第9話:伝統という名のバグを修正する
最大の既得権益、魔導士公会との対決です。
アレスティアの発展は、ついにある「聖域」に触れた。
大陸全土の魔導士を束ね、魔法の正当性を定義してきた組織――『魔導士公会』である。
彼らにとって、魔法は「選ばれた才能」が「神聖な祈り」を通じて行使する儀式だった。
アレスが提唱する「誰でも、数式さえ理解すれば使える技術」という概念は、彼らの存在意義を根本から否定する「禁忌」に他ならない。
「アレス・グレイ。貴様を禁忌魔導行使、および魔導倫理違反の疑いで審問する」
アレスティアの玉座の間……もとい、アレスの総統執務室に、三人の老人が現れた。
公会の最高決定機関である『賢人会議』の審問官たちだ。彼らは古びた、しかし強大な魔力を帯びた法衣を纏い、威圧的な沈黙を伴ってアレスを見下ろした。
アレスは、最新式の魔導ディスプレイから目を離さず、タイプ音を響かせながら答えた。
「予約なしの訪問ですね。……公会の審問官がこれほどまでに礼儀を欠いているとは。計算外です」
「黙れ! 貴様が行っているのは魔法の冒涜だ! 聖なる術式を数式などという無機質なものに書き換え、あまつさえ平民に解放するなど……世界の均衡を崩す気か!」
中央に立つ老審問官が、重厚な杖を床に叩きつけた。
その瞬間、部屋の空気が重くなり、アレスの周囲に「魔法封じ」の結界が展開される。
「貴様の傲慢もここまでだ。この『神の沈黙』の結界内では、いかなる魔法も発動できん。さあ、大人しく公会の地下牢へ――」
「……面白い」
アレスが、カチリ、とエンターキーを叩いた。
結界が、ガラスが割れるような音を立てて霧散した。
「な、何!? 結界が……消失した? 呪文も、杖の予備動作もなかったはずだ!」
「消失したのではありません。君たちの結界の『振動数』をスキャンし、逆位相の魔力をぶつけて相殺しただけです。……たかが二変数関数の演算ですよ。あくびが出ます」
アレスは椅子を回し、ようやく審問官たちと向き合った。
その瞳には、知性という名の暴力が宿っている。
「君たちが守っている『伝統的魔法』。それは、前時代的なOSの上で動く、バグだらけのレガシープログラムです」
「レガシー……? 何を訳の分からぬことを!」
「例えば、君たちの『火焔球』。発動に六小節の詠唱と三秒の精神統一が必要でしょう? それは術式の中に、不要な『神への賛美』や『抽象的なイメージ』が混入しているからです。……カイル、実演して」
壁際で控えていたカイルが、標準仕様の魔導端末を掲げた。
「『火焔定義:燃焼範囲半径 $3\text{m}$。エネルギー出力 $500\text{MJ}$』……実行」
シュッ、と。
一瞬、わずか $0.1$ 秒の起動時間で、カイルの前に完璧な球体状の炎が具現化した。
その熱量と安定性は、審問官たちが一生をかけて磨いてきた術式を遥かに凌駕していた。
「魔法は祈りではない。ただの事象の改変です」
アレスは立ち上がり、審問官たちに歩み寄る。
「君たちが『才能』と呼ぶものは、単に脳内の演算処理能力の個体差に過ぎない。君たちが『秘儀』と呼ぶものは、情報の独占による権威付けに過ぎない。……そんな非効率なシステムで、この世界の魔素を無駄遣いするのはやめていただきたい」
「貴様……本気で、魔導士公会と戦うつもりか! 我々がその気になれば、大陸中の魔石供給を止めることもできるのだぞ!」
「ああ、それなら心配ありません」
アレスは背後のホログラムに、一つの巨大なプラントを映し出した。
「昨日、大気中の魔素を直接結晶化させる『人工魔石合成炉』がフル稼働を始めました。純度は天然物の二十倍。コストは百分の一です。……今日から、魔石はただの『石ころ』と同じ価値になります」
「な……っ」
審問官たちは、足元から世界が崩れていく感覚に襲われた。
魔法という神秘を剥ぎ取り、ただの工業製品へと変えてしまった男。
彼が今しているのは、一国との戦争ではない。この世界の「価値基準」そのものの抹殺だ。
「公会の皆さん。君たちの持つ知識は、我が国の図書館へ寄贈してください。ただし、非合理的な部分はすべて赤字で修正させていただきますが」
「……アレス・グレイ……貴様は、神にでもなるつもりか……」
「神? いいえ。僕はただの『エンジニア』ですよ」
アレスは再びデスクに戻った。
「カイル。審問官の皆さんに、アレスティアの『魔導工学入門』のテキストを差し上げて。……あと、彼らの法衣に使われている魔導糸は貴重な炭素素材だ。脱いでもらって、リサイクル回しにしておいてください」
「はい、陛下! すぐに手配します!」
呆然と立ち尽くす審問官たち。彼らの「伝統」という名の牙は、アレスの「論理」という名の光に焼かれ、一本も残ってはいなかった。
窓の外では、アレスティアの空を「魔導列車」が静かに走り抜けていく。
古い神秘が死に、新しい理性が産声を上げる。
その中心で、元宮廷魔導士は次の「最適化」を求めてペンを走らせた。
古い常識が壊れる瞬間は書いていて楽しいです。
いよいよ、次で最終回となります!




