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二人の空  作者: 蒼久斎
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オスロでの宣言

テロ描写出てきます。

 ショーは終わり、スケートシーズンも終了した。

「夏になったら、一緒にオスロへ行きましょう」

 そう言い残して、彼女はまた、イスラエルへと戻った。

 アリは、ラウルの強いサポートを受けて、社会活動を展開しながらも、同時に学生として、大学での勉強を本格的に開始した。

 アラビア語の勉強も、彼は懸命にやっていた。

 教師として、パレスチナに戻るために。

 同時進行で、アリは、国際法や、基礎の医学などについても、勉強をしていた。

 おそらく、パレスチナに戻った時に、必要になると思っていたのに違いない。

 猛勉強の後に試験を終えて、夏休みが始まった。

 そしてエステルが、また、イスラエルから北欧へとやってきた。

 彼女の表情は、決して、明るいとは言えなかった。

 その理由について、私は、ニュースや、イスラエルの知人からの情報で、だいたい見当がついていた。

 また、ガザ地区や、レバノン国境地域の情勢が、悪化していたのだ。

 エステルは、国を守るためには、武力より対話を重視すべきだと宣言して、兵役を拒否した。

 だが、敵意を持って実際に攻撃されたときに、国を守れるのは、やはり、軍事力なのだ。

「楽観主義者と言われたわ」

 暗い顔で、彼女は言った。が、すぐに、睨みつけるような強い目になって、続けた。

「でも、未来に希望を抱かなければ、悲しみは終わらない。私はそう信じてる」

 政府は、ハマスとだって対話するべきだ、と、エステルは、半ば独り言のように呟いた。

 アリが、相づちを打つように、一度、頷いていた。

 私とラヘルを付き添いにして、アリとエステルは、オスロへと向かった。ラウルはスウェーデンに残った。

 ノルウェーは、スウェーデンの隣国である。急峻な山岳地形と、氷河の浸食によるフィヨルドで、陸路よりも水路が、そして現在は、空路が発達した国だ。

 私たちは、ストックホルム空港から、オスロ空港へと向かった。ノルウェーは、EUには正式には加盟していないが、域内移動の自由化のための条約には加盟しているため、移動はさほど困難ではなかった。

 ラヘルは、セキュリティチェックが甘すぎると思ったのか、神経質なまでに執拗に、エステルの周囲の安全を、確認していた。

 半ばあきれ顔の私に、エステルは囁いていた。

「ラヘルも、家族をテロで失っているんです」

 それはイラクでのテロで、そして、それから逃れるために、彼女はイスラエルへ移住したのだという。

 世界的に有名な二人の来訪について、ノルウェーのテレビ局は、もちろん、取材を申し込んできていた。こちらについては、ラウルが対応していた。

 オスロ空港から、二人はまっすぐに、市庁舎の前へと向かった。

 市庁舎前の広場に、誓い合うように両手を繋いで、じっと立つ二人の姿を、私たちは少し離れた場所から見つめていた。

「私たちは、ここで、新たな『オスロ合意』の実行を誓おう。これは世界の平和のために。未来を築く、子どもたちのために」

 二人に付けられた小型マイクを通して、二人が、そう、声を揃えて、宣言するのが、聞こえてきた。

「過去の傷は消せない。無理に消そうとしなくていい。傷を抱えたままでも、人には許す力がある。それこそが、平和にとって、もっとも必要な力。互いに愛し合うために、もっとも必要な力。そして、その力を持っているからこそ、人は尊いのだと、私たちは信じる」

 声を合わせてそう言い、そして、今度はアリだけが、口を開いて、言った。

「パレスチナのためだけにではなく」

 今度はエステルが、口を開いて、続けた。

「イスラエルのためだけにでもなく」

 そして再び、二人の声が合わさる。

「全世界のために、私たちは生きる」

 握り合わされた指の力が、互いに強められた。

「すべての、この星に生きる人々が、喜びと笑いに、愛と信頼に満ちて生きられる。そんな世界が、やがて築かれるだろうと、私たちは、信じる」

 そうして、宣言するように、二人は、繋ぎ合わせた両手を、天に向けて、高く掲げた。

 その、瞬間だった。

 空気を切り裂く音が連続して、未来へと歩み出そうとしていた二人の胸に、赤い血の花を咲かせたのは。

 私は、声にならない悲鳴を上げた。

 アリ! エステル! と。

 アリは即死だった。

 用心深いラヘルに、防弾繊維の上着を渡されていたエステルは、即死こそしなかったものの、瀕死だった。

 狙撃者は、二人が防弾チョッキを着ている可能性を考慮に入れていたらしく、破壊力の高い弾丸を使って、暗殺を仕掛けてきたのだった。

 私たちは、真っ青になって、二人の元へ向かった。

 アリ、アリ、と、エステルがかすれる声で呼んでいた。

 それから彼女は、ヘブライ語で何かを口走り、静かに目を閉じた。閉じられた目から、涙が流れ落ちた。

 そして、その目が開かれることは、二度となかった。



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