エステルの告白
見やすいように編集されたわけではないビデオだ。
けれども、エステルの卓越した演技力が、画面の中からストーリーを伝えてくれる。
裏切り、裏切りを重ねても、なお、デリラを愛するサムソン。つけこむだけのつもりだったデリラの中に、次第に愛情が芽生えてくる。
けれども、サムソンは、祖国にとっての脅威。
祖国への愛と、サムソンへの愛の中で、デリラは板挟みになり、苦しむ。
祖国への脅威を取り除くため、デリラは、サムソンへの誘惑を続ける。
そしてついに、サムソンはデリラに、力の秘密の真実を告白する。
サムソンの髪を切るデリラを演じる、エステルの表情は、鬼気迫る悲壮感にあふれていた。
力を失い、連行されるサムソン。デリラは褒美として金品を渡される。
だが、エステルの演じるデリラは、受け渡された金品を投げ捨てた。
彼女は、祖国のためと言いながら、愛する人を裏切った裏切り者としての自分を、許せなかったのだ。
エステルの得意技だった、高速スピン。
その回転が停止した瞬間、彼女は、事切れるようにくずおれた。
「……自殺する『デリラ』なんて、初めて見た」
見終えたラウルが呟いた。
その時、カメラの方へと、エステルが近づいてきた。
「アリ」
彼女は、画面の向こうに、愛した人を思い浮かべるかのように、名前を呼んだ。
「私は、イスラエルを捨てられない。どんなに酷い国でも、この国は私の祖国だから。私をかばい、守ってくれた、父と母の愛した国だから。私たちの父祖が、絶望の果てに希求した、最後の夢だから。だから、私は、祖国のために戦おうと、ずっとそう誓っていた」
カメラの向こうから、エステルは語る。
「でも、私は、あなたを愛してしまった。あなたを愛することで、パレスチナ人を憎めなくなった。あなたの悲しみを知ることで、パレスチナの悲しみを知ったから」
彼女は語り続ける。
「でも、私は、それでもイスラエルを捨てられない。パレスチナがイスラエルを攻撃するなら、私はパレスチナを、きっと攻撃すると思う。祖国とあなたを天秤に掛けたら、祖国を選ばざるを得ないと思う。私たちはユダヤ人でユダヤ教徒。アラブ人にも、ムスリムにもなれない、世界の異端児たちだから」
だけど、と、彼女は苦しそうに、寂しそうに微笑む。
「だけど、祖国のためにあなたを殺せといわれたら、私はきっと、さっき演じたデリラ以上に苦しむ。あなたを殺すぐらいなら、私は自分が死ぬ方がいい」
そう、辛そうな顔で言い切って、それから、エステルは、今度は明るい表情になって、言った。
「だから、そんなことにならないように行動するのが、きっといちばん良いことだと、私は思うの」
そう告げる彼女の目は、強い決意に満ちていて、私は目頭が熱くなるのを感じた。
ビデオが終わると、同じく、涙で目を赤くしていたアナスタシアが、再び口を開いた。
「エステルはこのビデオを私に預け、もし機会があれば、アリに見せて欲しいと、そう言っていました。世界選手権で狙撃される前から、彼女の元には、よく脅迫状が届いていましたから。だから、彼女は、自分がアリに想いを告げられる状況になる前に、殺される可能性について、いつも考えていたんです」
二人は心を通わせ、私はこのビデオを、彼女の決意の記念に、こっそり持っておくつもりでした、と、アナスタシアは続けて、悲しみに目を閉じた。
「でも、あんなことになってしまった」
ラウルも、沈鬱な表情で頷いた。
「だから、少し古くはなってしまいましたけれど、彼女がどんな思いで、アリに向き合おうとしはじめていたのか……それを、あなたに知っていただきたくて、持って来たのです」
アナスタシアの言葉に、ラウルは、また頷いた。今度は、力強く。
そして、ラウルは彼女の手を握って、言った。
「ありがとう」
愛する息子を奪われたラウルと、娘のように慈しんだ教え子を奪われたアナスタシアとは、ともに、悲しみと寂しさに満ちた、けれども、前へ進むことを諦めない強さを秘めた微笑を交わした。
ああ、あの二人は、まだ、私たちの中で生きているのだと、その時私は、言葉だけではなく、実際として、強く、強く体感したのだった。
多分、出回っている曲とは違うストーリー展開なので、オリジナル部分も付け足した曲なんだろうなと思います。




