Example 3-13
パーシヴァルは舌を巻いた。体罰に関して話は聞いていたが、それに対する打開策は彼もあまり思いつかなかったし、まともに考えた事もなかった。そもそも反皇帝派の掲げる指揮権返上にあまり関わり合いのない部分ではあるから、大抵が疎かになっていた節がある。
「確かに体罰の報告件数が年々増加しているのは事実です。私のところにも、本部は来ませんが支部から上がります。まああまりきちんと目を通してはいないのですが……支部のほうが報告件数は大きいですし、部下が作った統計によると本部にいた人間が支部へ配属になった場合、その部隊の報告件数が上がる事が分かっています。支部との良好な関わりを保つ為にも最善の策かと。」
執務机の周りにはオーウェンから借り受けた多くの報告書のファイルがずらりと並んでいた。
「まあ、問題はヴェーラー軍事大佐でしょうが……。」
バスカヴィルの策は以下の通りだった。まず体罰に関して明るみに出す、ありとあらゆる報告とそれに対する統計を提示する。具体的に体罰の件数を聞かれたら、元帥側と中将側から所属する兵士の九割から報告が上がっていると答える。九割、その数に第二塔は愕然とするだろう。新聞も雑誌もゴシップ誌もなにもかもが取り沙汰するに違いない。検閲にかけようとしてもROZEN側が公表するなら意味はないのだ。それに対する抜本的改革は、毎月の衛生期間で今後体罰が発見された場合にはその指揮官の年棒を報告件数に応じて減額する。更にその部隊を管理する高官は管理不行き届きとして減額し、一定の期間指揮権を元帥に移譲しなければならないとする。
「下手な統計を作りたくはないが、彼を味方に取り入れられるなら私は彼個人に対しては糾弾していない事を主張しなければならない。それも個人的にね。」
「うーむ……。確かに彼の家は五大筆頭家の次くらいに大きい家なのでプラスにはなりますが、彼個人に関しましては……。ただ第二塔との直接的で友好な関わりが出来るのも事実ではあります。話す価値はあるかと。」
まあやってみましょう、とパーシヴァルは天井を見上げた。体罰に関する話はその通りなのだが、それに対してROZENの軍事費を僅かながら削減し、かつ元帥がある程度実権を握れるようにするバスカヴィルの手腕は見事なものだった。問題は、それを彼がこなせるか、であるが。
(こなしは出来るだろうが、お体は……。)
ちらりとファイルの中を眺めるバスカヴィルの顔を見た。もう士官学校の頃の快活さはない。
* * *
お久し振りですね、という声に、フェルディナントは、はあ、と少し緊張したような声で返事をした。第二塔の前の庭園で、二人は兵士達の鍛錬の声を聞きながら散策している。
「本日は忙しい中時間を作っていただいてありがとう。実は昔のよしみで幾つか貴方にお尋ねしたい事がある。」
「私が分かる範囲でならお答えいたしますが……。」
では単刀直入に、と皇太子の頃と変わらぬ微笑みで、少し小太りになったフェルディナントを見た。
「実は先日の衛生強化日の検診について行きましてね。その報告で中将から体罰の話が上がりました。身に覚えはありますか?」
「はい!? あ、ありますともそれは……もう随分前から。」
かかった、とバスカヴィルの瞳から一瞬笑みが消える。
「そうですね、酷いところとそこまでなところとまちまちですが、体罰をする事でより従順になるというのが第二塔での一つの暗黙の了解になっています……。兵士は確かに指揮官の言うがままに動くのがモットーですから。」
「貴方の部隊では?」
しどろもどろになるが、フェルディナントは相変わらずしっかりと物を整理して口にする事が出来ていた。彼もただただ無為に日々を過ごしているわけではない事がよく分かる。
「うちの部隊では見つけ次第私が個人的に小さな罰則を設けています。」
「成程、報告でも貴方の部隊はそれなりに体罰が少ないと聞いています。ちなみにその理由は?」
うーん、とフェルディナントは眉間を揉んだ。
「それは、以前見た時可哀想だったので……。」
「……素直な方なんですね、貴方は。」
純粋さにバスカヴィルは思わず顔を逸らした。彼のようなタイプは少々扱いにくい。
「ところで閣下、何故そのような事をこの私に?」
扱いにくい上に、自分はその感情を持ち合わせる事が出来なかった。
* * *
登壇すると、記者達が一斉に身構えた。パーシヴァルはいつもの面持ちで原稿を演説台の上に並べた。体罰に関する報告について、バスカヴィルが就任後初めての声明を出しパーシヴァルがそれを発表する事となった。
「昨日の朝八時、帝国直属軍事機関ROZEN本部元帥閣下より声明が発表致しました。毎月行われている衛生強化日の第二塔視察において、中将部署から多数の体罰が報告されました。これに際して元帥閣下は、帝國法第三条に基づいて、ROZEN軍内規範第十四条に新たな罰則規定を設け、今後体罰が発見された部隊長に対して報告件数に応じた年棒減給、更にそれに連なる高官に対しても規定の減給を行い、報告の重さに関わらず十件を超えた場合は指揮権を一時的に元帥に移譲する事を決定されました。」
「質疑応答どうぞ。」
がやがやと記者達が囁き始める。体罰の公表、これはROZEN瓦解に打たれた巨大な杭なのか、それともバスカヴィルの地位を更に確固たるものにする為の材料に過ぎないのか。
「帝國中央情報局です。体罰の報告が多数と言っていましたが具体的にはどのくらいですか。もう少しイメージしやすい数字があればご回答願います。」
「具体的な数は多過ぎて申し上げる事は出来ませんが、兵士の約九割から体罰を受けた、見たとの回答を受けております。後日希望者には報告書を開示致しますのでそちらでご覧ください。」
会場がわずかにどよめいた。九割、つまり第二塔に所属する殆どの部隊では体罰を行われているという事になる。
「ちょっと待ってください、それでは体罰は今までずっと行われていたという事ですか!?」
「そこの記者! 質問するならまず名乗りたまえ。」
意気揚々と立ち上がった赤毛で少し身なりのすれた青年は、パーシヴァルの部下にそうぴしゃりと言われて思わず首を縮めた。
「勿論報告はかねてからありましたし、適宜元帥閣下が改善策を投じてきましたがなかなか改善の余地はありませんでした。今回、バスカヴィル元帥閣下はそこに一石を投じる為にこのような声明を発表した次第です。それで君、所属する機関はどちらですか?」
「アッカーソン社……です……。」
隣の先輩らしき記者に叩かれて、青年は慌てて腰を落ち着けた。
「ゲージ社のエンパイア・ジャーナル誌です。元帥が指揮を一時的に行うと仰っているようですがここに懸念点はないのですか?」
「元帥閣下はご自身の力量をきちんと弁えられておりますので。」
質問が三つまで出て、記者会見の時間は終了となった。パーシヴァルはバスカヴィルから預けられた声明書をバインダーに閉じてその場を後にする。
「お疲れ様です閣下。」
「ありがとう。ところでアッカーソン社について調べてくれるかね。あの記者がどういう記事を書いているかも。」
手渡された水を飲みながら、パーシヴァルはそう部下に指示を出した。アッカーソン社は出版社として三流だ。ただゴシップ誌だけはかなり売れる時もあり、割と大穴な会社でもある。しかし、このような記者会見の場に出てくるまでは普通として、あのように感情的に質問をしてくるようなタイプでもない。
(あの青年、かなり若くて士官学校生達とそう変わりない。経験もないように見えるが何故またこのような難しい場所に……。)
少し頭を悩ませながら、パーシヴァルは足早に自らの執務室へ向かった。
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