第7話:戦争のコストを計算してみようか
連合軍15万 vs アレス1人。
計算するまでもない戦いです。
エルディア王国の滅亡は、大陸全土に激震を走らせた。
だが、周辺諸国が抱いたのは同情ではない。一晩で王都を「清掃」し、古代遺産を強奪していった新国家『アレスティア』への、底知れぬ恐怖だった。
「化け物には、数の暴力で対抗する。それが歴史の正解だ」
隣国、ミリオン帝国の皇帝が宣言した。
ミリオン帝国を中心とした『六カ国連合軍』。動員された兵力は十五万。宮廷魔導士は三千。
対するアレスティアの人口は、難民を含めてもようやく三万を超えた程度だ。
論理的に考えれば、数の差は歴然。
だが、アレスティアの最上階、指令室に立つアレスの表情は、どこまでも退屈そうだった。
「陛下。連合軍が国境線から十キロ地点に布陣。魔導砲の射程に入りつつあります」
シエラが、最新の魔導通信機を耳に当てて報告する。彼女の纏う制服は、アレスティア製の軽量防弾繊維で編まれた機能的な軍装に変わっていた。
「十五万、ですか。カイル、今回の迎撃予算は?」
「はい。アレス陛下の指示通り、敵兵一人あたりの『無力化コスト』を銀貨一枚以下に抑える計画です」
「高いな。……まあいい。今回は周辺国への『デモンストレーション』の意味も含みます。多少の浪費は、広報費として計上しましょう」
アレスはコーヒーのカップを置き、空中に巨大な三次元投影図を展開した。
そこには、連合軍の熱源反応と魔力密度がリアルタイムで表示されている。
「シエラ局長。出撃の必要はありません。君の仕事は、投降してきた捕虜たちの収容スペースを確保することです」
「……戦わずに、勝つとおっしゃるのですか?」
「戦いとは、エネルギーの無駄遣いです。僕はただ、彼らの『継戦能力の定義』を書き換えるだけだ」
*
連合軍の陣地。
「放てぇぇ!」
皇帝の号令と共に、三千人の魔導士が斉唱を開始した。
放たれたのは、空を埋め尽くすほどの巨大な火球と雷撃の雨。かつてのエルディア王国を一瞬で焦土に変えられるほどの絶大な破壊エネルギーだ。
だが。
それらがアレスティアの領空に触れた瞬間――音もなく、霧散した。
「な……!? 相殺されたのか? 反撃の結界か!?」
「いいえ、陛下! 違います!」
観測役の魔導士が、震える声で叫んだ。
「エネルギーが……吸い取られています! 我々の放った魔法が、アレスティアの領空に入った途端に『熱能』から『電気能』に変換され……彼らの都市の蓄電装置へ流れ込んでいるようです!」
「なんだと……!? 我々の攻撃が、奴らの燃料になっているというのか!」
アレスの構築した『大規模位相変換防壁』。
それは攻撃を防ぐのではない。飛来するすべての魔法エネルギーを奪い、自国のインフラ供給へとロンダリングする、究極の「防衛型発電所」だった。
「次は、こちらの番ですね。……カイル、非殺傷性の魔導波を広域放射。周波数は、人間の三半規管を一時的に麻痺させる帯域に設定」
「了解です! 周波数同期。……照射!」
アレスティアの尖塔から、透明な波紋が広がった。
キィィィィィン――という、耳鳴りのような音が十五万の兵士を包む。
次の瞬間。
「……あ、あれ? 地面が……揺れて……」
「気持ち悪い……目が回る……」
一発の弾丸も放たれず、一滴の血も流れず。
十五万の連合軍は、重度の乗り物酔いのような症状に襲われ、その場にバタバタと崩れ落ちていった。
剣を握る力も、呪文を唱える集中力も、激しい吐き気と眩暈によって完全に剥奪されたのだ。
*
数時間後。
広大な平原には、嘔吐を繰り返しながら這いつくばる十五万の兵士と、呆然と立ち尽くす指揮官たちが残された。
そこへ、アレスティアの飛行船から拡声魔法が響く。
『連合軍の皆さん。現在、皆さんの体内にある魔力回路を一時的にロックしました。解除には三日間かかります。その間、君たちはただの『お腹の空いた一般人』です』
アレスの声は、冷たく、そして慈悲深かった。
『このまま餓死するか。あるいは、武装を解いて我が国へ投降し、パンと仕事を得るか。……選択は自由です。ちなみに、投降した際の労働賃金は、皆さんの国の最低賃金の三倍に設定してあります』
「……三倍だと?」
泥を舐めていた一人の兵士が顔を上げた。
もともと、無理やり徴兵された農民兵たちだ。皇帝への忠誠心など、空腹と吐き気の前には一瞬で消え失せる。
「俺は……俺は投降する! 殺さないでくれ! 飯を、飯を食わせてくれ!」
一人が武器を捨て、両手を挙げた。
それは連鎖反応となり、やがて平原は白い旗(あるいはただの布切れ)で埋め尽くされた。
アレスティアの艦橋で、アレスは懐中時計を確認した。
「作戦終了まで、二時間四十分。消費電力は、敵の攻撃で得た余剰分で賄えました。……実質、コストは『ゼロ』ですね」
「……信じられない。戦争を、黒字(利益)で終わらせるなんて」
シエラは戦慄していた。彼女が知る「騎士の誇り」も「魔導士の英知」も、アレスにとっては単なる計算式の変数に過ぎないのだ。
「シエラ局長。これが『論理的な解決』です。死体を片付けるコストを考えれば、生かして働かせるのが一番効率がいい」
アレスは、手元の端末に次のプロジェクトを表示させた。
「さて。十五万の労働力を得ました。これで、大陸横断の『魔導高速道路』の建設を早められそうです」
世界連合軍という「旧時代の最大戦力」を飲み込んだアレスティア。
その支配は、武力による制圧ではなく、圧倒的な「利便性と豊かさ」という名の重力によって、世界を吸い込み始めていた。
戦争を黒字で終わらせる。
これがアレス流の防衛です。
次回、あのイラッとする貴族たちが再登場します。




