第8話:特権階級の再定義
お待たせしました。
かつての敵、グラハム男爵への報復回です。
アレスティアの入国管理ゲートには、今日も数千人の列ができていた。
だが、その最後尾近くに、周囲の難民たちとは明らかに毛色の違う一団がいた。
泥にまみれたシルクの服。ボロボロだが高価な装飾品。そして、隠しきれない傲慢な選民意識。
かつてエルディア王都で、アレスの追放に賛成の票を投じた中堅貴族、グラハム男爵とその一族である。
「……信じられん。この私が、このような薄汚い平民どもと同じ列に並ばされるとは」
グラハムはハンカチで鼻を押さえながら毒づいた。隣に立つ妻や息子も、不満を隠そうともしない。
「お父様、アレスという男に会えば済む話でしょう? あんな男、私たちが声をかけてやれば、泣いて喜んで迎え入れるはずですわ。かつて私たちが、奴に『仕事』を与えてやっていた恩があるのですから」
彼らは本気でそう信じていた。
アレスが国を作ったのは、自分たちを見返すため――つまり、自分たちの承認を求めているのだと。
やがて、彼らの順番が来た。
受付デスクに座っていたのは、最新の魔導端末を叩く、かつて村で飢えていたはずの少女だった。
「次の方。氏名と前職、およびアレスティアへの貢献可能スキルを申告してください」
「フン。エルディア王国のグラハム男爵だ。アレス……いや、アレス陛下を呼びなさい。彼とは旧知の仲でね。特別室を用意してもらおうか」
少女は顔を上げ、無表情に端末へ入力した。
「グラハム・ド・エルディア。照合完了……あ、リストに載っていますね。陛下から『特別対応』の指示が出ています」
「おお、やはりな! ほら見なさい、アレスは私を待っていたのだ!」
グラハムは胸を張り、周囲の難民たちを蔑むように一瞥して、奥の扉へと案内された。
だが、連れて行かれた先は豪華な応接室ではなく、真っ白なタイル張りの、まるで「研究所」のような部屋だった。
そこには、白衣のようなローブを纏い、空中に浮かぶホログラムを操作するアレスがいた。
「陛下! お久しぶりですな! 災難でしたが、このグラハム、貴方の力になるために駆けつけましたぞ!」
アレスは作業を止めず、背中を向けたまま答えた。
「グラハム男爵。……いえ、現在は無職のグラハム氏。到着まで予定より二日遅かったですね。逃走の際のルート選択ミスですか?」
「いや、それは……それより、私たちの住居はどこかな? 以前の屋敷と同等とは言わんが、それなりの――」
「グラハム氏」
アレスがようやく振り返った。その瞳は、顕微鏡で微生物を観察する学者のように冷徹だった。
「君の能力を査定しました。結果、君がこの国で提供できる価値は『ゼロ』です」
部屋が凍りついた。
「……な、何を言っている? 私は統治のプロだぞ! 領民を従わせ、税を徴収し――」
「それは、他者の労働力を搾取する技術であって、付加価値を生む技術ではない。この国では、王から平民まで全員が『最適化のパーツ』として機能しなければならない。君には、魔導回路を組む計算能力も、重機を動かす魔力も、農作物を育てる知識もない」
アレスは手元のレバーを引いた。
床から、無機質な鉄の首輪のようなデバイスがせり上がってくる。
「ですが、僕は効率を重んじる。君のような『無能な高慢』という不純物さえも、我が国では資源として活用する」
「な、何を……!?」
「これは、着用者の負の感情――怒りや不満を、微弱な魔力振動に変換して回収する『ストレス発電機』です。君たちが文句を言えば言うほど、我が国の街灯が明るくなる。実に論理的なリサイクルだと思いませんか?」
「ふ、ふざけるな! 私を家畜にするつもりか! 恩知らずめ、誰のおかげで宮廷魔導士でいられたと思っている!」
グラハムが激昂し、アレスに掴みかかろうとした。
その瞬間、首輪がカチリと音を立て、グラハムの首に装着された。
『警告:高出力の怒りを確認。発電効率 $85\%$。蓄電を開始します』
デバイスから電子的な音声が流れる。
グラハムはそのまま膝をつき、激しい脱力感に襲われた。怒りのエネルギーが、物理的に吸い取られていく。
「カイル、彼らを『第4再教育キャンプ』へ。仕事は、人力による魔導列車の磨き上げです。不平不満を言いながら磨けば、そのストレスで列車が動くエネルギーが賄える。素晴らしいライフハックだ」
「了解です、アレス陛下。一族全員、しっかり『発電』していただきます」
カイルに引きずられていくグラハムたち。
かつての貴族の誇りは、アレスティアの電力という名の「数字」へと変換され、消えていった。
一人残されたアレスは、窓の外を眺めた。
そこには、かつての敵兵たちが汗を流し、協力して巨大な橋を架けている光景があった。
「復讐に時間をかけるのは非効率だ。……ですが、彼らが『自分たちがどれほど不要だったか』を理解しながら生きるのは、精神衛生上、非常に正しいコストの支払い方だと思いませんか、シエラ局長?」
影から現れたシエラは、複雑な表情で頭を下げた。
「……陛下。貴方は時折、悪魔よりも論理的ですね」
「最高の褒め言葉として受け取っておきます」
アレスは再び端末に向き合った。
大陸全土を、自分の定義した「正解」で塗り替える。
その壮大なパズルの完成まで、あと、ほんの数式数万行だ。
ストレス発電。現代社会にも欲しい機能ですね(笑)。
貴族たちのその後についても、反響があれば書いていこうと思います。




