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第21章「メイド&執事アカデミー! 接客革命の裏側」

 「メイドや執事ってのは、貴族や大商人が雇うものだろ? なのに、どこに行っても人手不足が深刻らしい。だったら、ここで職業アカデミーを立ち上げて量産すれば、儲かると思わないか?」


 黒峰銭丸は、手持ちの資料をテーブルに広げながら鼻息を荒くする。場所は王都郊外の寂れた屋敷。彼はこの屋敷を借り上げて、メイドと執事を育成する“アカデミー”を開こうとしていた。


「たしかに需要はあるかもしれません。貴族の屋敷や高級ホテルなんかでも、優秀な使用人が足りないとか聞きますし」


 水無瀬ひかりが、計画書に目を走らせつつ頷く。今回のビジネスでは、ソフィアから少額だが出資を得ているほか、王都の一部有力者が“優秀なメイドや執事がほしい”という意向を示し、投資ファンドへの参加を申し出ている。メルティナとバルドも、事務や安全対策にかかわる形で手伝うことになった。


「一部の貴族は、昔から自前でしっかり教育しているだろうけど、最近は没落貴族や新興商人もいて、自前で教える余裕がないらしい。そこを俺が補うわけさ」


「それはいいとして、どんなカリキュラムをやるんです? メイドや執事の業務って幅広いですよ?」


 ひかりが問いかけると、銭丸は“カリキュラム案”と書かれた紙を取り出す。そこには掃除・洗濯・料理といった基本家事から、接客マナー、貴族社会の作法、魔導薬調合(軽度なもの)や護身術など、やたらと詰め込まれた科目が書かれている。


「これを数か月でぎゅっと凝縮して教える。しかも寮制だ。受講料はそれなりに高く設定するが、卒業すれば“優良顧客”に斡旋できるから、学生も投資ファンドもウハウハだろ?」


「そんな詰め込みで、本当に卒業生は優秀になるんでしょうか……」


 ひかりは疑いの眼差しを向けるが、銭丸は「大丈夫大丈夫」と笑っている。



 ほどなくして、アカデミーの宣伝を王都周辺で展開すると、思いのほか志願者が集まった。貴族に仕えたい若者、家庭事情で手に職をつけたい者、なかには親に無理やり押し込まれた者まで、さまざまな理由を抱えた受講希望者が門を叩く。


「よし、これだけ集まれば十分だ。最初の生徒は30人ほどにしよう。寮と教室を準備して、授業をスタートするんだ」


 銭丸は見込み以上の志願者に喜ぶ一方、寮として使う予定の屋敷はなかなかのボロさで、急ぎ改修工事を進める必要があった。バルドが修繕を指揮し、メルティナは魔導具での生活サポートを整える。ひかりは入学手続きや受講料の管理に忙殺されていた。



 そして開校式の日。錆びた門には「メイド&執事アカデミー開校!」という手製の看板が掲げられ、初めての生徒たちが緊張と期待を胸に集まる。


「皆さん、ようこそ。ここでは基礎家事、マナー、実技、護身術まであらゆることを集中的に学び、卒業後は各貴族邸や高級ホテル、商家に就職して大成してください!」


 銭丸が演説をぶち上げ、生徒たちは拍手を送る。だが、この屋敷のあちこちには修理しきれない古い配管や配線が残り、教材も寄せ集め。寮の寝室も相部屋がぎゅうぎゅう詰めという、あまり快適ではない環境がちらついていた。


「ここで、しっかり稼いでさらに拡張すればいいんだ。生徒たちからの学費や、スポンサーとなる貴族たちからの出資がある。回収できれば寮をもっと豪華にして、生徒数を増やせる」


 銭丸はそう意気込むが、ひかりは「詰め込みすぎでは?」と内心心配していた。



 授業が始まると、案の定問題点が浮上する。カリキュラムが詰め込みすぎるため、生徒たちは早朝から深夜までスケジュールびっしり。教室は狭く、机や椅子が足りない。さらに、初心者には難しい魔導具の扱いまで求められ、混乱が絶えない。


「先生、掃除中に魔導式ほうきが暴走しました……廊下で壊れた花瓶が散乱してます」


「料理の実習で火加減に失敗して、厨房が煙まみれに……!」


 教官として雇われた数人の指導スタッフも、生徒数やトラブル量に追いつけず右往左往。バルドが火災を抑え込みに走り、メルティナが魔導式ほうきの誤作動を止めに奔走する。


「これじゃあ教育どころじゃ……」


 ひかりが疲れた声で愚痴りながらも、事務仕事をこなす。銭丸は「もっと教官を増やせば解決するさ」と軽く言うが、そのための人件費は大きく、予算を圧迫し始めていた。



 一方で、授業で鍛えられた生徒たちは、短期間ながら実地研修という形で貴族邸や高級店へ派遣され始める。ここで生徒が評価されれば、銭丸のアカデミーが有名になり、さらに入学希望者が増える見込みだ。しかし、焦って短期研修に送った結果、トラブルも起きる。


「お宅の生徒、基本マナーは知っているが家事が雑すぎる!」「護身術を習ったというのに、実際の警護でまったく役に立たない!」など、派遣先から苦情が届く。


「仕方ないだろ。まだ学習途中だし、実践を通して伸びるんだよ」


「でもクレームが増えると評判が落ちて、出資者が離れていくかもしれません」


 ひかりの心配通り、実際に評価が芳しくない生徒が続出し始めた。焦った銭丸はさらに授業をハードにし、夜間補修や試験を設けて“短期間で成果を上げる”ことを生徒に求める。


「みんな、あと少しで一流のメイドや執事になれるぞ。頑張れ!」


 口では激励するが、現場の疲労はピークを迎えていた。



 そして事件が起こる。ある夜、寮で急激に体調を崩す生徒が複数発生。原因は食事の質が落ちていたことや、過剰労働による体力低下らしい。更に、一部の生徒がストレスで抗議し始め、パニックに陥る。


「もう無理です! 徹夜で掃除と洗濯、昼間はマナー講義、休日なんて全然ない……」


「こんなの奴隷扱いだ! 一流のメイドや執事とは聞こえはいいが、体力が続かない」


 不満が爆発した数名の生徒が寮のホールで大声を上げると、連鎖的に他の生徒も合流して“研修カリキュラムを改善せよ”と迫る。一歩間違えれば暴動になりかねない。


「落ち着いてくれ、もうすぐ卒業試験なんだ。そこを乗り越えれば……」


 銭丸は必死に説得するが、疲弊した若者たちは聞く耳を持たない。バルドやひかりが仲裁に入り、ようやく収まるかに見えたが、タイミング悪く建物の老朽配管が破裂。そこから水漏れが起こり、寮の廊下が水浸しになってしまう。


「わああっ! 水が……! 貴重品が流される!」


「電気(魔導照明)がショートするぞ、避難しろ!」


 あちこちで悲鳴が上がり、混乱状態に。さらに配電盤にまで水がかかり、火花が散ったところに、どこかで保管していた清掃用の可燃薬品が引火。爆発的な炎が走る。


「まずい、火が出たぞ!」


 シーツやカーテン、床材が瞬く間に燃え広がり、古い木造部分が次々と炎に包まれる。館内の生徒は驚きとパニックで出口へ殺到し、階段や通路で押し合いへし合いに。銭丸は「誘導しろ!」と叫ぶが、誰もが自分の身を守るのに必死だった。



 建物内部で連続爆発が起こり、天井や柱が崩れる。宿直していたスタッフが外に逃げようとするが炎に阻まれ、悲鳴を上げて転倒。煙が充満し、視界がきかない。

 バルドが懸命に扉をこじ開け、窓から生徒を引っ張り出そうとする。メルティナは非常用の消火魔法薬を撒くが、焼け石に水だった。

 一方、銭丸も廊下で立ち往生し、煙に咳き込む。倒れ込んだ生徒の救助を試みるが、足元が崩落して転倒。激しい衝撃で頭を打ち、意識が遠のく。


「ぐあああっ……このままじゃ、俺まで……」


 最後の力を振り絞って起き上がろうとした瞬間、付近に保管していた魔導燃料が誘爆を起こした。轟音とともに白熱の炎が走り、床や壁を吹き飛ばす。

 銭丸はその爆風に巻き込まれ、瓦礫の底へ。周囲が真っ赤に染まる中、微かな声が聞こえる。


「カ、カネは……裏切らない……女は……たまに……裏切る……。メイド&執事アカデミーは……爆死ッ……!!」


 崩れ落ちる天井の音と共に、銭丸の声は消え、建物は火の海へ沈んでいく。



 翌朝、アカデミー寮の跡地は黒焦げになっていた。木造部分は完全に焼失し、かろうじて石壁が一部残るだけ。幸い多数の生徒は避難できたが、一部負傷者が出ており、現場は混乱の名残を引きずっている。

 計画自体も、これだけの大惨事では再開不能。アカデミーの評判は地に落ち、賃貸や設備投資で投じた資金はほとんどが灰になった。


「まさかこんな短期間で終わるなんて……。払った学費はどうなるんだ……?」


「騙されたわけじゃないだろうけど、もう授業も施設も残ってない……」


 生徒や出資者たちが嘆き、呆然と焼け跡を見つめる。そもそも瓦礫の中から銭丸の姿は見当たらない。死んだか、あるいはいつも通りに謎の生還を果たして別の場所へ行ったのか、誰にも分からない。

 ただ、一部の生徒が「最後に彼の声を聞いた気がする」と証言していた。

 かろうじて爆炎の下から聞こえたあのフレーズ――それが本当に“彼”だったのかは知る由もないが、爆死の残骸はここにもある。


 こうして、“メイド&執事アカデミー”という接客革命の野望は、火災崩壊という最悪の形で幕を下ろした。大成を夢見た生徒たちは行き場を失い、雇用を期待していた貴族や投資家たちは莫大な損失を抱えただけに終わる。

 だが、どこかで生き延びている(かもしれない)銭丸は、また次の妙案を思いつくのではないか――人々はそんな噂を囁き合いながら、荒れ果てたアカデミーの焼け跡を後にした。

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