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第22章「下町が観光地!? 庶民派ローカルツアーの罠」

 「観光ってのは金を生む。華やかな名所だけじゃなく、下町のローカル文化にだって大きな需要があるはずだ」


 黒峰銭丸は王都の裏通りに目をやりながら、声を弾ませた。先日、メイド&執事アカデミー事業が火災崩壊し、莫大な損失を抱えたはずだが、いつもどおり復活(?)して新たなビジネスに燃えている。


「下町を観光地に……確かに最近、庶民的な屋台や職人技を求める客もいるし、貴族や外国人にとっては異文化体験になるかも」


 水無瀬ひかりが、呆れ気味ながらも書類を見やる。銭丸はこの裏通りにある古い街区を活性化しようと、再び出資者を勧誘していた。金の出どころは相変わらず闇金や投資ファンドだが、今回は市長やギルドが「新名所になるなら」と後押ししているのが強みらしい。


「スラム区に近いところは治安が悪いし、そもそも狭い路地だらけですよ? そこに観光客を呼ぶなんて、危険では?」


「だからこそ価値がある。普通じゃ足を踏み入れない場所にこそ、面白い文化や食が眠ってるんだよ。地元の職人や屋台をまとめて“下町ローカルツアー”を組み、ガイド付きで安全に回る。儲かるに決まってる」


 銭丸は地図を広げ、ルート案を指し示した。そこには狭い路地や長屋の隙間を縫うように丸が付けられ、「ここに土産物屋を」「あの空き倉庫を屋台村に」などメモがびっしり書かれている。



 この計画にはバルドとメルティナも巻き込まれる形となった。バルドは治安対策として“観光客護衛チーム”を組織し、メルティナは「下町発の珍しい食材や工芸品」を発掘して売り出すマーケティングを担う。ひかりがツアー予約や台帳管理、そして資金繰りを必死に回していた。


「裏通りを回るときはガイドが必須ですよ。迷い込んで犯罪組織に絡まれるのが一番怖いですし」


「バルドにそこをしっかり固めてもらう。あと、地元の顔役にも協力を要請して、見回りを強化するよ」


 銭丸はそう言いつつも、あちこちに潜む半グレや闇ギルドの影響をあまり警戒しすぎない様子。むしろ「彼らも商売仲間として取り込めば、上手くやれる」と楽観的に考えているようだった。



 数週間後、下町ローカルツアーがオープン。まずは小規模にテスト運用を始め、王都の街角や旅人向けの広告で「秘境みたいな裏通りを巡る面白コース」とPRする。

 ガイドは地元に詳しい元スリや元チンピラ(バルドが説得して雇った)たち。かつてのワルが観光ガイドに転じるという怪しい転身だが、これが客には好評だった。彼らの武勇伝や雑学トークがウケ、話題性を生んでいる。


「なんだかんだ言って、客は“危ない香り”がするスポットに興味津々だからな。しかも護衛体制があるから危なくない。完璧だろ?」


 銭丸は初ツアーを終えた客たちの感想を見て、上機嫌になる。「本当に下町に入った」「普通見られない生活が垣間見えた」など概ね好評で、売上も悪くない。さらに増資してルートを拡張すれば、隣接するスラムや長屋街も組み込み、よりディープな体験を売りにできるはずだ。



 勢いづいた銭丸は、古い倉庫を借りて“下町屋台村”を設置することを思いつく。屋台や小店を一か所に集約し、観光客が食べ歩きできる場所にする。カラフルな看板や魔導ランプで飾りつけ、夜でも賑わうエリアを目指した。


「地元の人に屋台を出してもらって、店舗料を安く設定する代わりに売上の何パーセントかを徴収する。客が増えればウィンウィンってわけさ」


「なるほど……でも、屋台が集まればゴミ処理や衛生管理が大変ですよ? しかもこの倉庫、かなり老朽化してます」


 ひかりが不安を指摘するが、銭丸は「大丈夫大丈夫、メルティナが消毒薬や害虫対策をしてくれる」とあっさり返す。実際、メルティナは薬品の研究で忙しく、そこまで手が回るかは疑問だった。


「やっぱり不安ですね。火器の取り扱いとか、清掃とか……」


「すぐにスタッフを増やすさ。客が呼べれば金も集まる」


 いつものように楽観的な銭丸のもと、屋台村の準備は進む。



 やがて“下町屋台村”がグランドオープンし、ツアー客が大勢訪れる。ローカルフードや珍しい飲み物、安くて旨い肉串などが好評で、屋台の行列ができるほど盛況に。夜にはランプの灯りが妖しげに輝き、まるでお祭りのようだ。銭丸は売上報告を聞いてニンマリとする。


「完璧だ。ここを中心にさらにツアーを強化すれば、世界から観光客が押し寄せるかもな!」


「確かに集客できてますけど、そこらじゅうにゴミが散乱していて、店の衛生状態が怪しいところも……」


 ひかりはゴミ捨て場や下水処理に不安を抱きながらも、客が喜んでいる様子を目にして何も言えずにいた。



 そんな中、やはり裏社会の連中が動き出す。下町屋台村に寄付を装って“みかじめ料”を要求する輩や、出店者に対して「儲けの一部を渡せ」と脅す者が出てきた。バルドは護衛を強化して取り締まりを図るが、イタチごっこになりつつあった。


「ここは俺たちのシマだぞ……勝手に観光地にして儲けてんじゃねえよ」


「そういうことは銭丸に言ってくれ。裏で手を組むのはごめんだが、無用なトラブルを起こすな」


 バルドが威圧する一方、相手も組織力があり簡単には引かない。銭丸は裏から懐柔する策を考えるが、逆に闇ギルドの一派が「この商売、目障りだ」と工作を始めたという噂が立ち始める。



 さらに衛生問題が深刻化。ゴミが積み上がり、ネズミや虫が繁殖。スラム近辺からも不法侵入が増えて、屋台での食中毒や盗難事件が相次ぐ。スタッフは悲鳴を上げ、ひかりやメルティナが対策に奔走するが、人数も設備も足りない。


「このままじゃ大事故が起きる……何とか衛生管理を徹底しましょう。ゴミ処理を有料化して業者を雇って、清掃班を増やすんです!」


「わかった。資金は……まあ売上を当てればいい。少し赤字になるかもしれないが我慢だ」


 銭丸は苦肉の策で費用を捻出しようとするが、すでに借金が増え始め、決して安泰とはいえない状況に追い込まれていた。



 そんなある日、下町ローカルツアーの大型客船が到着する。地方や他国からの観光客をまとめて連れてくる大型ツアーが始まったのだ。狭い屋台村に一度に数百人が押し寄せ、大混雑状態となる。

 案の定、屋台村の排気や排水がパンクし、焦げや煙が立ちこめる。さらにゴミ処理が追いつかず、路地にゴミ袋が山積みに。魔導ランプの配線がむき出しになっている箇所もあり、危険極まりない。


「何がどうなってるんだ、まるで祭り以上にごった返してるぞ!」


「客同士でケンカになってます! スリ被害も多発して……」


 警備スタッフが悲鳴を上げる中、突如、屋台村奥の倉庫から爆音が響いた。盗人が侵入し、火を扱っていた屋台の油に引火したらしい。倉庫内には魔導燃料や廃材も大量に積まれており、小規模な爆発が起きている模様だ。


「うわっ、火が出た! 消火道具は……?」


「ゴミが邪魔で倉庫の扉が開かない! 誰か手伝ってくれ!」


 騒ぎ立てる間にも爆発が連鎖し、屋台や看板が吹き飛ぶ。逃げ惑う観光客が雑踏で揉み合いになり、悲鳴が絶えない。ネズミや虫が火を嫌がり四散するという地獄絵図に、外部から来た客はパニックで路地をかけ回った。


「まじかよ、ここまでなるとは……」


 銭丸は混乱の渦中で立ち尽くす。バルドが「早く避難誘導しろ!」と怒鳴るが、焦っているうちにさらに大きな衝撃が走る。今度は倉庫の魔導燃料缶が丸ごと爆発したのだ。


「くそっ……まずい!」


 閃光が走り、爆音で周囲が揺れる。あちこちで建物の一部が崩れ、狭い路地が塞がってしまう。銭丸は飛ばされた木材に思い切りぶつかり、地面に倒れ込む。

 炎の熱気と灼熱の風が渦巻き、瓦礫が降り注ぐ最中、彼はかすれ声を漏らした。


「カ、カネは……裏切らない……女は……たまに……裏切る……。下町観光は……爆死ッ……!!」


 そう呟いた瞬間、頭上から倉庫の鉄骨が崩落し、銭丸を呑み込む。観光客や地元住民が必死に逃げる中、下町屋台村は大火災と爆発で滅茶苦茶に破壊されていく。



 翌日、煙の収まった裏通りには焼け焦げた廃材とゴミの山が転がっていた。火災から命からがら逃げた人々は肩を落とし、「あんなに活気があったのに一夜で破滅だ」と嘆く。


「せっかく稼ぎが増えたと思ったのに、店も屋台も全部燃えた……」


「観光客もトラウマだろうな。誰が責任を取るんだ?」


 出資者や地元商人は顔を青くし、闇ギルドの一部は「勝手に観光地化しやがって」とあざ笑っている。いずれにせよ、“下町ローカルツアー”なるビジネスは、盛況の絶頂から一転、爆散と炎上で幕を閉じた。


 黒峰銭丸の姿はどこにも見当たらない。あれだけの崩落に巻き込まれたのだ、ほぼ確実に死んだ――と誰もが思う。だがいつも通り、行方不明という形で謎は残る。

 まるで爆発だけを残して姿を消す幽霊のようだと、人々は口々に話した。もっとも、そのうち“あの男は生きてる”という噂がまた流れるのかもしれない。カネを求める執念が、そんじょそこらの炎で消えるとは考えにくいのだから。

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