↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Vendetta Re-Verse ― 血と復讐の叙事詩 ―  作者: 慧梓
VendettaReverse 後半

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/36

第8章:愛し花、灼然く Scene 2 抜かれざる龍剣― The Unsheathed Dragon ―

「先生」


その声を聞いた瞬間、キアロンの身体が硬直した。


霧の中から現れたルキアン・ヴェルティは、アルディアなど初めから存在していないかのように、その横を通り過ぎた。


「やっと……やっと見つけた」


黒い法衣が風を切る。


「お父さん!」


アルディアが止めるより速く、ルキアンはキアロンの背中へ抱きついた。


「先生ぇ……」


頬を擦り寄せる。


それは再会を喜ぶ抱擁ではない。


三億年もの間、探し続けた所有物へ、自分の匂いをつけるような仕草だった。


「ずっと探していたんですよ」


ルキアンの指が、キアロンの白衣を掴む。


「僕を置いて、娘なんて作って。挙げ句の果てに、こんな場所へ隠れているなんて……酷い人だ」


「あ……あぁ……」


キアロンの口から掠れた声が漏れた。


「さあ、帰りましょう」


ルキアンは恍惚と微笑んだ。


「もう誰にも邪魔はさせません。今度こそ、僕と先生だけで――」


「触るな!」


キアロンが、ルキアンの腕を振り払った。


その力は弱い。


けれど、拒絶だけは明確だった。


「……先生?」


「来るな……化け物」


ルキアンの笑顔が止まった。


「今、何と?」


「お前を知らない」


キアロンは泥の中を後ずさった。


「俺の知っているルキアンは……もっと小さくて、少し意地悪で、それでも頭のいい子だった」


「何を言っているんです?」


「こんな……血の臭いをさせた化け物じゃない」


「先生」


「近寄るな!」


キアロンの叫びが、河原に響いた。


ルキアンの伸ばした手が、宙に取り残される。


「俺の生徒じゃない」


沈黙。


雨だけが、三人の間へ降り続ける。


やがてルキアンの肩が、小刻みに震え始めた。


「……僕が」


俯いた顔に、黒い髪がかかる。


「僕が、先生の生徒じゃない?」


笑っているのか。


泣いているのか。


その声からは判別できなかった。


「先生のために、どれだけの時間を使ったと思っているんです?」


ルキアンが顔を上げる。


真紅の瞳には、笑みとは正反対の、底知れぬ怒りが宿っていた。


「僕は貴方を愛し続けた。貴方だけを探し続けた。邪魔なものを全部消して、貴方が戻ってくる場所を守っていた!」


「そんなものを、愛とは呼ばない」


アルディアが、父の前へ割って入った。


「お父さんから離れなさい」


「娘は黙っていてくれないかい?」


ルキアンの瞳が、ようやくアルディアを捉えた。


「今、僕は先生と大切な話をしているんだ」


「貴方と話すことなんてない」


アルディアは空の両手を構えた。


武器はない。


魔力もない。


それでも一歩も退かなかった。


「お父さんが嫌がってる」


「お父さん、お父さん、お父さん……」


ルキアンは苛立たしげに繰り返した。


「本当に耳障りだね。その呼び方」


その時。


霧の奥から、獣の呻き声が響いた。


「……先、生……」


ズルリ。


巨大な爪が泥を掻いた。


「先生……イタダキ、マス……」


現れたのは、ガルム・ブラッドハウンドだった。


かつての理性も、人としての面影も、ほとんど残っていない。


四つん這いになった巨体。


裂けた口から垂れ続ける涎。


濁った瞳は、ただ一人――キアロンだけを見つめていた。


「ガルム……」


アルディアの声が震えた。


自分へ魔女の眼を与えた男。


復讐の始まりを作り、最後には自分の手で眠らせた恩人。


「赦シテ……先生」


ガルムは、苦しげに喉を鳴らした。


「腹ガ……減ッタ……」


次の瞬間。


巨体が泥を爆発させた。


「先生ェェェッ!」


巨大な顎が、キアロンへ迫る。


だが、その牙が届く寸前。


ドンッ!


革靴の踵が、ガルムの鼻面を蹴り上げた。


「ギャウンッ!」


巨体が宙を舞い、河原へ叩きつけられる。


「汚いなぁ」


キアロンを背に庇いながら、ルキアンは靴についた泥を払った。


「涎を撒き散らさないでくれないか。先生は、これから僕が愛でるんだ」


「ガ……ル……」


「君みたいな駄犬の胃袋に収まるなんて、美しくないだろう?」


「やめろ」


キアロンが呟いた。


ルキアンは微笑み、振り返る。


「もう大丈夫ですよ、先生。昔みたいに、僕が――」


「やめてくれ!」


差し出された手を、キアロンは再び払いのけた。


「お前も、ガルムも……俺の知っている生徒じゃない!」


「先生……?」


「エラーだ」


頭を抱え、震えながら叫ぶ。


「こんなのは……バグだ!」


ルキアンの表情から、すべての感情が消えた。


泥の中では、ガルムが再び立ち上がろうとしている。


アルディアは父を守るように両腕を広げた。


武器がない。


この二人を同時に相手にすれば、数秒も持たない。


それでも退くつもりはなかった。


「触らないで」


白い杭が、霧を貫いた。


ガルムの横腹へ突き刺さり、その巨体を弾き飛ばす。


「……ギャゥッ!」


霧の中から、腰から下を失った白い少女が浮かび上がった。


身体の欠損部分から、白と黒のノイズが漏れ続けている。


ハクレン・トウヤ。


アルディアが一度、両断したはずの虚飾の少女。


「その色は、私のものよ」


ハクレンはアルディアを睨みつけ、それから期待に満ちた表情でルキアンを見た。


「パパ!」


ルキアンは反応しない。


「見て、パパ! あの駄犬を追い払ったよ!」


ハクレンは、褒められるのを待つ子供のように両手を広げた。


「あの子を殺して、色を奪えば……私にも色がつくの?」


「……」


「そうしたら、私を一番にしてくれる?」


ルキアンはようやくハクレンへ視線を向けた。


そこに愛情はない。


懐かしさもない。


壊れた道具を確認するような、冷たい目だけだった。


「あぁ」


ハクレンの顔に、希望が灯る。


「なんだ。まだ動いていたのかい、失敗作」


「……え?」


「うるさいよ、モルモット」


ルキアンは、吐き捨てるように言った。


「君にはもう、先生を守る壁としての価値すらない。そこにいられると、僕の視界が汚れるんだ」


「パ、パ……?」


「さっさと消えてくれないか?」


ハクレンの表情が凍りついた。


両断された身体の痛みより深く、その言葉が彼女の存在を切り裂いた。


「どうして……」


震える瞳が、ルキアンからアルディアへ向く。


「どうして、あの子だけを見るの?」


白いノイズが、ハクレンの背後から噴き出した。


「ママも、私をいらないって言った」


無数の白い杭が展開される。


「パパも、私を見てくれない」


空間そのものが、修正液を流し込まれたように白く軋む。


「なのに……どうして貴方だけ!」


殺意が、アルディアへ集中した。


「貴方さえいなければ!」


白い杭が一斉に放たれる。


「私はパパの一番になれたのにィィッ!」


逃げられない。


アルディアは父の前から動かなかった。


その時。


胸元で、漆黒の結晶が脈打った。


ドクン。


「……え?」


猛烈な熱が掌へ伝わる。


『許さない』


懐かしい声が、アルディアの頭の中へ響いた。


『アルディアに触れていいのは、私だけ』


「ジュラ……?」


『アルディアを傷つけていいのも、私だけ』


結晶に亀裂が走る。


『その薄汚い偽物が――』


バキィィィン!


結晶が砕けた。


中から溢れ出した闇がアルディアの腕へ絡みつき、巨大な鎌を形作る。


『私のアルディアを見るんじゃないわよ!』


アルディアは反射的に柄を握り、迫る白い杭へ大鎌を振るった。


刃が、杭へ触れる。


その瞬間。


ジュボォォォォッ!


斬ったのではない。


大鎌は、白いノイズを飲み込んだ。


杭も、魔力も、空間を塗り潰そうとした虚飾そのものも、黒い刃が残らず喰らっていく。


「そんな……!」


ハクレンが目を見開く。


『不味いわね』


大鎌の刃に、紫色の瞳が浮かんだ。


『中身が空っぽだから、味がしないわ』


「私の中に入ってくるなァァッ!」


ハクレンは錯乱し、さらに白い杭を放つ。


しかし、すべて大鎌に喰われていく。


「パパ! 助けて!」


ルキアンは露骨に舌打ちした。


「ねぇ、モルモット」


いつの間にか、その指には一本の彼岸花が挟まれていた。


「テレビが砂嵐になったら、どうするか知っているかい?」


「……え?」


「叩いて直すか、電源を抜くんだよ」


指が鳴る。


彼岸花が弾け、無数の赤い針となってハクレンの身体を貫いた。


「ギャアアアアアッ!」


ハクレンが地面へ縫い付けられる。


流れ出すのは血ではない。


白黒のデータノイズ。


「パパ……痛い……」


「君の涙も、痛みも、全部プログラムされた演技だろう?」


ルキアンは興味を失ったように背を向けた。


「興醒めなんだよ。廃棄処分されな」


『廃棄するの?』


大鎌が、ゴクリと喉を鳴らした。


『だったら、私が貰ってもいいわよね?』


「何?」


アルディアの手の中で、大鎌が勝手に跳ねた。


「ちょ、ジュラ!」


『いただくわ!』


黒い刃がハクレンへ突き刺さる。


「いや……!」


刃から溢れた黒い泥が、ハクレンの身体を包み込んだ。


「パパ! 助けて!」


『黙りなさい』


黒い泥が、白いノイズを咀嚼する。


『その声も、魔力も、空っぽの器も――』


ハクレンの身体が、闇へ沈んでいく。


『アルディアの隣へ戻るための材料にさせてもらうわ』


断末魔が途切れた。


大鎌がアルディアの手から離れ、空中へ浮かぶ。


黒い泥が渦を巻き、人の輪郭を作り始めた。


腕。


脚。


白い肌。


紫紺の長い髪。


最後に、赤紫色の瞳が開く。


「……不味かった」


少女は地面へ降り立ち、口元を拭った。


「でも、肉体を作るには十分ね」


「ジュラ……」


アルディアは目を見開いた。


そこにいたのは、武器でも、結晶でもない。


ジュラ・ヴァイン。


かつて自分を守って消えた、嫉妬の魔女だった。


「遅くなってごめんなさい、アルディア」


ジュラは悪戯っぽく笑った。


「ただいま」


「……おかえり」


アルディアの声が震えた。


ジュラは一瞬だけ優しい表情を見せる。


だが、すぐに漆黒の大鎌を作り出し、ルキアンへ刃を向けた。


「さて」


「娘を食べて復活するなんて」


ルキアンが乾いた拍手を送る。


「君たち、本当に環境に優しいねぇ」


「黙りなさい、変態吸血鬼」


ジュラはアルディアの隣へ並んだ。


「アルディア。薄い方は私がやるわ」


「薄い方?」


「愛が重いと自称している割に、中身が空っぽの方」


ルキアンの額に青筋が浮かぶ。


その隙を突くように、ガルムが咆哮を上げた。


「先生ェェェッ!」


獣が再び地面を蹴る。


ジュラはルキアンの放った血の茨を大鎌で受け止める。


「アルディア!」


ガルムの牙が迫る。


アルディアには、もう大鎌はない。


ジュラは武器ではない。


隣に立つ相棒だ。


アルディアは丸腰のまま、父を庇って両腕を広げた。


「やめろ!」


背後で、キアロンが絶叫した。


娘が喰われる。


かつての愛弟子が、娘を殺そうとしている。


自分には、何もできない。


その絶望が、キアロンの影に眠っていた何かを呼び覚ました。


『――嘆くな、我が主よ』


ドクン。


キアロンの足元から、漆黒の影が爆発的に広がった。


ガルムが動きを止める。


影の中で、二つの黄金の瞳が開いた。


『我ハ、待ッテイタ』


巨大な爪が、影の淵を掴む。


『我ガ力ヲ振ルウニ値スル――主ノ血ヲ引ク者ヲ』


闇から現れたのは、全てを飲み込む漆黒の鱗。


古龍バハムート。


その巨体が河原を覆い、咆哮だけでガルムを後ずさらせる。


「貴方は……」


アルディアが見上げる。


「お父さんの……?」


『然リ』


バハムートは黄金の瞳でアルディアを見下ろした。


『我ハ召喚獣ニアラズ』


古龍の全身が、黒い光に包まれる。


『我ハ武具ナリ』


巨体が収縮する。


鱗が刃へ。


牙が切っ先へ。


咆哮が、刀身を走る赤い光へと変わる。


アルディアの目の前に、身の丈を超える漆黒の大剣が浮かんだ。


『娘ヨ。掴メ』


アルディアは柄へ手を伸ばした。


『嫉妬デハ殺シ切レヌ暴威ヲ、我ガ顎デ喰ライ尽クセ』


指が柄を握る。


ドクンッ!


膨大な力が、腕から全身へ流れ込んだ。


重くない。


初めから自分の身体の一部だったように、大剣はアルディアの手へ馴染んだ。


【System Alert】


【Weapon Equip:Bahamut Zero】


アルディアは剣を振るった。


ただ、それだけだった。


放たれた衝撃波がガルムを吹き飛ばし、河原を覆っていた霧を一瞬で切り裂く。


漆黒の刀身が、低く唸った。


剣でありながら、生きた龍。


振るうたび、空間そのものを喰らう古代の捕食者。


「なるほどね」


ジュラが軽やかにアルディアの隣へ降り立った。


その手には、自らの魔力で作り出した大鎌。


「私の鎌が、貴女を守る盾」


ジュラはルキアンへ刃を向ける。


「その剣が、敵を滅ぼす矛」


アルディアは涙を拭い、頷いた。


手には、父が遺した終焉龍剣バハムート。


隣には、武器ではなく相棒として蘇ったジュラ。


正面には、立ち上がるガルム。


笑みを歪ませるルキアン。


アルディアは大剣の切っ先を、二人へ向けた。


「さぁ――第2ラウンドよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。