第73章「天上への道は爆死への道!? 宝珠バベルの大崩壊」
「そろそろ“世界の天辺”というものを、本当の意味で目指すときじゃないか? 海、空、地底、霊界……どこもかしこも開拓してきたが、まだ“最上階”に到達したとはいえない。だからこそ、ここに“バベルの塔”を築き、地上から天上へ、文字通り頂点を手に入れるんだよ!」
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黒峰銭丸は王都中央の広場で大規模な建築計画図を広げ、いつものように声を弾ませていた。まわりには水無瀬ひかり、バルド、メルティナが例のごとく揃っているが、彼らはもはや諦観に近い眼差しをしている。何しろ、銭丸は海底リゾートや天国リゾートなど数々の事業を立ち上げては壮絶な爆死を遂げてきたのに、まだ懲りていないどころか、さらに巨大な塔を建てようとしているのだ。
「バベルの塔って、神話とかで“天に届く塔を作ると神罰が下る”とか言われてますけど……いいんですか? また同じように爆死しない自信あるんですか?」
ひかりが眉をひそめて尋ねると、銭丸はかぶりを振って笑う。
「バカを言うな。今度はきちんと安全策を整える。しかも、この計画には“宝珠バベル”と呼ばれる秘宝を使う。魔導研究所の報告じゃ、この宝珠があれば言語や世界の壁を越え、どこまでも塔を延ばせるらしい。爆死? そいつはもう俺の辞書にない言葉さ!」
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実際、その“宝珠バベル”なるものは学者の間で話題になっており、使用者同士の言語を統一し、意識をつなぐ効力があると伝えられていた。だが、それを巨大建築の核に据えるなど前代未聞。メルティナが調べると、宝珠には空間共鳴能力があるらしく、無理に大規模な建造物と融合させると制御不能な魔力歪みが生じる可能性があるという。彼女が「危険すぎる」と幾度となく警告しても、銭丸はおなじみのごとく「そんなの気にしてたら金は稼げない」と一笑に付す。
こうして「バベル・プロジェクト」が動き始める。銭丸は王都の中心にある広大な空き地を買い取り、そこに超高層の“塔”を建設する計画を推し進める。高さは何百メートル、いや数キロにまで及ぶ想定で、最終的には雲を突き抜けて天上界へ届くイメージだ。すでに月面や深海で見せた壮大な妄想と同様、資金のほとんどは借金と出資で成り立っている。ひかりが「こんなの返済できるの……?」と青ざめても、銭丸は「頂上を観光地にすれば観光客が押し寄せる」と自信満々。
建築を始めるにあたり、無数の工事隊と魔導ギルドの技師が集まり、巨大な基礎を敷いて石や鉄骨、それに特殊な魔導素材を惜しみなく注ぎ込む。さらに塔の中心部に“宝珠バベル”を埋め込み、そこから“言語と意識を統合する力”を周囲に広げることで、作業員やギルド員が言葉の壁なく効率的に作業できるというのが売りだ。たしかに初期はスムーズに工事が進み、様々な国の職人が集まっても言語のトラブルが一切起きない。みんなが同じ意思疎通をして、短期間で塔の骨格がグングン高く伸びていくのだ。
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ほどなくして王都の人々が「バベルの塔が空に迫っている」と噂するほどの高さになり、その頂上からはもう地上が豆粒のように見える規模にまで成長する。銭丸は「見ろよ、この速度。言葉の壁を越えた連携はすごいだろ? やっぱり宝珠バベルは本物だ」と誇る。毎日数メートルずつ塔が伸びている様子に、出資者も「こりゃすごい」と期待感を高める一方で、メルティナは違和感を口にする。「いくら人々の連携が良くても、こんなペースで高くなるなんておかしくないですか? 物理法則を超えているような……」
さらに、高くなるにつれて、塔の上層部では空気の薄さや風の強さが大きな課題になるはずだが、なぜか作業員たちは「問題ありません」と答えるという。バルドが何度か現場を見に行くと、上の方では皆が同じ言語はもちろん、同じテンションで動いていて、不気味なほど息が合っているのに気づく。まるで自分の意思ではなく、宝珠バベルの“意志”に操られているかのように見えるときがある——バルドがそう感じてひかりに相談したが、銭丸は「全員が一丸となって働いてるだけだよ」と取り合わない。
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工事はさらに進み、地上から見ると大きな影を落とすほどの塔が完成しつつある。高さも信じられない領域に達し、頂上からは雲を見下ろし、その上に魔導展望台やカフェを設けようというプランまである。王都の人々は「これ本当に大丈夫なのか?」「神に挑んでるのか?」と口々にささやくが、銭丸は笑うだけで工事が一向に止まらない。
ただ、最近、下層の作業員から「耳鳴りがする」とか「何か頭の中で声がする」といった報告が増え、メルティナも同様の症状を訴える。宝珠バベルの周波数が強まっているのではと疑うが、誰も正確な対処方法を知らない。そもそもこの宝珠をこんな大規模に使った前例はないのだ。
ある夜、塔の上層で突発的に事故が起きたという連絡が下りる。作業員数十名が一斉に倒れ、叫びながら操縦不能のゴンドラを落下させる。バルドが救援隊を送り込むと、上の層で見た光景は衝撃的だったという。作業員たちの目がうつろになり、何かを呟きながら同じ方向へ歩いていく。壁や床には古代文字のような魔紋が浮かび上がっているが、そんなものは設計していないはずだ。
メルティナが下層から上ろうとするが、階段やエレベータの一部が勝手に配置を変え、まるで迷路のようになっていて上へ到達できない。また、ひかりが下で“非常停止”をかけようとするが、誰もコントロールパネルが見つからない状態にパニックを起こす。塔そのものが意志を持ち始めているかのように語る者さえいる。
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どうやら“宝珠バベル”が進化し、この超高層建築物と融合したことで、建物全体を支配しだした可能性がある——メルティナがそう推測したときには、すでにコントロール不能だった。上層からは作業員たちが奇妙な大合唱をしているような声が聞こえ、それが下層にも響いて無数の人々を巻き込み始める。
バルドが一部隊を率いて突入を試みるが、あちこちで通路が捻じ曲がり、壁が勝手にせり出して道を塞ぐ。言語が統一された結果、逆に“全員が同じ意識を共有する形”へと歪んでいき、塔の深部では“集団意識”のようなものが発生しているらしい。ひかりや他のスタッフが慌てて輸送ゴンドラで脱出しようとしても、上層から落下してきた残骸がゴンドラを潰すなど、大惨事が起きはじめる。
やがて塔そのものが大きく振動しはじめ、まるで生き物のようにうねりを上げた。外から見ても、上部が不自然に揺れ、雲を突き抜けた尖塔がさらに上へ伸びようともがいているようだ。王都の住民が恐怖して逃げ出すなか、銭丸は下層の現場でどうすることもできず立ち尽くす。
「くそっ……まさかこんなことに……宝珠バベルが暴走するなんて聞いてないぞ!」
そう叫んでも誰も何も答えない。周囲の技術者はみな呆然とするか、あるいは既に上層に向かったまま戻らない。バルドたちも行方不明になりつつあり、メルティナが懸命に結界を張って抑えようとするが、あまりに規模が大きすぎてまったく通用しない。
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ついに臨界点を迎えたのか、塔の頂上から強烈な閃光が走る。あたかも雷雲を従えて神々しい光を放つが、それは神の祝福などではなく、歪んだ魔導のエネルギーが暴発する兆しだった。瞬く間に上層が膨張し、外壁がバリバリと裂ける音を響かせ、巨大な瓦礫が次々に落下。王都の街へと降り注ぐ破片に悲鳴が上がる。
銭丸は地上で「撤退だ、逃げろ!」と声を張り上げるが、もう手遅れに近い。塔が轟音を発しながら激しく揺れ、下層部分にも亀裂が広がり、次々に崩れていく。人々が逃げ惑う最中、彼はいつものように最後まで悪あがきをしようとするが、何の手も打てない。
そして、どこからともなく響く“多くの声”が同時に叫ぶように大合唱を始めたかと思うと、宝珠バベルが中心でドクンと鳴り、最終的に大爆発が起きる。塔全体が内側から弾けるかのように炸裂し、天まで届いていたはずの建造物が連鎖的に落ちて炎と瓦礫の柱を作る。
銭丸が飛び散る破片に飲み込まれながら、いつものお決まりフレーズを絞り出したように聞こえた——
「カ、カネは……裏切らない……女は……たまに……裏切る……。バベルの塔は……爆死ッ……!!」
◇
あとはもう地獄絵図さながらの光景が王都の中心部に繰り広げられたという。無数の巨大石材が降り注ぎ、魔導エネルギーの火柱が立ち、塔の残骸とともに多くの犠牲が出る。宝珠バベルは粉々に砕け散ったらしく、一部の破片が蒼い光を放ったまま地上に突き刺さっていたが、跡形もなく姿を消した部分も多い。朝になって大混乱がおさまったとき、そこには無残な瓦礫と煙の山が広がり、騎士団や住民が被害を数え上げるしかなかった。
銭丸はもちろん行方不明。あんな大爆発に巻き込まれれば死んで当然、と思いつつも、「どうせまた、あの男のことだから生きてるかも……」と苦笑する者が大勢いるのも事実だ。しかし、今回の破壊規模は王都史上でも最悪クラスで、都心部が一時機能停止するほどの惨事となる。出資者も大損失を被り、街では怒りと呆れが渦を巻いた。
こうして“天に届く”はずだったバベルの塔は、結局その野望を果たせず、いつもどおり銭丸の爆死という形で幕を下ろした。言葉の壁を消す力で人を結束させるはずが、逆に人々の欲望や意志を肥大化させ、最終的に建築物が意志を持つかのような凄惨な結末を迎えたわけだ。
「これで何度目かな……いつまでも懲りないよな、あの男」——王都の人々が嘆息交じりに口にするその一言は、またしても同じ結末を目の当たりにしてしまった諦念の色を帯びている。仮に銭丸がもう一度姿を現して新プロジェクトを叫んだとしても、誰ひとり驚かないに違いない。それが彼の“爆死の軌跡”が続く宿命だからだ。




