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神秘学メンズラブシリーズ"nihil"  作者:
第四巻『血を流し死で洗い 命枯らすまで 荊棘たれ。』(CoSH Exc.2)

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Example 3-11

 外へ気分転換しに、とバスカヴィルは部下達に告げて階下へ下がった。白衣の集団が、玄関ホールからわらわらと庭園のほうへ次々と出ていく。


「おや、あれは?」


「おはようございます閣下、衛生強化日なので中将閣下と医療部門が第二塔に行かれるんですよ。」


 ふうん、とバスカヴィルは呟いた。受付の軍人は毎月彼らを見て、衛生強化日を実感しながら時の流れを意識するのだろう。そういえば衛生強化日とはなにをするのだろう。


「閣下も来週には健康診断があると思いますよ。」


「衛生強化日は第二塔だけのものではないのかい?」


「第二塔が始めに視察されるだけで本部全体……最近はROZEN全体のものです。第二塔は実戦部隊なので結構注力されてるみたいですよ。」


 成程、彼らが優先されるのはそういう意味だったのか、とバスカヴィルは目を細めた。


「閣下、ここで何を?」


 受付の壁にもたれていたバスカヴィルは、隣のエレベーターから出てきたオーウェンに声をかけられた。


「帳簿ばかり見ていたので気分転換をしに来たんだよ。衛生強化日なんだって?」


「えぇ、今から部下と第二塔に……ご興味があるなら一緒に行かれますか?」


 オーウェンは舌を巻いた。会話の運びが上手い。


「それはいい、近いうちに第二塔にも足を運んでみたいと思っていたんだよ。」


「では行きましょう。もう出発しますので。」


 軍服の上に着た白衣を翻して、オーウェンは玄関に出た。春の陽気な太陽が暖かく草花を照らしている。


「かか、閣下!?」


 元帥と出てきた上司を見て、白衣を着た群衆はにわかに慌ただしくなった。医療部門は確かに中庸を貫いている。だが、だからこそ軍内情勢にも敏感で、第二塔に反皇帝派が多い事は知っていた。


「我々の視察にご興味がおありだそうだ。」


「いやだからって……閣下!」


 わたわたする直属の部下に、オーウェンはにやりと笑った。諦めるしかないのだ、彼がリヴィングストン家に生まれて本部中将に就任した時から彼の星が行く道はもう決まっている。


「……分かりました。」


 少し暗い返事の声が聞こえて、オーウェンは部下の肩をぽんぽんと叩いた。別に彼らが主義を持つ必要はないが、オーウェンがバスカヴィルの為に立ち回ると決めた時点で彼らもそう仕事をしなければいけなくなる。


(だが、医者としての信条は守らなければ。)


 恐らく、バスカヴィルもそこまで手を出すつもりはないだろう。彼は策謀家だ、見た目を変えようとする事は滅多にしないとよく分かっている。




 第二塔の外観は第一塔と同じだが、中身は打って変わって武器庫や修練場などがある。中の雰囲気は第一塔と違い厳格堅牢で、外部からの客もかなり少ない。


「おはようご……。」


「おはよう、今日は衛生強化日だ。」


 受付の軍人がオーウェンの隣に立つバスカヴィルを見て固まった。なぜ反皇帝派の多い場所にこの男が立っているのか。いやそれ以上に、間近に見た美貌に目が離せない。


「ど、どうぞ。将軍閣下がお待ちです……。」


 震える手で許可証が渡され、オーウェンは部下達と共に軍事将軍執務室を目指した。


「……閣下を前にするとやはり声が出ないですよね。」


 通夜状態だった部下の一人が、漸く口にしたのはそんな言葉だった。受付の軍人に主義の共感は持てなくとも、感覚の共感は大いに出来た。


「分かります、中将閣下は普通に喋ってるの見て、正気かと思いますよ。」


「そうか? 私はもう……慣れたが。」


 本当に慣れただろうか、バスカヴィルの横顔をちらりと見る。意識しないようにしているだけだった。それだけでも成長したと言えるのかもしれないが。


「元帥閣下のお顔はとてもお美しいので。」


「うちの部下に頭蓋骨大好きな奴がいるんですけど変態なので近付かないようにしたほうがいいですよ、絶対見られますよ。」


 エレベーターの中、その美貌に花を咲かせる医療部門の面々の声にバスカヴィルはくすくすと笑った。


「そうは言うが、閣下はあまり頭蓋骨が欧米系ではありませんね。」


「そうなのかい?」


 もう一度オーウェンは横顔を見た。確かに、顔の彫りが深いが後頭部はそう長くも丸くもない。


「自分は以前そういう学についていたので見聞があるだけですが、閣下は黄金比ではないので。ですがそれを活かされているのでとても美しいと思いますよ。」


「確かに、バスカヴィルの頭蓋骨は我々のような軍人的な短髪では少々不格好だがその……長髪だからとても美しく見える。」


 成程、と面々が納得する。確かにバスカヴィルの後頭部は悪く言うなら真っ直ぐだ。だが、静かな滝のように流れる黒髪が下に降りる事で、それがかえってマッチしている。


「それは嬉しいね。私もこの髪が気に入っているから。」


 エレベーターが鐘を鳴らし、最上階への扉が開いた。


「やっと来……。」


「おはよう将軍、一昨日ぶりかね?」


 明らかに固まった。ウルリヒは予想だにしない者が眼前に現れて太い葉巻を落としそうになった。この間は普通に言葉を交わしたと言うのに、目前に現れた美貌に呆気に取られた。理由はなんとなく分かる。彼と文字通り正面を切って間近に向き合ったからだ。明らかに左右対称の相貌、感情が抜け落ちた伽藍堂の面差、それ故に、認識し、感じ取れる概念は唯一、美しかなかった。


「失礼。事前に言うべきだったのかもしれないが、ちょうど玄関庭園でお会いして興味があるという事だったので。」


「はあ……。ならば予定は、いつも通りという事か?」


 そういう事です、と呟いたがウルリヒの視線はオーウェンを見ていなかった。それはもう何十年もこの男臭いポストについていれば、こんな男を間近に目にしたら固まってしまうだろう。


(メドゥーサかお前は。)


 心の中でオーウェンはそう思った。いや、メドゥーサでさえ醜くバジリスクも怪物だというのに、この男は恐ろしいほどに美しいのだから違うのだろう。


「閣下は、彼らについていくのですか?」


「そのつもりだ。その為についてきたのだから。」


 ほっとため息を吐くのが見て取れる。敵の前なら感情を隠せとも思うが、バスカヴィルを前にしてそれは無理難題だ。オーウェンは同情した。彼の前で感情を隠せる男など一人くらいしか見当たらない。


「では、終わったらまた来ます。」


「そのように。」


 手早く背を向けてウルリヒは額に浮かんだ汗粒を拭った。




 どこに入るにしても取り敢えず最初はざわざわと騒々しくなった。修練場に入れば全員が動きを止め、事務室に入るにしてもペンが紙の上を滑る音が消えた。技術者達の中には思わず自分の体の匂いを確かめる者もいた。すげえ別嬪さんですねなどと本能むき出しで口走った者には、思わずオーウェンの部下が危うく手を上げかける事もあった。


「本当に、あんな人間どうやったら出来るんですかね……。」


「まあ性行為したら出来たんだろうな……。」


 休憩中にオーウェンは部下にそう返した。見れば見るほど人から離れていて、しかし見てくれは人でしかないのだ。


「診察した一人が顔が綺麗でも腕っ節がなきゃなあ、なんて言ってましたよ。」


「何て返したんだ?」


 部下は肩を竦めた。なんとも言わなかったのだろう。


「でも閣下、結構筋肉あると思ってますよ自分は。うちの軍服黒いんでデブでも痩せて見えますからね。」


 おまけにバスカヴィルは就任当初からオーバーコートを、袖を通さずに肩にかけている。体の線が非常に隠れやすいファッションになっていて、彼の筋肉量は端から見ると測りにくかった。就任式から一貫して貫かれたこの着こなしはメディアから批判の元になったが、帝国直轄領では流行の先端となり始めていた。


「まあそれは……確かにな。」


 初歩としては上出来だが、反皇帝派の彼らからしたら元帥が美しいからなんだというわけである。おまけにバスカヴィルは威圧しないように終始にこにこしながらオーウェンと共に第二塔の施設の説明を受けていた。それが批判の一つにもなったのだろう。


(いや、逆か。)


 オーウェンは向かいの壁に目を細めた。バスカヴィルは敢えてにこにこしていたのだろう。それで物を申されたのなら、彼は軍人としての彼自身を晒せばいいだけだ。


 * * *

毎日夜0時に次話更新です。

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