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Vendetta Re-Verse ― 血と復讐の叙事詩 ―  作者: 慧梓
VendettaZero

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18/20

幕間:人形師は二度、欠伸をする

「ふぅ。行ったね」


プツン。


ホログラムのスイッチを切り、白衣の青年は大きく伸びをした。


ディリジア・クロノグラフ。

死んだはずの男。


正確には——「生きることに飽きて、死んだふりをしていた」男。


彼はモニターに映るヒューミリスたちの背中を見送りながら、気だるげに欠伸を噛み殺した。

連れて行かれた三体の愛娘——A・E・G——の小さな影が、画面の端に消えていく。


「やれやれ」


椅子の背もたれに沈み込む。


「あんな暑苦しい演説、二度と御免だよ。『僕の意思を継いでくれ』……なんてね」


一拍。


「嘘じゃないけど、半分は方便だ」


暗がりから無数の赤い光が一斉に灯った。

センサーが起動する。

影から音もなく現れたのは、メイド服の機巧少女。肩には『B-2048991』の刻印。


「マスター。心拍数に乱れあり。演技の疲労と推測します」


「ベル、紅茶を頼む。砂糖は多めで」


「かしこまりました」


ベルの後ろには、整列した少女たちがいる。

C、D、F、H——アルファベットが欠番になっているのは、A・E・Gが連れて行かれたからだ。

量産型と試作型が、主人の次の命令を待って静止している。


---


ベルがカップを差し出した。


「宜しいのですか、マスター。権限をあの少年に譲渡して」


無表情の中に、わずかな戸惑いが滲んでいる。


「A・E・Gの三体は、貴方様が魂を削り、永遠とも呼べる時を費やして生み出した最高傑作ではありませんか」


クロノは角砂糖を三つ放り込み、スプーンでカチャカチャとかき混ぜた。


「最高傑作、か。……確かにそうかもしれないね」


天井を見上げる。


この島を作るのに、どれだけかかったか。

眠る間も惜しんで設計図を引いた夜。

指先が擦り切れるほど調整を続けた朝。

世界を救うため——いや、本当は、自分の「正しさ」を証明するため。


「でも、頑張っても、頑張っても、キリがないんだよ」


声が、静かになる。


「完璧を目指して走り続けてきたけれど——ゴールなんて、どこにもなかった」


かつて宿っていた狂気的な光が、クロノの瞳から消えていく。

代わりに残ったのは、深く淀んだ虚無だった。


それは——張り詰めていた糸がプツリと切れた瞬間。

積み上げた情熱が燃え尽き、その灰の中から何かが生まれる瞬間。


「怠惰(Sloth)」という名の、大罪が。


「あの少年は面白い。僕が何年もかけて計算した数式を、ただの直感で塗り替えてしまう」


モニターの中で、エリュが巨大な鎌を振るっている。


「働け、ヒューミリス。僕の代わりに、世界を救ってくれ。……僕はもう、疲れたんだ」


椅子に体重を預け、ゆっくりと瞼を閉じた。

もう働かなくていい。世界を救う義務もない。


最高の安息を、手に入れたはずだった。


---


「本当にそう思うか?」


クロノは弾かれたように目を開けた。


誰もいないはずの管制室。

ベルたちもスリープモードに入っている。


振り返る。


そこには——もう一人の自分が立っていた。


外見は同じだ。

だが、纏っているものが決定的に違う。

薄汚れた白衣ではなく、仕立ての良い漆黒のスーツ。

そして瞳には、善意の欠片もない。

ただ——底知れない愉悦と、狂気だけが渦巻いていた。


「やあ、お疲れ様。いい演技だったよ、『僕』」


男が乾いた拍手を送る。


「君の献身的な自己犠牲、涙を誘う親心……素晴らしい。おかげでヒューミリス君は、君の遺志を継ぐ正義の味方として、やる気満々で南へ向かったわけだ」


「何者だ」


クロノがコンソールに手を伸ばそうとする。

身体が、動かない。

男が指を一本立てただけで、島の全制御権が——完全に掌握されていた。


「水臭いなぁ。僕は君だよ。君のオリジナルであり、創造主」


男は自分の胸元を指した。


「黒野 クロノ・レイ。この世界という名の盤面を動かす、プレイヤーさ」


---


黒野はクロノのデスクに腰掛け、脚を組んだ。


「君には『善き開発者』という役を与えたけど、本当によくやってくれたよ。対天魔兵器なんて大層なオモチャまで作ってさ」


「……全ては、貴様の筋書き通りだったというのか」


「当然だろう。ヒーローには『強力な武器』と『悲しい継承劇』が必要だろ? その方が盛り上がる」


黒野が空中にホログラムを投影した。

世界の最南端——聖杯の輝きが映し出される。


「あの聖杯を作ったのも僕だ。ルールを知ってるかい? 願いを叶える代わりに大切なものを奪う。そして——転生は一度きり、という制限」


「なっ……!?」


「だって、その方が面白いでしょ?」


黒野は子供のように無邪気に笑った。


「人生は一度きりだ。だからこそ、一度だけやり直せる機会を作ってあげる——ああ、僕ってなんて優しいんだろう!」


「狂っている」


「違うよ。愛だ」


黒野は両手を広げた。


「無限にコンティニューできるゲームなんて、誰も真剣にやらない。次がないからこそ、人間は必死に足掻き、裏切り、殺し合い、輝くんだ」


---


黒野はクロノの顔を覗き込んだ。


「さて、役目を終えた舞台装置は片付けないとね」


「待て、私は——」


「君のデータは、ヒューミリス君の物語を盛り上げるスパイスになった。それで満足して消えなよ」


一拍。


「ああ、そうだ。大罪の器は回収しておくよ。これは……また楽しくなりそうだ」


黒野が指をパチンと鳴らした。


ザザザッ——。


クロノの身体がノイズとなって崩れ始める。

断末魔の叫びすら上げられない。

ただのデータクズとなって、霧散した。


後に残ったのは、空になった椅子と、冷めきった紅茶だけ。


---


黒野はモニターに映るヒューミリスたちを見つめた。


「行け、ヒューミリス。聖杯へ辿り着け。そして——世界を滅ぼす『天魔大戦』のトリガーを引くんだ」


彼の姿が揺らいだ。


実体でありながら、実体ではない。

今この瞬間、彼はここにいると同時に——1億5千万年後の未来でアマリス・ルミナの絶望を眺め、3億年前の過去で最初の種を蒔いている。


過去、現在、未来。

全ての時間軸に偏在する男。

その全てで同時に殺さなければ、滅びない。


機械仕掛けの神——デウス・エクス・マキナ。


「さあぁ」


誰もいない管制室で、黒野は楽しそうに嗤った。


「最っ高の暇つぶしを、始めようか」


一拍。


「簡単には壊れてくれるなよ???」


笑い声が、空になった管制室に響いた。


冷めた紅茶は、誰にも飲まれないまま——そこにあった。


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