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神秘学メンズラブシリーズ"nihil"  作者:
第四巻『血を流し死で洗い 命枯らすまで 荊棘たれ。』(CoSH Exc.2)

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Example 1-23

 二月の末。バスカヴィルは一人で試験の結果を受け取りにやってきた。あらゆるところから、雪の踏みしめられる音がした。


「おめでとうございます。入試資格試験、合格となりました。つきましては、こちらの書類を記入後、入試試験の当日にお持ちください。」


「ありがとうございます。」


 バスカヴィルは封筒を受け取ると、感慨深げにその入試許可証と書かれた受験票を半分取り出した。


(ここまで来てしまったのか……。)


 まだ彼の試験は終わったわけではない。彼は成績優秀者にならなければ士官学校には入れないのだ。


「……。」


 白い息がやけに将来へ靄をかけた気がした。バスカヴィルには分からなかった。自分の心のなにが、そこまでROZEN士官学校への入学を突き動かしてしまっているのか。もんもんと考えながら、アパートメントに帰宅する。


「よっおかえり。」


「合格は……していたよ。」


 机に紅茶を置いて、クラヴェーリはバスカヴィルの、報告とは打って変わった不安げな顔を見てハグをした。


「やれるだけやってみようじゃねえの。お前がこれからどうなるか。成績優秀者になっても、士官学校への入学は辞退出来る。」


 こくり、とバスカヴィルは頷いた。お先が真っ暗なわけではない。しかし、だからと言って不安がないわけでは決してないのだった。




 入試試験の問題に目を通していたパーシヴァルは、ふむ、と鼻で息をついた。実家から送られてきたポプリの香りがちらちらと舞っている。


「初めての試みですね、これは。」


「そうだろう。もとい私からの挑戦状だ。」


 パーシヴァルは目を細めた。元帥が自慢げに、鼻高々に前に座って紅茶を飲んでいる。


「どうだ、不満か? やはり面白くないかね。」


「いえ、とても面白いですよ。士官学校に入る子達は皆軍人になる為に来るのですから実に的確な問題です。」


 しかし、とパーシヴァルは頬杖をついて髭を撫でた。果たしてバスカヴィルはこの問いに満足に答えられるのか。それは彼さえも考えが及ばなかった。


 * * *


 試験当日、バスカヴィルは三度目の直轄領幼年学校を訪れた。受験者はぐっと数が減っていて、会場も小さい部屋が指定されていた。殆どは幼年学校の学生だ。私服の者など、片手で足りる程度にしかいない。


(これが、実情か。)


 そもそも実技試験の時点で人数が少なかった。受験料は免除される場合もあるが、他大学よりも高い。裕福な家庭でなければ士官学校を受けられはしないだろう。自分の受験番号を見つけ、その席に座る。バスカヴィルは教材とノートを開いた。最後の試験だ、悔いのないように周到に準備するようにした。




 時計と筆記具の音がやけにうるさかった。バスカヴィルは鉛筆を置いた。最後の設問がまだ真っ白であるにも関わらず。


(なん……なんだこの問題は。)


 恐らく今年に初めて出題される問いであった。バスカヴィルにはぱっと頭に思い浮かぶ答えがなかった。どんなに論説の問題を解いても、これだけはその知識さえ無力だった。大問五、貴殿が士官学校に志望する理由を答えよ。


(士官学校に入りたい理由? それはつまり軍へ入隊する為の志望動機を聞いているのか? 私は軍に入ってやりたい事など一つもない……。私は、私はただ……。)


 学費を免除して学校に通い、奨学金を貰って行くならどこか別の大学を選ぶ事も出来た筈だ。バスカヴィルにそのような考えは微塵もなかった。


(……何故そんな考えが微塵もなかったんだ?)


 それが、バスカヴィルの疑問だった。なぜ自分は、なんの疑念も抱かず真っ直ぐにROZENのこの入試を目指してきたのか。ただひたすらにがむしゃらに、生活に必要な時間以外は全てをここに注ぎ込んでいた。


(ROZEN、皇帝直属軍事機関。この上にいるのはただ一人、皇帝だけだ。)


 側近組織である神官庁でさえ、ROZEN設立当初からこの軍事機関に口出しする事は叶わない。


(ああ、つまりそれは……つまりこのROZENを統べる元帥というのは……!)


 ロビンから刀を渡されたあの時の重みを思い出した。皇帝に代々伝わる宝刀。帝國を統べる者にしか与えられないその刀を、ロビンが神託によって渡したという事は、バスカヴィルはそれを漸く理解した。あの時の心中のなんらかの確信の意味が、漸く分かった。


(神よ。貴方は私に、その道を歩めとお命じになったのですか。貴方は、私にはもうその道しか残して下さらなかったのですか……!)


 バスカヴィルは、震える手で筆を手に取った。


 * * *


 元帥はパイプを咥えてもぞもぞと口を動かした。


「申し分がなさすぎる。まこと、パーシヴァルの慧眼は狂ってはおらなんだな。」


「は、ありがとうございます。」


 三月九日、暦通りに本部元帥と全支部元帥が集まって開かれる会議、元帥院は開かれた。最終日の十三日に、本部元帥は自らが作成した新たな入試設問、大問五のいくつかの答えを支部元帥に事前に読んでもらい、その設問の意義と、成績最優秀生を決める審議を開始したのであった。


「皇太子だからと優遇したわけではない。この答えは寸分も狂いなく我々ROZENを率いるに与う存在です閣下。」


「皇太子ともなれば、おまけにこの有能さ、王宮の内部も細やかに知っている事でしょう。我々には喉から手が出るほど欲しい。成績最優秀生は彼に決定いたしましょう。採決を、閣下。」


 静かな会議室の中で木槌が二度叩かれた。


「よろしい、では採決を。受験番号七八二六六六六、外部受験生バスカヴィルを成績最優秀生にする。成績最優秀生には受験費、及び学費免除が認められ、返済義務のない無償奨学金が書面通りの額面で送金される。異論があるものは手を挙げたまえ。」


 衣擦れの音一つさえ、その場には起こらなかった。木槌が一度叩かれた。


「全会一致により、受験番号七八二六六六六、外部受験生バスカヴィルを成績最優秀生として認め、以後特待生として扱う。……私の作成した設問において、初年度でこれほど満足のおける解答が生み出された事は実に喜ばしい。パーシヴァル将軍、是非音読してくれたまえ。我々もこれを胸に焼き付けて、彼を見守っていこうではないか。」


「はっ、お言葉通りに。」


 円卓の中央で、パーシヴァルは元帥に礼をすると、解答を読み上げた。




『私は帝國直属軍事機関ROZENにおいて、その軍事力と、振り分けられた政治部門における国力を全領土の支配者たる帝國随一のものにする為にこの試験に臨みました。ひいては、私はこの目的を達成する為に士官学校にて、十七までに築き上げた多くの才能を更に磨き上げ、本部元帥を志望する覚悟でございます。帝國歴一七七七年三月五日。受験番号七八二六六六六、バスカヴィル。』


 * * *


 日本支部から贈呈された桜の舞い散る四月。スイス地方に巨大な敷地を構えるROZEN士官学校に、バスカヴィルは入学した。この頃の士官学校は一年の頃から寮生活が開始され、バスカヴィルの息子、レイとその薔薇の貴公子と呼ばれた世代の入学時とは制度が異なっていた。


「おめでとうございます、殿下。」


「もうその敬称はよしてくれ、パーシヴァル。」


 特待生として一輪の生花の薔薇の大輪を胸に挿し、バスカヴィルは真っ黒の士官制服に身を包んだ。


「分かりました、ではこれからはバスカヴィル、と。演説の用意は、もうよろしいですね。」


「勿論だとも、修辞学は私の得意分野だ。」


 バスカヴィルはにこりと微笑んだ。名前が呼ばれると、大勢の拍手喝采を受ける為にバスカヴィルは歩みを始めた。本部元帥バスカヴィル、ROZENの失われた二十五年間において頂点に立った支配者による、血塗られた荊棘時代への序章が今、始まったのである。

毎日夜0時に次話更新です。

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