイズとして消し去った存在。


「……魔王」


喉が引きつる。


「アマリス……ルミナ……!」


身体が勝手に後ずさった。


戦おうという意思すら湧かない。


勝てるはずがない。


目の前の女は、剣や魔法で倒すような敵ではない。


世界そのものを終わらせた存在。


アルディアの手にあるのは、泥に汚れた小石が一つだけだった。


空の上から、男の声が聞こえる。


『さぁ、アルディアちゃん』


楽しげな声。


『パパの遺産も、お友達の力もなし』


魔王ルミナが、アルディアを見下ろす。


その瞳には、懐かしさも愛情もない。


目の前に存在する、意味不明な異物を観測するだけの目。


【Target Recognition】


【Unknown】


【Noise】


『その状態で、自分を産まずに殺した最強のラスボスと、どう向き合うのか』


「産まずに……?」


アルディアの呼吸が止まる。


『貴女の本当のお母様とね』


「何を言って……」


魔王が、ゆっくりと片手を持ち上げた。


その掌へ、世界を白く塗り潰す光が集まっていく。


アルディアは逃げることもできず、ただ震えていた。


黒野の声が、静かに告げる。


『さぁ、ママ』


光が、河原を照らした。


『仕事の時間だよ』


【BAD END ROUTE】


【START】


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。