第10話:世界の再定義(ロジカル・ワールド)
ついに最終回です。
アレスが最後に何を最適化するのか、見届けてください。
追放から、ちょうど三年が経過した。
かつての「棄民の地」ザルツは、今や大陸の心臓部となっていた。
白銀の摩天楼が建ち並び、空には幾筋もの魔導列車の軌道が光の川のように走る。
アレスティア魔導共和国。
そこは、祈りや家柄ではなく、知性と労働が報われる唯一の理想郷だ。
アレスは、完成したばかりの「世界演算塔」の頂上に立っていた。
「陛下。すべての準備が整いました。……本当に行うのですか?」
背後に立つシエラが、震える声で尋ねた。
彼女の隣には、青年へと成長したカイルが、誇らしげに、しかし名残惜しそうにアレスを見つめている。
「シエラ、カイル。三年前、僕はこの世界を『バグだらけだ』と言った。……ようやく、そのパッチ(修正プログラム)の配布準備が終わったんだ」
アレスが操作パネルを叩くと、足元から巨大な魔法陣――いや、幾何学的な電子回路が展開され、アレスティア全体を包み込んだ。
*
同時刻。崩壊したエルディア王都の跡地。
瓦礫の山の中に、一人の老人がいた。
かつての栄華を失い、魔獣の食べ残しを漁って生き延びていたエルディア王だ。
アレスに与えられた「脂肪を魔力に変える転移機」を使い、皮肉にも醜い贅肉をすべて削ぎ落とされた彼は、もはや誰にも王だと気づかれない。
「アレス……。予は、どこで間違えたのだ……」
王が天を仰いだその時。 空全体が、透き通った青い回路図に覆われた。
――アレスティアによる「全世界魔素平準化」の開始。
それは、世界中の魔素を一箇所に溜めることを禁じ、全人類に均等に、かつ「理解度」に応じて分配するシステムだった。
一部の特権階級が魔法を独占する時代は、今、物理的に終わったのだ。
「あぁ……魔力が……消えていく……」
王が呆然と呟く。だが、消えたのではない。
彼のような「使い方を知らぬ者」の手にあった力が、大地を耕し、病を治すための「公共財」へと還っていっただけだ。
*
アレスティアの塔。
「演算終了。世界の定義、更新完了です」
アレスは深い溜息をつき、椅子に深く腰掛けた。
彼の脳内にあった膨大な魔法式は、すべて世界そのものへインストールされた。
もう、彼一人が必死に「最適化」を続ける必要はない。
「これで、僕がいなくてもこの世界は勝手に良くなっていく」
「陛下……『僕がいなくても』なんて、不吉なことを言わないでください」
カイルが泣きそうな顔で駆け寄る。
「不吉じゃない。これは最高に『効率的』な引退宣言だよ、カイル。……あとは、君たちがこのツールをどう使うかだ」
アレスは立ち上がり、窓を開けた。
かつての冷徹な「効率厨」の瞳に、ほんの少しだけ、前世の若者のような悪戯っぽい光が宿る。
「シエラ。警備局長としての次の仕事は、僕の『休暇』の邪魔をさせないことだ。……いいかい、僕はこれから、誰にも邪魔されず、世界一非効率な『ただの散歩』に出かけるんだからね」
「……っ。了解いたしました。陛下……いえ、アレス!」
シエラは最高の敬礼で見送った。
*
数日後。
アレスティアの賑やかな市場を、一人の青年が歩いていた。
彼はもう、空飛ぶ軍艦を操ることも、重力を書き換えることもない。
ただ、露店で売られている焼きたてのジャガイモを一つ買い、熱さに悶えながら口にする。
「……ふむ。計算によれば、あと三秒冷ましてから食べるべきでしたね」
青年は苦笑し、晴れ渡った空を見上げた。
そこには、かつて彼を裏切った王都の影も、自分を縛り付けていた宮廷の重圧もない。
あるのは、彼が定義し、彼が救った、新しい世界の息吹だけだ。
「さて……。次は、何を『楽しんで』やろうか」
元宮廷魔導士の微笑みは、もう冬の月のように冷たくはなかった。
それは、春の陽だまりのように、穏やかで、そしてどこまでも自由だった。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
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